安倍晋三首相が「地方創生元年」と打ち上げた2015年度が終わった。人口減少で自治体消滅の危機が叫ばれる中、この1年で「地方創生」の言葉が広く定着してきた。自治体に地方創生を推進する担当部署が次々に生まれるなど、国民の目が地方に向き始めたことは間違いない。

その一方で、とても実現可能と思えない人口見通しを掲げた人口ビジョンが相次いで策定された。先進的な自治体事業として緊急支援金が交付された中には、理解に苦しむものも見られる。地方創生元年を総括してみた。

自治体や金融機関に地方創生部署が続々と

「本年は地方創生元年。地方創生を成功させ、わが国の人口減少に歯止めをかけるため、取り組みをスピードアップさせなければならない」。政府のまち・ひと・しごと創生本部会合で2015年4月、安倍首相の口から地方創生元年という言葉が飛び出した。

安倍内閣は2014年9月、内閣直属のまち・ひと・しごと創生本部を設置、新設の地方創生担当大臣に自民党内実力者の石破茂氏を起用した。内閣の目玉として打ち上げた地方創生を具体化させていくのが2015年度というわけだ。

政府は地方創生の推進を全国にPRする一方、全国の自治体に地域の将来構想、振興策を描く総合戦略、人口ビジョンの策定を求めた。さらに、先進的で地域発展に効果があると判断した事業に緊急支援交付金を出し、自治体を支援してきた。

その結果、地方創生の言葉が全国に広がり、佐賀県、山口県山口市など各地の自治体に地方創生を掲げる担当部署が生まれた。熊本県、福島県二本松市など専任の担当者を置いた自治体も少なくない。

民間にもこうした動きが広まっている。群馬県前橋市に本店がある東和銀行〈8558〉は地方創生推進室、京都府宮津市に本店を置く京都北都信用金庫は地域創生事業部を新設、地域振興事業に対する支援をさらに推進した。

地方創生をテーマに取り上げるWebサイト、高知大、愛媛大、宮崎大など地方創生に関係する学部を新設する大学も相次いで登場するなど、ビジネス、学術の両面でも地方に注目が集まってきた。これらは政府の思惑通りで、安倍内閣の功績と評価して良いだろう。

夢物語の数字で地域の将来人口を予測

だが疑問に感じる点もいくつかある。その1つが人口ビジョンだ。各自治体は3月末までに地域の将来人口の目標を定めた人口ビジョンをまとめたが、予測の根拠となる合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子供の平均数)が異様に高くなっている。

「人口減少に対する県の認識がずれており、とらえ方が甘い」。2015年9月の岡山県議会で青野高陽議員が合計特殊出生率の甘さを追及した。岡山県の合計特殊出生率は2014年で1.49でしかない。それなのに2030年に1.80、2035年に1.94、2040年に2.07と、急激な上昇を見越している。

その結果、2010年の195万人をピークに減少している岡山県の人口は今後、おおむね140万人前後で推移し、2060年には155万人まで回復すると予測されている。

この合計特殊出生率は国の長期ビジョンに合わせたもので、1.80から2.07といえば1960年代の高度経済成長期に匹敵する。現在の先進国では米国やフランス並みだが、ともに移民が合計特殊出生率を押し上げており、日本と同等に考えるのは難しい。

伊原木隆太知事は「決して実現不可能なものではない」と答弁したが、移民政策をとらない日本ではほとんど夢物語に近い数字だと受け止められている。岡山県政策推進課も「これだけ厳しい数字を達成しないと人口減を打開できない」と苦しい胸の内を打ち明けた。

同じような議論は新潟県湯沢町の人口ビジョン検討でも起きている。委員の林敏幸町商工会長は「合計特殊出生率が甘すぎる」と、国の長期ビジョンに合わせた合計特殊出生率に疑問の声を上げた。

結局、人口ビジョンの合計特殊出生率は町の原案通りとなった。湯沢町企画政策課は「非常に厳しい数値であることは承知しているが、国のビジョンに合わさざるを得なかった」と振り返る。

政府は緊急支援金の交付条件に人口ビジョンの策定を挙げている。正直な予測を出せば不利な扱いを受けかねない。自治体としては非現実的な計画を承知のうえで策定しなければならなかったのが実情かもしれない。

意味不明の総合戦略や先進事業も続出

人口ビジョンと同時に策定された総合戦略も、意味不明のものが多い。インバウンド観光の推進、地域産業のブランド化、移住者やサテライトオフィスの誘致推進など、どこも内容は似たり寄ったり。

これにより、地域経済を活気づかせ、首都圏からの定住を促進するとしているが、こんなありきたりの方策で現状を打開できるはずもない。自治体側の「やらされている感」がありありとうかがえる内容だ。

先進的と認定された事業にも、よく分からないものがある。3人の新規雇用のためなどに5000万円の交付金を使う高知県佐川町の林業活性化事業、5世帯の町有林見学ツアーなどに5000万円を活用する岩手県雫石町の高齢者誘致事業。これらの事業のどこが先進的なのか。

このほか、遠隔地の自治体が無理やり連携した観光振興事業も先進的と認定された。連携を否定するつもりはないが、ただ連携すれば効果が上がるわけでもない。国の補助金ほしさに自治体が無駄な事業を発案し続けた昔と、同じ光景が繰り返されているようにも見える。

これらの事業は自治体が提案したものを政府が審査して選んだ。自治体間で競わせ、良いアイデアを出させるのがもともとの発想だが、緊急支援金をえさにして、自治体を従わせただけに終わった感じが否めない。

自治体に財源があれば、もっと画期的なアイデアを綿密に考えたはずだ。財源移譲なしに地方創生を進めることの限界が、1年間の結果に表れたように思えてならない。

高田泰 政治ジャーナリスト

関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆中。マンション管理士としても活動している。

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