資格,弁護士
(写真=PIXTA)

資格と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、中国でもまず弁護士(律師)のようである。公認会計士(会計師)も日本同様、価値の高い資格だが、事務所を構える独立自営のイメージはなく、就職に大変有利に働く、というレベルのようだ。

その他の資格も同様で、あくまで会社勤務が前提だ。ビジネス関連の一部だけ取り上げても、“経済師”“投資項目管理師”“報関員”“資産評価師”“統計師”“物流管理師”“信用管理師”“人力資源管理師”など様々な国家資格がある。ちなみに報関員とは、日本でいう「通関士」だが、他は想像するしかない。

それに対し弁護士には、イソ弁(自営でない事務所に所属する居候弁護士)から実績を挙げ、やがて大手法律事務所の共同経営者となった姿や、独立して自らの事務所を名声で飾る、など華やかな成功イメージがあるという。日本や欧米と同様、やはり資格のチャンピオンという位置付けでよさそうだ。

中国で弁護士(律師)になるには

北京大学合格を確実視されていたという元秀才に聞いてみた。高校を卒業した1989年、天安門事件の余波で北京大入試は中止となり、方向転換を与儀なくされた男だ。現在は物流企業の副社長である。

彼の記憶では、当時の弁護士試験(律師資格考試)とは、一流大学の法学部生で、ドロップアウトせず真面目に勉強していれば、7割方は合格できていたという。そんなに簡単なのかと疑問を感じて調べてみると、この弁護士試験は1986年から2002年にかけて実施されていた。

2003年からは律師資格、初任法官(裁判官)資格、初任検察官資格の3つ試験を統合して“国家司法考試”となり、やっと日本同様の司法試験に移行している。90年代前半はまだ初期段階であり、彼の記憶通り、合格者の多い供給量重視の時代だったのかもしれない。そうすると中国の弁護士は年配になるほど質の低い可能性が高い。

現在はどうなっているのだろうか。最新の受験資格要件は、大学の法律専業本科を卒業した者、または他学科卒でも専業本科と同等の法律知識を有する者となっている。試験は4科目を2日かけて行う。試験時間は12時間30分に及ぶ。詳細は以下のようになる

第一科目 ……中国特色社会主義法治理論、法理学、法制史、経済法、国際法、司法制度など。
第二科目 ……刑法、刑事訴訟法、行政法及び行政訴訟法。
第三科目 ……民法、商法、民事訴訟法。
第四科目 ……中国特色社会主義法治理論、法理学、刑法、民放、商法、行政法、各種訴訟法など。

結局、いくら法律を勉強しても、党の意志である“中国特色社会主義法治理論”がすべてに優先するわけで、むなしさを禁じ得ない。2015年の合格率は10%前後、ということだが正確な人数は、ネット検索できなかった。2015年4月の司法部発表では、2014年末時点での律師資格証保持者は、27,1万人である。日本の弁護士は同時点で3万5045人なので、人口比で日本より20%以上少ない。

韓国系工場破たん、幹部が全員夜逃げ

中国駐在日本人も、弁護士とは業務上いろいろと接触がある。2つのケースを紹介したい。

某日系食品工場は、順調に操業している。シリアスな問題には遭遇していないものの、今後の業容拡大や中国内販の展開に備え顧問弁護士を雇うことになり、日本の本社も同意した。しかしこの先はまったく両者の見解は平行線だ。本社はせっかくだから北京か上海の一流法律事務所と契約しろ、と指示してきた。

一方現地では、工場所在地の地方政府に人脈のない弁護士など、何の役にも立たないことを熟知しているから、それに強く反発する。法律の解釈とは恣意的なもので、全国均等ではない、という人治の国の現実は、いくら口頭で説明しようと、日本のスタッフには伝わらない。これは中国駐在日本人の最大の悩みである。

次は筆者自身の経験だが、あるとき韓国系の服装工場が破たんした。会長以下韓国人幹部は全員夜逃げした。彼らの得意技である。従業員3000人クラスの大型工場で99%日本向け輸出だったため、影響は大きかった。発注元の日本人たちは同業他社同士が手を組み、中国人律師に相談した。そのアドバイスは的確だった。

下請け工場の製品在庫については、別の貿易会社に契約先を変更して輸出することが可能だ。直営工場の製品在庫については、手荒なマネをするか、あきらめるか、2択になるだろう。提供した原材料については、時間はかかるが回収できるという。やはり中国人はトラブルに強かった。この時の対応が気に入って、そのまま顧問契約を結んだ大手商社もある。

現政権が唱える価値観に覚える強い違和感

富強、民主、文明、和諧、自由、平等、公正、法治、愛国、敬業、誠信、友善、今中国の都市を歩けば、これらの12の標語が必ず目にとまるだろう。これは現政権の唱える「社会主義価値観」だ。このうちいつ見ても最も強い違和感を覚えるのが「法治」である。

昨年11月、中国共産党は2020年までに法治政府を建設する、として44条の「法治政府建設実施綱要」を公布した。しかし「中国特色社会主義法治理論」が超法規で存在する以上、何も変わるはずはない。今まで通り個々の交渉に依存する人治から脱却できない。

ただし律師たちの現実トラブル解決能力には、法律が増えるに従い磨きがかかり、より重宝されるだろう。やがてアメリカのような弁護士社会が訪れるかも知れない。やはり中国でも最も有用な資格に違いない。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)