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最近「パナマ文書」というキーワードがネットメディアのニュースで流れている。これはどういう事件で、何が問題なのかがイマイチよく分からないと感じている人も多いだろう。世界では騒がれているが日本ではあまり騒がれていない「パナマ文書」について、税務的に見るべきポイントを解説する。

メディアで目にする「パナマ文書」とは

今、世界で話題となっている「パナマ文書」とは、タックス・ヘイブンの地であるパナマの大手法律事務所モサック・フォンセカにおける過去40年分の金融取引に関する内部文書のことだ。モサック・フォンセカは、主に租税回避地での法人設立の代行業や租税回避地を利用した金融アドバイスを主業務とする法律事務所だ。

問題は、この内部文書1100万件前後が流出したことに端を発する。この文書について国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が分析・調査した結果、数十万人規模の顧客が租税回避地にペーパーカンパニーを設立して税金逃れを行っていたことが判明、その情報が一斉に世界中に報道された。

その顧客のリストには、俳優のジャッキー・チェン氏やF1のロズベルク選手、ロシアのプーチン大統領の近辺の者や中国の習近平国家主席の親族、イギリスのキャメロン首相の亡父やアイスランドのグンロイグソン首相、ウクライナのポロシェンコ大統領、アナン元国連事務総長の息子など各国の政府要人やその親族などの名前が連なっていたのである。

なぜ問題?メディアが語らない税務的な「本当の問題」とは

このニュースの焦点は、タックス・ヘイブンを利用した金融取引が、税金逃れだけでなく、マネーロンダリングなど闇取引にも利用されている可能性が高いとされている点だ。その点について、問題の渦中にあるモサック・フォンセカ法律事務所はICIJに対し、「各国の法律やコンプライアンスの確認を行っていた」と主張している。

確かに、ミクロな視点でそれぞれの行為だけを見れば、違法ではないので問題とはならない。しかし、その視点が「世界」というマクロに移った途端、税務的にはきわめて大きな問題となる。

21世紀前後から、経済活動がグローバル化したことに伴い、各国税法の穴を利用した税金逃れの行為、「租税回避行為」が横行するようになった。租税回避行為の規模と回避額が大きくなればなるほど、各国の税源は侵食され、税収はどんどん減ってしまう。さらに、租税回避行為を行うには一定の資産規模が必要となるので、行うのは富裕層に限られる。結果、低所得者などの弱者に税金のしわ寄せがどんどんいくことになってしまう。

これを憂慮した世界各国は、OECD加盟国を中心に、「BEPS(税源侵食と利益移転)プロジェクト」という行動計画の策定や、税務行政共助条約(租税回避行為防止のためのマルチ条約)の締結などで対策を講じてきた。特に、税務行政共助条約については、BEPSと異なり、対象が法人だけでなく個人も含まれる。そしてその署名国には、今回の問題で取り上げられたイギリス、ロシア、中国、ウクライナなど主要各国も含まれている。

つまり、「国としては『租税回避などケシカラン』と言いながらも、その国家要人たる自分や親族、友人知人の私腹を肥やすのはOKなのか」というホンネとタテマエの違いの浮上が、この問題の税務的な争点なのである。

「租税回避」と「節税」の違いとは?

ここで「節税」と「租税回避」の違いが読者のみなさんにとっても疑問となるだろう。「『節税』と『租税回避』はどっちも合法なのだからいいじゃないか」と言われるかもしれない。しかし、両者は大きく異なる。

分かりやすい例えをあげよう。本屋で「立読み禁止」の札が貼ってあるのをみなさんも目にしたことがあるだろう。「立読み禁止」が本屋でのルールだとするならば、立読み行為はルール違反だし、ちゃんとレジに持っていって購入するのはルールにかなっている。では、座ったり、寝転んだりして本を読むのはどうだろうか?

ここでみなさんはハタと立ち止まってしまうことだろう。「『立って読む』というルールには確かに違反はしていない、でも、実質的には立読みと同じだし…」。そう、ルールには違反をしていなくても、実質ルール違反と同じなのである。

つまり店主としては「タダ読みしないでちゃんと本は買って読んでね」と言いたくて「立読み禁止」のルールを定めたはずだ。けれど、言葉はシンプルな分、いかようにも解釈されるもの。顧客の勝手な都合で、見た目上ルールに沿いながらも実際にはその目的を逸脱した行為ができてしまうのである。

これと同じことが税務上も起こりうる。つまり、「立って読む=脱税」、「買って読む=節税」とするならば、「座り読みや寝ころび読み=租税回避」なのである。以上は、中央大学租税法学者の酒井克彦教授の講座で私が解説を受けたものだが、非常に分かりやすいのでここで皆さんにご紹介した。

どんな税法であっても、言葉で表現される。言葉は、シンプルな分、解釈はいくらでもできる。更に、経済状況はインターネットの登場や輸送費の低減などにより常に変動する。そして、税務当局の対応は常にそんな状況の後追いだ。そのために、租税回避行為が生まれ、よりリスクを低くするために、国家の有力者や著名人、富裕層などはそのシステムを利用するのである。

この報道がなされて以降、文書に名前が記載されていたアイスランドの首相は辞任し、中国は情報統制を強化した。ロシアは汚職疑惑に戦々恐々としている。税逃れを批判しクリーンなイメージが強かったキャメロン首相については、内閣退陣を求める大規模な抗議デモがロンドンで行われた。

冒頭に記述した通り、この「パナマ文書問題」は、世界中では話題になりながらも日本ではそれほど話題になっていない。日本で流されるニュースは衝撃的なもの、ときにゴシップ的なものが中心だ。それらは我々の関心を引きこそすれ、影響はほとんどないことが多い。同時に、その裏では世界規模の不正行為が行われたり、知らぬ間に法律が変えられたりもしている。

実際、リストには日本の大手企業の名前が連なっているのだ。ただし、TVや雑誌、新聞などの有力メディアは通常大手企業がスポンサーとなっているもの。「彼らの機嫌を損ねては困るから報道しない」という算段が働いているのかもしれない。

鈴木 まゆ子(すずき まゆこ)税理士
税理士鈴木まゆ子事務所代表。2000年、中央大学法学部法律学科卒業。妊娠・出産・育児の傍ら、税理士試験を受験し09年に合格、12年に税理士登録。現在、外国人のビザ業務を専業とする行政書士の夫と共に外国人の起業支援に従事する。現在、国際相続などについての記事執筆に取り組む。税金や金銭に絡む心理についても独自に研究している。ブログ「 税理士がつぶやくおカネのカラクリ

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