働き方改革による雇用量の拡大と質の向上

では、働き方改革というのは生産性にどういう影響を及ぼすのか。よく心配されるのは、残業しなくなったら、さらに人手不足になるではないか、そうなると企業は回らないよと言われます。

ところが、正社員に占める女性の比率を企業別に見て、その企業におけるROEはどうかを見ていますが、これを見る限りにおいては、右上がりの傾向があります。

さらには、管理職に占める女性の比率が高い企業の方が、ROEが高い。女性の活用が進むと、ROEを上げると言われていますが、しかし、これには疑問が出てきます。因果関係が逆ではないのか。ROEを上げている企業で、女性が活躍しているのではないかという疑問が、皆さんからも出されると思います。しかし、そうではありません。

なぜか。擬似実験の結果がそれを示しています。今まで、ダイバーシティ経営もしていなかった、あるいはワークライフバランスを進めていなかった企業が新たにこれらを実施したら、その後、生産性やROEはどう変化したか、実施しなかった企業に比べてどのような違いが起こったかを見れば、その効果がわかるはずです。

そこで、この図は、1998~2003年に新たに導入した企業において、企業のTFP(Total Factor Productivity)、生産性がその後どう変わってきたのかを追跡調査した結果を示しています。未導入のままの企業のTFPに対して、1998~2003年に導入した後、2007年ぐらいから効果が出てきます。導入してダイバーシティを進め、ワークライフバランスを進めて間もないころは、実はコストや労力が掛かります。

しかし、これは投資である、単なるコストではありません。その成果が4~5年たったころから表れてくるということになります。

何が重要かというと、無駄な仕事を省いたかどうか、仕事の見直しをして、実は必要のない仕事を明日まで残業してと、社員にやらせていないかを検証してみることです。明日まで残業してと。ところが明日になったら、それは必要なかったということはないだろうかということです。

まさにこれは、実は役所でしばしば言えるのではないか。国会対策ということで答弁を100も用意しておきながら、使われるのは一つあるかないか。

だとすれば、どういう質問をするのかというのはルール上予め提示することになっているわけですから、ちゃんと前もって提供してくれと。それに対する無駄な仕事は減らしましょうというのもあるわけですが、それぞれ民間企業、特にホワイトカラーの仕事では、どうなっているのでしょうか。

ドイツが、あれだけ生産性が上がっているにもかかわらず、労働時間は短い。フランスも、週35時間制を取っておきながら、1人当たりの生産性がアメリカよりも高い。ポール・クルーグマンが不思議だと言いました。何が不思議なのか。どうすれば時間当たりの生産性を高めることができるのか。

人は残業すれば1人当たりの生産性が上がるというのは本当かということを、まずもう一度見直す必要があると言っています。無駄なことはやめよう。仕事の内容も見直し、所定内の時間で終わらせる努力が必要です。単に時間短縮だけではありません。

同時に、第3次産業の生産性が日本は低いといわれます。本当でしょうか。日本ほどサービスの質が高い国はないわけです。

生産性は何で測るかというと、物的生産性ではありません。あくまでも、経済で捉えるのは付加価値生産性です。ただでサービスをやっても、付加価値の増加にはつながらない、生産性の向上にはつながらないということです。サービスをやったら、その分、付加価値が取れるようにするにはどうしたらいいのかということです。

なぜフランスのスーパーではあんなに生産性が高いのかというと、スーパーで長い列をつくって、お客の方が待っているわけです。その分、確かに働く方の生産性は高いかもしれない。何といっても、日曜日は営業しませんよというふうになれば、お客は長い列をつくっても、平日に買わなければいけないわけです。

みんなで、24時間営業しましょう。お客がいないにもかかわらず、真夜中まで働きましょうということをやってきたとすれば、生産性が上がるとは思いません。付加価値が高まるとは思いません。

そうだとすると、働き方についても、そういった意識改革が必要ではないかと思います。このことが生産性の向上につながるというのは、実は今の分析結果が示しているところです。

あるメーカーにおいてやったのは、まさに1カ月、1週間、1時間ごとの仕事を、ホワイトカラーの全社員に付けてもらいました。1カ月たってから、どれが必要な仕事だったか、どれが不要な仕事だったかを考えてみると、3割ぐらい不要だったものが出てきたということです。やはりそこから考えていく。ホワイトカラーの生産性向上というのは、一体何であるのか。

ドイツで、あれだけ短時間でも生産性が高い理由として、この間、読んだ本に書いてあったのは、まず整理整頓です。無駄なものは周りに置いていない。そこからホワイトカラーは始めています。

「あのファイル、どこに行ったのだ」ということに時間がかかっているのでは、生産性も何もあったものではない、無駄なものを捨てるところから考えていく必要もあるのではないかということです。もちろん、その進め方は職種によって、業種によって違うかと思います。

唯一言えることは査定です。企業における上司の査定が、いかに働く者の行動を変えているかということです。

例えば残業をしている人に対して、上司が、頑張っている人だというように、プラスのポジティブなイメージを持っていると部下が思ったら、長時間働いている人の比率が高い。あるいは責任感の強い人だと考えていると思ったら、長時間労働者は多いということです。

ところが、ネガティブなイメージ、仕事が遅い、中には残業代を稼ぎたいやつだと上司が思っていると部下が考えていれば、逆に長い時間残業している人は減っています。やはり、上司が自分をどう評価しているのか、どう受け止めているかが重要です。

企業の人事部に、この評価について、残業している者についてポジティブな評価をしているかと聞くと、人事部は少なくとも全くそれはしていない。労働時間の長さに関係なしに評価はしていると言います。

だとすれば、それを明確にしていくべきです。ワークライフバランスを進める上での三原則ということが言われます。

一つは、経営者、トップが、働き方による生産性向上、ワークライフバランス、仕事と個々人の生活のバランスを取れるように、そして男女、年齢に関わりなく働けるような状況をつくることが大切だということをいつも主張していること。年頭の挨拶にそれが出てくるかどうかが重要だと言っています。

二つ目は、中間管理職です。管理職の査定に部下の残業時間が入っているかどうか。部下が残業をすると、上司が計画的に仕事を与えていないということによってペナルティーを受ける。有給休暇を取れないと部下が言うとしたら、上司にバツを付けるというものになっているか。管理職が計画的に必要な仕事を指示しているかが重要になります。

して一般社員同士の、お互いに仕事をカバーし合うとか、個々人の生活に応じて必要な時間は違うというのを尊重しているかどうか。こういったものがあってこそ、仕事の効率は上がるし、さらにワークライフバランスが進み、労働力人口が減少する中でも、活力ある企業を維持できるのではないかと思います。

企業の戦略として、ワークライフバランスの推進を位置づけたらどうかというのが、私からの提案です。どうもご清聴ありがとうございました(拍手)。

※次回「人手不足への対応と課題」前編 ヤマトグループの取り組みについて【人手不足時代の企業経営】は2/19掲載予定

講師 樋口 美雄氏(慶應義塾大学商学部 教授)
ニッセイ基礎研究所 2015/10/22シンポジウム 基調講演

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