年末調整や確定申告の時期が近づいてきた。個人に対する増税が年々厳しくなる中、「いかにして税金を安くするか」にエネルギーを注いでいるサラリーマンの方も多いのではないだろうか。サラリーマン向けの節税策の一つとして時折注目されるのが「特定支出控除」。導入当時の2013年、「スーツ代を『経費』に」という触れ込みで有名になった制度だ。しかし、実際の運用についてはあまり知られていない。
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スーツ代も交際費も経費に?特定支出控除制度とは
特別支出控除は2012年の税制改正で「スーツ代も経費にできる!」という触れ込みで一気に知名度が上がった。実はこの時点で導入されたわけではなく以前から存在していた制度であった。ただ、経費として認められる内容や金額のハードルがあまりに高く、年間、全国で1ケタ程度しか適用対象とならなかった。年末調整や確定申告の説明会でも、ほとんど見向きもされない制度だった。
ところが平成の世になり、不況で会社の経費精算の出し渋りが増えていくと、サラリーマンが自腹を切って取引先を接待することや、資格取得やスキルアップのために自費でスクールに通うことが年々増えていった。政府としても、財政赤字の中、毎年増税のための税制改正を行うばかりで国民のウケがよくなるような減税策をなかなか打てず、国民からの目線もイタい。
そこで双方の事情を配慮したうえで行われたのが「特定支出控除制度の拡充」だった。
特定支出控除制度の内容
特定支出控除制度の大まかな内容は次の通りである。
(1)その年に仕事のために自腹を切った一定の金額を支出(以下、「特定支出」)した場合、その合計額が、次の区分に応じたそれぞれの基準額を超えたら、特定支出控除の適用を受けてよい
<給与等の収入金額>……<適用基準額>
180万円以下……(収入金額×40%)×1/2 ※65万円未満なら65万円
180万円超360万円以下……(収入金額×30%+18万円)×1/2
360万円超660万円以下……(収入金額×20%+54万円)×1/2
660万円超1000万円以下……(収入金額×10%+120万円)×1/2
1000万円超1500万円以下……(収入金額×5%+170万円)×1/2
※1500万円超については一律125万円
(2)特定支出控除の対象となる項目
①通勤費
②転居費(転任に伴う引っ越し代など)
③研修費(資格取得以外で、仕事に直接必要なスキルを身につけるためのもの)
④資格取得費(弁護士や会計士などの資格取得も含む)
⑤帰宅旅費(単身赴任の場合に家族の元に帰るための旅費など)
⑥その他勤務必要経費(図書費、衣服費、交際費など)
(3)いずれの特定支出についても、領収書などを保管しておき、かつ、会社の証明を貰う必要がある
それでも使い勝手は悪い!特定支出控除3つの落とし穴
特定支出控除の適用対象は確かに拡充した。しかし、それでも必ずしもオトクとは言い切れない側面がある。それは次のような点による。
①適用基準が結構細かい
特定支出控除の適用対象となる項目を挙げたが、実は適用できるかどうかの実際のチェックはかなり細かい。サラリーマン側が思うほど何でもかんでも認められるわけではない。
例えば特定支出控除のうち、申請件数・金額的に多いのが「資格取得費」だ。会計士や税理士などの資格の学校に通う場合、2年間分の学費を一度に一括で払うことがある。これが全額特定支出として認められるのだろうか?答えはNoだ。
なぜかというと「きちんと支払っている」ことに加え「その支払った年にサービスを受けていること」が要件となるためだ。2年分を支払っている場合には、サービスを受けた分だけについて考える必要がある。
これ以外にも「帰宅旅費については1カ月4往復分までのみOK」「図書費につては基本的に専門誌のみOK」「航空機代のファーストクラスなどの特別料金はダメ」といった細かい規定があるので、注意した方が良い。
②基準金額のハードルが高い
例えば、年収500万円の人の場合、77万円が適用金額となる。年収1000万円であれば110万円である。月額にしてそれぞれ6.4万円、9.1万円の出費だ。家族を抱えた状態でこれだけの出費を毎月仕事のために行っているとすると、資格取得費や営業の一環としての交際費を払わざるを得ない、海外赴任をしていて月一回は必ず帰国をしている…などという特殊な状況が考えられる。「スーツを経費に」などという気楽なレベルではない。
更に、図書費・衣服費・交際費といった「勤務必要経費」については、65万円までしか特定支出として認められない。つまり、10万円のスーツを年7回買ったとしても、70万円ではなく65万円で足切りになるのだ。さらに、それについての会社のOKも必要になる。適用範囲は広がったものの、使い勝手の悪さは相変わらずの制度なのである。
③「あんなに頑張ったのに、たったこれだけ!?」戻ってくる金額が意外と少ない
年収500万円の人が気合と根性をかけて年間80万円の領収書を集めて会社のOKを貰ったとして、さて実際いくらが戻ってくるのだろうか。答えは、1500円~6000円だ。意外と少ないのである。なぜかというと、特定支出はあくまでも、課税のベースとなる所得計算の部分で行われるからだ。
控除にはざっくりと2種類ある。一つは「所得計算上の控除」であり、もう一つは「税額計算上の控除」である。この特定支出については、「所得計算上の控除」なのだ。所得計算上の控除を考える場合には、税率をかけて実際のメリット金額を算出するとよい。上記の場合、税率が5%なら1500円、10%なら3000円、20%なら6000円だ。
ランチ代1回分や飲み代1回分に換算できる金額のために365日労力を費やしたり、「仕事のため」という名目で要りもしないスーツを買う方がよほどもったいない。それならば、行きたくもない飲み会に足を運ぶのをやめるとか、住宅ローン控除と返済のバランスを考えてローン返済の戦略を練る等の方がよほど建設的だと言えよう。
ハデな節税策ほど…
特定支出控除に限らず、タイトルがやたらハデな節税策をメディアで時々目にする。ハデなのは、メディア自体が注目を浴びることで売上をあげることを目的としているからだ。そして、そういうものほど、デメリットについては触れていない。実は注意が必要なのに、である。
国税はそれほど気前がよくない。おいしそうな節税策に心惹かれたのならば、すぐに飛びつくのではなく、実際に条文や判例などをしっかり読み込むか専門家の意見を聞いたほうが良い。さらに自分自身の節税の目的や意図、実際にかかる労力とのバランスを加味した上で、利用するか否かを決断した方がよいだろう。
鈴木 まゆ子
税理士 鈴木まゆ子事務所代表
2000年、中央大学法学部法律学科卒業。ドン・キホーテ勤務中に会計に興味を持ち会計事務所に転職する。妊娠・出産・育児をしながら税理士試験の受験勉強を続け09年に合格。12年に税理士登録。現在、外国人のビザ業務を行う行政書士の夫とともに外国人の決算・申告・コンサルティングに従事。14年から国際相続などを中心に解説記事作成業務を行っている。8歳、5歳、2歳の三姉妹の母。