中国経済,経済危機
(写真=PIXTA)

春節前後のマスコミ論調を見ていると、「中国経済は大丈夫、国民の皆さんは何も心配ありません」系の記事がやたら目についた。多すぎてかえって不安をあおるのでは、と心配になる。

例を挙げると、『参考消息』という経済紙には、「米国専門家の見る中国経済の柔軟性と潜在力」という特集と「中国経済、鼓舞指標多く、新年は好スタート」という見出しの記事が掲載されている。しかし記事は、1月のPPIが前月の▲5.9%から▲5.3%へ、CPIが△1.6%から△1.8%へと若干の改善をみたというだけで、とても人々が鼓舞されるような内容ではない。地方紙も似たようなもので、「中国経済ハードランディング論は実際とは不符合」「経済発展“新強態”を目指そう」、さらに次期五ヶ年計画(第13次2016~2020年)をたたえ、わが省わが街はこんなに豊かになりますというバラ色未来図であふれている。

政府はあせっている、これは確かのようだ。では実際の中国人の暮らしは今どうなっているのだろうか。データと実際の双方から見てみよう。

局長が失脚した国家統計局の疑惑のデータ

2016年1月の経済指標のうち3つの成長エンジン、(1)投資、(2)個人消費、(3)輸出では、(1)(2)は、春節休暇明けもまだ出ていない。この2つは先ごろ局長が失脚した国家統計局データである。GDP同様の加工データと見られ、長い間△10%を下回ったことはない。今年も2ケタ伸長率を維持するか焦点となっているが、失脚がらみで発表は遅れるかも知れない。

(3)輸出は▲6.6%だった。輸入は▲14.4%、貿易総額▲9.8%(人民元ベース)で、輸入減少に伴う不況型貿易黒字が拡大した。その他では、(4)対外投資(製造業関連のみ)が16億2000万USドル、△87、8%と大幅に増えた。投資先は国内から海外へ移り、早くも国外からの利子、配当収入で稼ぎ、国内は空洞化する先進国パターンに向かうのだろうか。なお(3)は税関、(4)は商務部のデータで、思惑の入る余地は少ない。

実際の行動--資産階級

春節期間中、このクラスに不況風はまったく吹いていなかった。筆者周辺では、日本、米国、アジアのビーチリゾート、豪州、果ては南米から南極まで旅行した金持ちもいた。微信(SNS)には、それら自慢の写真が大量に飛び交った。

金持ちはもはや多少の経済変動にはビクともしない。昨年来の株式市場の乱高下はかえって彼らを強靱にした。教訓を汲み海外不動産、奢侈品、外貨、保険商品などへ、資産の分散を一層進めた。

また習政権の大規模な腐敗摘発により、あからさまな接待や収賄の需要が減ったことも、資産保全に寄与したかも知れない。彼らは取材にはあまり答えてくれないが、とにかく生活水準を切り下げるような動きは一切していない。自社の経営が傾き、たとえ事業をたたんだとしても、すでに人生逃げ切ったと見切っているかのようだ。

実際の行動--無産階級

胡錦濤政権時代の2ケタ成長期、労働者の春節には、余裕があった。経営側があの手この手で引き留め策に出ていたからだ。春節にボーナスは必須だが、その支給を春節前と春節後に二分する手はよくあった。また郷里から友人を連れてくれば、1人当り数百元のボーナスも出す奨励策もあった。

さらに高速道路のサービスエリア上でも労働者の争奪戦が繰り広げられた。人手の欲しい工場の代理人が、職場復帰途上の労働者たちを説得し、誘拐まがいに強引に行き先を変更させるのだ。班長が部下を率いてラインごと移籍するケースも頻発した。

春節後の職場復帰率は、その会社の健全性を図るバロメーターだった。労働者にも、労働力をより高く売る選択肢があった。では今年の状況はどうだろう。取材をすると、「みな大人しく帰ってきているな」という印象である。労働市場はかつての活気や流動性を失ったが、まだ均衡は取れ、落ち着いているようだ。3Kなら人手不足の仕事は、いくらもある。

また新聞は「創業による就業能力の不断増強」といった記事を繰り返し、地方政府も最重要政策課題に掲げている。ここでも「心配ない」メッセージ連発である。

そして中国は持ちこたえる

こうして見ると、大騒ぎしているのは先進国と、反論せざるを得ない中国政府であって、中国人個人ではないことが分かる。金持ちは悠々と暮らし、労働者たちもあわてた様子はない。中国という国家機構と国民とはまるで分離している。国民は中国には問題が山積しているとは思っていない。

問題とは、直接自分に関わることのみである。「中国人は砂のようにバラバラだ」とは中国革命の父・孫文の言葉だが、これは今に至るも変わりない。

“中国”という呼称には2つの意味がある。国家機構など枠組みとしての中国と、個人がバラバラに存在する空間として中国である。個人のほうは枠組みのゆらぎ、倒壊に対する耐性が非常に強い。誰も組織に殉じたりせず、委細かまわず個人資産の保全を優先するだろう。こうした個人のサバイバル能力が、中国のあらゆる分野に潜む、バブルとブラックボックスのリスクを軽減するクッションともなっている。強欲かつ老獪な中国の個人が座して全滅するわけがなかろうという妙な安心感がある。

こうした底知れなさが、他の新興国経済との決定的な違いである。数値責任を問われ、更迭される役人を大量に出しつつも、今年1年、中国経済はおそらく持ちこたえそうである。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)

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