3月1日、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2015年10-12月期の運用損益が4兆7302億円の黒字になったと発表した。国内外の株価回復が要因だ。

公的年金運用、昨年10-12月期は大幅黒字

昨年4-6月期も2.6兆円強の黒字だったが、7-9月期に約7.9兆円の過去最大の赤字となったことが響き、今年度9ヶ月間の通算では5108億円の赤字になっている。さらに年明け以降は、株価急落と円高進行で内外株式や外国債券の円ベースの運用資産は大きく目減りしており、期末に向けて市場がよほど回復しない限り、通年で大きな運用損が出る可能性が濃厚になっている。

昨年7-9月期の大幅損失が明らかになった際、有識者や野党国会議員など多方面から、将来の年金財政が危ういとの批判の声が相次いだ。しかしGPIFの首脳は「年金積立金の運用は(その性格上)長期的観点から評価すべきだ」とし、短期間の損益に一喜一憂すべきではないとの姿勢を示した。安倍首相も国会答弁などで同様のコメントを繰り返している。

確かに年金運用は将来の給付に備えて資産を確保することを狙っており、長期的に安定した利回りを獲得できればよいとの考えに基づいている。実際、GPIFが市場運用を開始した2001年度以降は、年間損益がマイナスになった年が3回あったが、昨年10-12月期までの年平均収益率で2.99%の着実な収益を上げている。

昨年7-9月期の大幅な運用損に批判

そもそもGPIFはなぜ運用する必要があるのか、その年金財政における位置づけをみてみよう。GPIFの14年度は収入総額53.4兆円に対し、総支出は50.6兆円で、差引2.8兆円のプラス収支となっている。

その大まかな内訳をみると、支出のほとんどを占める50.3兆円の年金給付に対し、主な収入原資である加入者保険料32.6兆円と税金などの国庫負担等11.8兆円の合計は44.4兆円にとどまる。この純収支5.9兆円の赤字を運用収入5.1兆円他で賄ってかろうじて黒字を確保している格好だ。逆にいえば運用収入がないと年金財政が赤字、つまり将来に備える資産が減ることになる。

したがって、着実に収益を稼ぐ運用が不可欠になるが、問題はどのように「着実に」増やすかだ。14年10月にGPIFが策定した第2期中期目標では、実質的な運用利回り(運用利回り-名目賃金上昇率)1.7%を「最低限のリスク」で確保するとしている。逆に解釈すれば、この利回りを確保できれば、少子高齢化が進む日本で保険料を払う人が減り、年金を受け取る人が増えて純収支が悪化し続ける状況下でも年金財政は維持できるということだろう。

運用益がないと年金資産は減少

今後の名目賃金上昇が仮に年率1%の低い伸びにとどまるとしても、名目で2.7%の利回りが必要になる。先にみた01年度以降の実績利回り2.99%と比べるとハードルが低いようにもみえるが、そう楽観できるものでもない。

というのも、この3%近い数字には日本、海外ともに現在よりはるかに高い債券利回りと、安倍政権発足以降3年間の日本株の9割近い上昇が含まれているからだ。直近の債券利回りで計算すると、内外株式だけで年間4%近く稼がなければならない。

当面の市場環境を考えると、これだけの株式リターンを得るのはそう容易でないとの弱気に傾くが、足元で株価が大きく下落しているだけに、世界経済が再び拡大に向かえば債券利回りや株価も大きく回復すると期待することもできる。

ただ、GPIFの運用スタンスには課題がある。基本ポートフォリオのリスクがかなり高まっている点だ。先の中期目標と同時に見直しが行われた主要資産の構成割合は、国内債券35%(見直し前は60%、以下同様)、国内株式25%(12%)、外国債券15%(11%)、外国株式25%(12%)と、通常はリスク資産とされる株式が合計で50%(24%)と2倍以上になり、為替リスクを伴う外国債券の比率も上がっている。

GPIFの運用リスクは大きく上昇

債券は値下がりしても償還まで待てば元本を確保できるが、株式にはその保証がない。株価が大きく下がると、ただでさえ赤字拡大が続く年金純収支を埋めるために運用資産を大きく取り崩さなければならなくなる。そうなると株価が回復しても利回りをさらに上げない限り運用資産は元の水準に戻らない。

年金が危ないと野党議員が声高に叫ぶのは、政治的意図もあるだろうが、的はずれとも決めつけられない。実際、GPIFが12年10月に同様な資産構成の見直しを行った際、当事者である作業班の有識者委員からも「なぜリスクを積極的に取るのか」などの批判が出ていた。株価が順調に回復すればそれに越したことはないが、再び大きな運用損失がでればこの議論は再燃するだろう。

大きな運用損がでれば批判再燃へ

海外の公的年金のポートフォリオをみると、資産200兆円を超える米国は債券運用がほぼ100%。カナダやノルウェーは株式比率が60%を超えるが、資産規模は数10兆円規模で、GPIFの140兆円よりはるかに少ない。一日の売買代金が2~3兆円の日本市場でGPIFが大きく動けば、自ら株価をつり上げて買い、あるいは引き下げて売ってリターンを損ねることにもなりかねない。

年金に余り関心のない若い人のなかには誤解もあるので申し添えておくが、日本の公的年金は賦課方式、つまり今払っている保険料は現在の受給者に回り、自分が将来受け取る額と全く関係ない。今後は生涯払う保険料の方が受け取る額より少なくなるのはほぼ確実だ。年金に過度に期待するのは禁物。老後に備え今から何かしらの貯蓄・運用を考えておきたい。(シニアアナリスト 上杉光)

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