(画像提供=ジャパニーズインベスター/野村俊夫)
両親のポートフォリオにびっくり
いきなり私事で恐縮ですが、先日実家に帰省したとき、両親が投資をやっていると聞いてびっくりしました。「へぇ、何買ってんの?」と訊くと、「いや、それが、何を買っているのか分からないんだよねぇ……」という答で二度びっくり。
ポートフォリオを調べてみると、三度目のびっくりで、メキシコ・ペソ、トルコ・リラ、おまけにロシア・ルーブル建ての債券など、リスクがある商品をけっこう購入していたのです。「こ、これ、何で買ったの?」と驚く私に、「だって、営業マンの人に勧められたから」と両親は涼しい顔。「いや、投資はもっと自己判断だろ」と頭が痛くなってきました。
ということで今回は、他人の意見に左右されず自分で投資の良し悪しを決めるコツを紹介します。というのも、証券業界に限らず営業マンは、心理学を応用した「人の考えを変える」テクニックを使っているから。
実際、営業トークにのせられて、自分では思ってもみなかった株を買ってしまったなんて経験をお持ちの方もいるのではないでしょうか? 営業トークの背後にあるテクニックに気づいて、情報は情報として聞いたうえで、最終的な購入の判断は自分で下すようにしたいものです。
具体的には、「フット・イン・ザ・ドア」と「ドア・イン・ザ・フェイス」という二つを紹介します。英語の表現になっているのは、どちらもアメリカ発の考え方だから。
イメージとしては、日曜日の昼下がり、なにかの訪問販売の営業マンが中流家庭のドアをコンコンとノックするところを想像してみてください。なにせ日曜日なので住んでいる人も営業マンの訪問を喜ばないかもしれません。ノックの音にも「どちらさん?」とドアは閉めたまま応えるだけだったりして。それでも優秀な営業マンはひるみません。まずは何とかドアを開けてもらって、そこに自分の靴を突っ込んで閉められないようにします。
そうすれば、顔を見ながら話ができることになりますからより説得しやすくなりますね。今度は話を続けながら、折を見てドアを開けて家の中に入れてもらいます。そうするとテーブルに座って営業トークを繰り広げることになり、受注という最終目標に近づきますね。
このように、小さいことの積み重ねで最終的な目標に到達するテクニックが、「フット・イン・ザ・ドア」。名前の由来は、一番初めの小さな行動、足(フット)をドアの隙間につっこむ様子から来ています。
私たちの持つ「心のはたらき」
ホントにそんなうまく行くのか? と疑問を持つ方もいるかもしれませんが、実は驚くほどこの方法は「効く」のです。その証拠になるのが、この連載のバックボーンとなる「進化心理学」という考え方。生物の進化と同じように、人間の持つ「心のはたらき」も進化を遂げたと想定する心理学の新潮流です。
その際カギになるのが「適応」という考え方で、環境に合わせてもっとも生存の確率が高くなるような「心のはたらき」を備えていったと考えます。その結果、遺伝子を次世代に残せたのが勝ち組で、現代を生きる私たちのご先祖様にあたりますね。逆に、間違った「心のはたらき」を持った原始人は生き延びることができずに、自然淘汰されてしまったことになります。
たとえば、原始時代に猛獣から身を守ったり、食べ物を探すために、人間は群れをつくることで生き延びてきました。この過程で、「トラブルなく群れを運営するために、他の人と信頼関係を築く」というメカニズムが、人間の心の中には形成されてきたのです。逆に言えば、このような「心のはたらき」を持たない人は、群れからつまはじきにされて生存できず、遺伝子を残すことができませんでした。
たとえばそれは、言うことがコロコロ変わって首尾一貫していない人。「なんか、アイツは信用できないぞ」となれば、狩りに一緒に行くこともできませんから、飢えてしまうのは目に見えています。したがって、正しい「心のはたらき」を持った人々の末裔の私たちは、行動の首尾一貫さにきわめて重きをおいています。
実は、フット・イン・ザ・ドアテクニックで使われているのがこの心理です。最初にドアを開けた住人は、その後の行動が首尾一貫している方が「気持ちがいい」のです。結果、営業マンの話を聞く、招き入れる、その勧める商品を買うという流れになりました。ひょっとしたら頭では、「早く帰って欲しいなぁ」と思っているかもしれませんが、「心のはたらき」にあらがえなかったのですね。
もう一つのテクニック、「ドア・イン・ザ・フェイス」も似たようなものです。今度は「お返し効果」と言ったりしますが、人間が群れの中で孤立しないようにするための心のメカニズム、「他人に何かをしてもらったら、お返ししたい」という心理がその根本にあります。
営業マンの例に戻ると、時にはドアを開けてもらっても、「今は買わないから帰ってくれ」と追い返されてしまうこともあるでしょう。でも、これまた優秀な営業マンは交渉の材料として使うのです。住人の反論を逆手にとって、「分かりました。もう退散します。でも、そのかわり、もっと安い別の商品を買ってくれませんか?」と。
住民の方はと言えば、自分の「帰ってくれ」という要望を認めてもらったので、その「お返し」に何かをせずにはおれない気持ちになっています。結果として、「じゃあ、しょうがないな」とシブシブながらも営業マンの勧める商品を買ってしまうでしょう。
テクニックの名前は、営業マンの顔(フェイス)にドアをたたきつけるような断り方は、かえって営業のチャンスなのだ、と言うことに由来します。家の中に入れてもらっても受注をいただく、一度断られても受注をいただくという、どちらに転んでも損はしない優秀な営業マンのテクニックに納得していただけたのではないでしょうか。冒頭に紹介した私の両親のところに来ていた営業マンも、さぞや優秀な方だったのでしょう。
気付けば自分で判断できる
では、そんなテクニックに対抗して、最終的な「買う、買わない」の判断を自分でするためのコツを紹介しましょう。というか、実はもうこれまでの文章に織り込み済みです。先ほどから紹介しているテクニック、ちょっと長い名前を何度もくり返しています。実はこれは、名前を覚えてもらうためにワザとそうしています。
不思議なもので、テクニックの名前を知ると、相手が営業トークの中でそれを使っているのにピンと来ます。「ははぁ~ん、この営業マン、フット・イン・ザ・ドアを使っているよ」、「お、今度はドア・イン・ザ・フェイスに切り換えたな」なんて。
ここまでくれば、営業マンの話は情報として聞いておいて、最終的な判断は他人に左右されないということができますね。投資に限らず日常の買い物でも使えますから、ぜひ普段から意識してみて下さい。
【参考文献】
木田知廣著『ほんとうに使える論理思考の技術』(中経出版・2011年)
手前みそになりますが、本文で紹介したような相手の心理を動かすさまざまなテクニックを紹介した本です。
マネーカレッジ代表 木田知廣(きだ・ともひろ)
【Profile】
ラジオ出演や執筆で活躍する他、ストーリーを駆使して面白く投資を学ぶセミナーが人気を博している(サイト上から先着順で申込可能)。http://www.money-college.org(記事提供:
投資家ネット『ジャパニーズ インベスター』
)
【関連記事】
・
「統合報告書」の認知度は低いものの、8割の個人投資家が「読みたい」と回答!
・
日本株の地盤沈下と取締役報酬
・
ROEは奥が深い指数
・
人口が減少する日本に残された活路! インバウンドこそ、最強の〝新規事業〟
・
インバウンド市場は堅調な需要拡大が見込まれる一方、 継続的な政策面の後押しが不可欠