アテにならない印象
(画像提供=ジャパニーズインベスター/ 野村俊夫)


意外と大きい印象の差

あるところに二人の人物がいます。一人は、「知的で、器用で、あたたかく、決断力のある」人物。もう一人は、「知的で、器用で、つめたく、決断力のある」人物です……と聞くと、紹介の単語のうちたった一つしか違わないのに、受ける印象は正反対です。最初の方は頼りがいのあるリーダーを彷彿とさせますが、後者はクールで意地悪な人物が頭に思い浮かんできますね。

似たような人物の対比をもう一つ紹介しましょう。今度は、「知的で、器用で、礼儀正しく、決断力のある」人物と、「知的で、器用で、ぶっきらぼうで、決断力のある」人物です。前者の方が印象がいいのは間違いないですが、今度はそれほど大きな印象の違いは感じられないのが面白いですね。紹介の単語のうちたった一つしか違わないという観点では先ほどと同じはずなのですが……。

という簡単な実験から分かるのは、私たちが誰かの評価をするときにはカギになる言葉があるということ。心理学の用語では「中心的特性」を持った言葉なんて言いますが、先ほどの例で言うと「あたたかい」、「つめたい」という言葉の、その人物の印象に与えるインパクトは絶大なものがあります。

一方、「礼儀正しい」、「ぶっきらぼう」という言葉は「周辺的特性」と言いますが、人物の評価にはそれほど大きな影響は与えません。言葉一つでちょっと不思議に思えますが、これはなぜ?という疑問をひもとくことで、投資のコツにもつながる私たちの心のはたらきを見つけていきましょう。


あたたかい相棒

バックボーンとなるのは、心理学の新潮流、進化心理学。「進化」というキーワードでピンと来た方もいるかもしれませんが、ダーウィンの唱えた進化論を心理学の分野に持ち込んだものです。もともとの進化論では、環境の変化に適応して体の形態を変えていくことで、生物は生存の確率を高めたという説が提唱されています。

有名なところでは、ガラパゴス諸島にいる鳥は、同じ種であるにもかかわらず、島ごとにくちばしの形が違うのだそうです。ある島では、エサの昆虫を木の中からほじくり出しやすいように細長いくちばしに、ある島では植物の種が主たるエサなので殻を割るために太いくちばしに……などなど。進化心理学では、心のはたらきも人類が誕生した100万年前から進化を遂げたと考えます。その時カギになったのは、もちろん環境に適応して生存の確率を高めること。

たとえば、現代よりも生存の危機にさらされやすい原始時代のことを考えてみましょう。相棒とチームを組んで狩りに行ったけれど、道に迷って遭難して食料も尽きている絶体絶命の状況を想像してみてください。ところが実は、用心深いあなたは、緊急時用の食料としてポケットの底に干し肉を隠し持っていました。さあ、ここで究極の選択です。その干し肉を自分一人で食べるべきか、それとも仲間と分かち合うべきか?どちらの方が生存の確率が高いでしょうか?

正解は、仲間とシェアする方。自分で食べると、短期的には飢え死にを避けて生き延びることができるかもしれませんが、逆に相棒の方は飢え死にしてしまいます。そうすると、仲間を失ったあなたのその後の狩りは困難を極め、結局のところ獲物が捕れずに自分の命もおぼつかないでしょう。むしろ、一緒になって生き残りを図るために、仲間と食料をシェアするような心のメカニズムを持った人が生存して次世代に遺伝子を残すことができるのです。

ただし、です。ただし、食料をシェアしたその相棒が、「あたたかい」人ならば、ですが……。ここで言う「あたたかい」というのは、感じがいいとかそういうレベルではなく、逆の立場になったら同じことをしてくれるかという意味です。

食料が尽きて、今度は逆に相棒の方が最後の肉のひとかけらを持っているという状況のとき、相手はその肉をあなたと分かち合ってくれるでしょうか?「こないだはオマエがオレに肉をくれたから、今回も分かち合おう?そんなの知らないもんね。オレの肉は誰にも渡さない!」という「つめたい」タイプだったら、あなたはあえなく命を落としてしまうでしょう。

このような経験が何世代にもわたって積み重なっていった結果、私たちの心の中には、「相手に何かをしてあげたとき、お返しをしてくれるか?」という観点で、「あたたかい」人を極めて高く評価するという心のメカニズムが形成されたのです。

逆に言えば、「つめたい」という言葉には、人間性の評価以上に、「コイツがいると命を脅かされる」と感じて本能的な嫌悪感がわき起こりますね。これが、冒頭に紹介した実験の種明かしです。原始時代とは違い、それほど命の危機にさらされていない現代においては、「あたたかい」とか「つめたい」という単語にそれほど過剰に反応する必要はないはずなんですけれどね。


株にもある? 中心的特性の言葉

実はこのようなことは、投資でもあるかもしれません。投資で株を買おうというとき、様々なキーワードが耳に飛び込んできますが、それを聞いただけで「あ、これは買いだ」、「これはダメだ」なんてパッと決めてしまいたくなるような中心的特性を持った言葉がありませんか?たとえば、「○○ファンド銘柄」とか「仕手筋」なんて言葉は、本当のその会社の姿とは違う印象を私たちに与えてしまいそうですよね。

それはまるで、人物評価の際の「あたたかい」、「つめたい」と同じような効果を持つわけで、その言葉に引っぱられて株の本当の実力を見逃してしまうこともあるでしょう。もしご自身の中でそのような言葉に心当たりがあるとしたら、あえてその言葉を「禁句」にしてはいかがでしょうか?その言葉はまるで聞かなかったことにして、他の側面で株を評価した方が、より中立的な判断ができるはずです。

【参考文献】
イケダハヤト著『武器としての書く技術―30万人に届けて月50万円稼ぐ!新しいマル秘文章術』(KADOKAWA/中経出版・2014年)「プロブロガー」として活躍する(もしくは炎上する)著者が、その執筆ノウハウを公開してくれているものです。言葉で人の気持ちを動かそうという方にはお勧めです。

マネーカレッジ代表 木田知廣( きだ・ともひろ )
【Profile】
ラジオ出演や執筆で活躍する他、ストーリーを駆使して面白く投資を学ぶセミナーが人気を博している(サイト上から先着順で申込可能)。http://www.money-college.org (記事提供: 投資家ネット『ジャパニーズ インベスター』

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