銀行窓販の主力商品はこの数年で大きく変化している。かつては安全性を重視した円建ての定額保険が主力だった。長期間運用すれば、銀行の定期預金を上回る利回りを得られる。利回りは定期預金を少し上回る程度しか無いが、途中解約しなければ元本割れのリスクは無く、利回りも保証される商品ばかりだった。それなりには売れたが、販売の現場では積極的に販売したい商品では無かった。銀行が得られる販売手数料は取り立てて高いわけでは無いからだ。
反面、契約に至ればその資金は長期間動かすことができなくなる。投資信託なら相場環境次第で何度か売買を繰り返し販売手数料を得られる可能性があるが、保険ではそれは望めない。顧客ニーズにもうまく当てはまった。リーマンショックで痛手を負った投資家はリスクを取ることを敬遠した。「外貨や株式での運用なんてもうこりごりだ」多くの投資家はそう思った。
しかし、「人間は習慣の生き物」と言われるくらい、我々の行動は「慣れ」に支配されている。リーマンショックで多くの投資家は懲りたはずだった。ところが、年月が流れ学んだ教訓はすっかり忘れ去られてしまった。無理もない。政府や日銀が率先してアベノミクスという幻を投資家に植え付けたのだから。政府と中央銀行が協調してインフレ政策を取る。それに対抗するためには外貨での運用が不可欠だ。我々銀行員もそう信じたし、多くの投資家もそう信じた。インフレに対する抵抗手段の一つが外貨建保険だったのだ。文字通り外貨建保険が飛ぶように売れた。実際に円安のトレンドに乗って驚くほどの為替差益を手にさえたお客様もおられる。いつしか、リーマンショックの教訓は忘れ去られ、銀行窓販の主力は外貨建保険へと移った。
銀行窓販を制するカギは外貨建保険にあり
まず最初に断っておくが私は外貨建保険を頭から否定するつもりは全くない。5年、10年という長期の投資であれば、むしろ積極的に勧めたいと思っている。そもそも通貨は国と国との不均衡を是正するために存在する。通貨が安くなれば、その国の国際競争力は高まり不均衡を是正する要素となる。それを繰り返すことで、長期で見れば、結局のところ通貨は一定のレンジを上下に動いているだけなのだ。たとえば、投資家に人気が高い豪ドル・日本円の過去10年のチャートを見て欲しい。リーマンショック時には一時的には想定外に大幅に下落したものの結局は75円から100円というレンジの中を上下に動いているだけだ。
外貨建保険の手数料の高さを指摘する人もいる。きわめて正しい指摘だ。しかし、保険には他の金融商品には無い魅力があることも忘れてはならない。条件を満たせば解約による利益は一時所得となる。復興所得税を含め利益に20.315%という高い所得税が源泉徴収される金融商品と比較し、どちらが顧客にとってメリットがあるのか、一概に断定はできない。
窓口の販売担当者が積極的に外貨建保険をセールスするのはなぜか。その理由は2つある。最も大きい理由は販売手数料の高さだ。ここでは信義則からも具体的にその額をお伝えできないが、驚くほど高い販売手数料を銀行は手にしている。収益のノルマを達成するためには外貨建保険はいまや欠かすことができないツールである。
そして、もう一つの理由は他に販売できる商品が無いからだ。マイナス金利で定期預金や国債はまともな金利は付かない。投資信託も円高の影響で外貨で運用するものは軒並み運用成績が悪化している。新興国、資源国はまだまだこの先厳しい環境が続くだろう。日本株も底なし沼のように運用成績が悪化している。こうした環境で販売が伸び悩むのは当然だ。しかし、「相場環境が悪いので預かり資産収益の目標は達成できません」と良い訳はできない。どんな環境であっても、コンスタントに収益をあげていかねばならない。そんな銀行員にとっては、外貨建保険は今、旬の商品である。
もはや、この国の慣れは致命的なレベルだ
1月12日、衆院予算委員会で年初からの日経平均株価の続落を受けて「大ざっぱに予想すると、この1週間で年金積立金が約5兆円目減りした恐れがある」と指摘されたことを受け、安倍首相はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の年金運用を巡り、資産構成の見直しによって「年金財政上、必要な年金積立金を下回るリスクは少なくなった」と述べた。
安倍首相の言う資産構成の見直しとは従前の国債に偏っていた資産構成を見直し、リスク性資産の割合を高め、国内外の株式を5割に高めることだ。リスク資産の割合を高めれば、リスクが高くなることは小学生でもわかる理屈ではないか。それを首相自ら「リスクは少なくなった」と述べている。いまや、我々国民の年金積立金はさらに莫大な運用損を抱えていることは容易に想像出来る。
それだけでも、首相としての見識を疑うに余りある事実だが、多くの国民はその発言をスルーしてしまった。もはや、この国の慣れは致命的なレベルだ。外貨で運用することを全て否定するつもりは無い。しかし、この国では首相からして、リスクが正しく理解されていないという現状を嘆かずにはいられない。(或る銀行員)
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