米大統領選の天王山であるスーパーチューズデーで、7州を制する圧勝で、共和党大統領指名に王手をかけた、ドナルド・トランプ候補。トランプ氏の勝利が明確になった現地時間の火曜日の夜、米国版グーグルでは、「どうすればカナダに移住できるか」という検索が1500%も上昇した。「トランプ大統領」が治める米国に住むより、隣国に逃れたいと考える米国民が多いことを浮き彫りにしている。

米経済論壇の大物たちも、トランプ氏の躍進に懸念の声を上げ始めた。経済学の重鎮として知られる民主党のローレンス・サマーズ元米財務長官は、『ワシントン・ポスト』紙に寄稿し、「(自由貿易に反対する)トランプ候補が大統領に就任すれば、米国のアジア回帰の要である環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が崩壊する怖れがある。そうなれば、日本が国防をもはや米国に頼らず、自立自存の自衛を真剣に考えなければならなくなる。そして、他のアジア諸国も予測不可能な米国から、比較的安定している中国に軸足を移さざるを得ないだろう」と警鐘を鳴らした。

また、米保険・投資会社バークシャー・ハサウェイのチャーリー・マンガー副会長は、「カジノで金もうけをするような輩(トランプ候補のことを指す)は、道徳的に大統領にふさわしくない」と、切り捨てた。

トランプ候補が本当に大統領になってしまうのを心配するのは、経済界ばかりではない。トランプ候補が所属する共和党の主流派が、力を結集してトランプ氏に対する攻撃を始めた。まだ、党内の反トランプ候補を一本化するには至っていないが、スーパーチューズデーの結果は危機感を押し上げる効果があった。

党内ネオコン派のロバート・ケーガン氏に至っては、「残された選択肢は、(民主党大統領候補の指名がほぼ確実視される)ヒラリーに票を投じることだ。共和党は救えなくても、アメリカはまだ救える」とまで言い切っている。

これは極論であるにせよ、トランプ氏はその勝利で、保守主流・リベラル双方の「呉越同舟連合」からトランプ降ろしの集中砲火の照準を合わされている。すでに、その方向性がここ数日、明らかになっており、3月3日の共和党候補の討論会では、容赦のない攻撃を浴びるだろう。

具体的に反トランプ派は、トランプ氏の論理の矛盾、現実的な政策の道筋を示せない計画性のなさ、衝動性と短気などの性格的資質の欠如、議会や同盟国と協調できる能力、過去の言動との整合性の欠如などをリストアップし、攻める構えだ。

特に、「トランプ候補は真の保守ではなく、隠れリベラルであり、共和党の大統領候補指名を受ける資格がない」というラインが急浮上している。たとえば、トランプ氏は今回の大統領選で、「税金を引き下げる」と公約しているが、1999年に、「米財政赤字を補填するため、1千万ドル以上の資産に対し、14.25%の富裕税を課す」ことを提案していた。

著名な保守派エコノミストのダイアナ・ファークゴット=ロス氏は、「これはまるで、昨年に時の人となったフランス人経済学者トマ・ピケティ氏の主張を先取りしていた内容だ」と指摘する。さらに、「現在は、富裕税の主張を取り下げただけでなく、『相続税を撤廃せよ』とまで踏み込み、『最高所得税率を25%から15%に引き下げよ』とも提言するなど、コロコロ変わる」という。

また、トランプ候補の支持層は中流層が中心で、トランプ氏は繰り返し中流層の復興を訴えている。ファークゴット=ロス氏は、この点を次のように問題視する。「トランプ候補の唱える『中流層の没落』は、実は民主党が資産再配分を目的とする『大きな政府』のための口実に過ぎない。過去に大統領選で勝利した共和党候補は、みな小さな政府を標榜したが、トランプ氏は大規模インフラ投資などを行う大きな政府を好む。これは、オバマ政権の経済顧問を務めたサマーズ元財務長官の主張と同じだ」。

他の保守派論客も、「トランプ候補は、国家主義のために自由経済を犠牲にしている」と、同氏の保守思想の正統性を標的にし始めた。

一方、トランプ候補が財界に敵を増やしすぎ、結局、大企業の支持を失って自らの首を絞めることになるとの論調も出てきた。自国の稼ぎ頭企業を敵に回して、「トランプ大統領」は米財界の支持を得られるのだろうか。また、まともな経済政策を実行できるのだろうか。反トランプ連合は、米国民に冷静に考えるよう、呼びかけている。

ブルームバーグ通信のポーラ・ドュワイヤー論説委員は、「トランプ氏は、犯罪捜査でiPhoneのロック解除に同意しない米アップルの製品をボイコットするよう、消費者にツイッターで呼びかただけでなく、敵視するメキシコでの工場建設を決めたとして、米自動車大手のフォードの製品不買を呼びかけ、さらにサウスカロライナ州で新鋭機B787を製造している米航空宇宙大手ボーイングが『中国に工場を移そうとしている』と、デマを広めた。果ては米食品大手ナビスコや、米小売り大手メイシーズまでボイコットの対象にしている」と明らかにした。

このように、敵の民主党だけでなく、「味方」の共和党内部や米財界までが、協調してトランプ攻撃を始めている。トランプ候補が、この呉越同舟連合の砲火をかわせるのか、注目される。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)

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