教育資金贈与や出産・子育て費用の贈与など、祖父母世代から一足飛びに孫世代への資産譲渡が推奨されている。孫への資金譲渡は子世代を経由しないという意味で相続税が1世代分課税されず、同時に可愛い孫世代がすくすくと育つための学習用品へと代わるため、祖父母世代からも広く支持されている。ただ、間にいる「子世代」を尊重して全体の贈与プランを組み立てないと思わぬ争いを生むこともある。具体的な事例を見てみよう。
教育資金贈与の投資先は?
教育資金贈与の制度を遣って、定年による退職金のうち300万円を孫に「大学入学祝い」として贈与したAさん。付き合いのある信託銀行の職員に、資金贈与の制度を聞いた。まもなく20歳を迎える孫なので「しっかり使えよ」と伝え、孫の親である長男には事後報告でいいと思っていた。
ところが半年後、海外留学志向のあった孫は、聞いたこともない英会話の教材を200万で購入してしまう。購入当時、未成年だったため法的には返還の可能性が高かったものの、一足飛びに立場を飛ばされた長男が積極的に動いてくれるはずがない。結果、自分が孫の説明を受け、長男に気を遣いながら販売業者と交渉をすることとなり、長男との関係にぎこちなさが残ってしまった。
贈与資金の使いみち…娘と主人とどちらの意見を支持するか?
こちらも教育資金贈与。加入していた生命保険金が満期を迎え、受け取った生命保険の満期資金100万円を中学2年生の孫の居る長女夫婦に「教育資金贈与」として贈ったBさん。ところが、特に仲の悪くなった長女と配偶者が、100万円を巡って「使用方法」で完全に意見が分かれてしまう。中学校の学費や、孫の加入する学資保険の保険料として充当したい実娘の長女に対し、Bさんともよくお酒を酌み交わす主人は、キャリアが定まった時に使うべきだと主張する。もともとはBさんの100万円のため、家も近い長女夫婦は話し合いにBさんを同席させようとするのだが、都度意見の言い合いになるため、最近は同席がとても億劫となっている。
孫に贈与を続けて生活困窮に
70代のCさん老夫婦。3年前に長男に待望の息子が誕生し、初孫に会うことが日々の生活で何よりの楽しみ。110万円までの贈与税が基礎控除として課税されないと聞き、何度かに分けて長男に贈与をするも、継続した贈与と見なされると税務調査の可能性があるらしいと聞いた。そこで旧知の税理士に相談し、単発の贈与契約書を作成するなどの対策を十分に進めた。その安心感からか、少し貯蓄が溜まると「おこづかい」の気持ちで孫に贈与。そのうちに自分たちの老後資金まで孫に贈与し、日常生活に影響を受けてしまうことになった。
孫へ生前贈与するときの「父母」の役割
この3件のケースに共通するのは、孫を思う気持ちが何よりも優先され、本来の生前贈与の目的である「次世代、孫世代への円滑な財産譲渡」を家族親族間で話し合えていなかったことが大きな原因だ。
円滑な財産譲渡には、贈与した資金の使い道から、用途を家族間で話し合うこと、そして自分たちの生活があってこその生前贈与という認識が大切になる。かといって教育や結婚といった「お金のかかるイベント」は吉事であるぶん、なかなか客観的に見ることは難しい。そこで、祖父母世代と孫世代を結ぶうえで、「父母」の役割が大事になってくる。
教育贈与の制度を利用し、直接孫世代に資産を譲渡する場合も、資産用途の意思決定権は息子や娘(孫から見ると父母)に一任して貰うようにしたいところ。また、娘や息子と配偶者、意見のすれ違うこともあるが、一度資産を渡した立場、たとえ話し合いに同席を求められても、子どもたちに一任をする方が孫への示しにもなり、かつ子どもたちに成長を促せるのではないだろうか。
また、いま自分たちが所有している資産はいずれ、「相続」という形で子世代に移ることとなる。その時に自分たちの資産用途にアドバイスをすることはできない。相続の時点ではじめて、「まとまったお金をうまく使って欲しい」と願っても、父母としてはなかなか難しいところだろう。自分たちが生きているうちに、孫に生前贈与をすることで、子世代である両親に「資産の使い方のトレーニングをさせる」ことが大切だ。
これは生前贈与に限らない。現在は国をあげて資産運用を勧めていることもあり、「まとまったお金を使う経験」は子世代にとっても、今後生活するうえで貴重な経験となる。諸外国の一部と比べるとまだまだ不足しているが、子世代は自分たちよりも「金融教育」や「資産形成」といった教育も進んでいる。孫への生前贈与を通じて「父母の役割」を明確化することで、一家の財産を次世代へ引き継ぐ大事なトレーニングになるといえるのではないだろうか。
工藤崇 FP事務所MYS(マイス)代表
1982年北海道生まれ。北海学園大学法学部卒業後上京し、資格試験予備校、不動産会社、建築会社を経てFP事務所MYS(マイス)設立、代表に就任。WEBコラムを中心とした執筆活動、個人コンサルを幅広く手掛ける。ファイナンシャルプランナー(AFP)
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