【連載 経営トップの挑戦】 第7回 〔株〕Gengo CEO マシュー・ロメイン
インターネットを使って、外国にいる顧客に商品やサービスを提供する。あるいは、外国からの訪問客を相手にビジネスをする。そうした国境を越えた企業活動がますます盛んになっている。それに伴って、どんどん大きな問題になっていくのが「言語の壁」だ。翻訳をする文章の量が増え、また多言語間の翻訳が必要になるうえに、スピードもよりいっそう求められている。
この状況の中、言語の壁をなくすことを目指し、スピーディで低価格な翻訳サービスを提供しているベンチャー企業がGengo。創業者の一人でCEOを務めるマシュー・ロメイン氏にお話をうかがった。
世界中2万人以上の翻訳者にクラウドソーシングする
――御社が他の翻訳サービス会社と違う大きな特徴は、クラウドソーシングの仕組みを使っていることだと思います。受注した案件を翻訳するのは、御社に登録されている2万人以上の翻訳者の方々ですね。一定のレベル以上の翻訳者を2万人以上も集めるのは大変なことだと思いますが、どうやって集められたのですか?
ロメイン 最初は私の周りのバイリンガルの友達や知り合いを呼びました。そこから翻訳者のネットワークを通じて紹介してもらったり、翻訳者が集まるオンラインのコミュニティで声をかけたりしました。
フェイスブックに広告も出しました。フェイスブックだとうまくターゲティングができるんです。たとえば英語からロシア語への翻訳者を獲得したいなら、フェイスブックを英語で使っているロシアのユーザーや、米国や豪州などでロシア語で使っているユーザーだけに対象を絞って広告を出すわけです。
――翻訳者の方々への支払いは出来高払いですか?
ロメイン そうです。言語によって金額は違いますが、翻訳する元の文章で1文字、あるいは1単語でいくら、と決めています。一番多いと450万円くらいの年収を得ている方もいます。
案件は、当社に登録している翻訳者がログインして見る「ダッシュボード」に掲示されて、そこから早い者勝ちで選んでいただいています。翻訳者にとっては、好きな時間に好きな場所で、パソコンでもモバイルでも好きな端末でできるので、非常にフレキシブルな仕事です。「通勤中にスターバックスのコーヒーのぶん稼いだよ」というツイートを見かけることもありますね。
――本業は他に持っていらっしゃる方が多いのでしょうか?
ロメイン つい最近、調査をしたのですが、一番多いのは翻訳を本業にしている方でした。学生や主婦の方もいらっしゃいます。
――翻訳者の方々は世界中にいるのですか?
ロメイン 135カ国、各タイムゾーンにいます。ですから、24時間、どの時間に受けた案件でも、世界中の誰かが翻訳できる体制になっています。
――翻訳者の質を担保するためにテストをされているということですが、御社が対応されている37もの言語のテストを、どのように実施されているのでしょうか?
ロメイン ある言語から別の言語へ、という言語ペアのそれぞれについて、社内で「シニアトランスレーター」と呼んでいる担当者を置いています。シニアトランスレーターは経験のある翻訳者で、彼らがテストを作っています。
当社に翻訳者として登録されるまでには、まず複数選択式のテスト、次に実際に翻訳をするテストを受けていただいています。合格率は3.6%。登録後も、シニアトランスレーターが、最低月に1度、納品を抜き打ちチェックしています。
新しい言語ペアをサービスに追加するときは、まず、シニアトランスレーターをマネジメントしている社員が信用できる翻訳者を見つけて、その方にシニアトランスレーターになっていただきます。それから、翻訳者獲得の責任者が、翻訳者のコミュニティに声をかけたり、フェイスブックに広告を出したりして、翻訳者を集めます。そうして、ある程度の翻訳者が集まったら、その言語ペアをお客様に対してオープンにしています。
――御社の強みは、クラウドソーシングをすることで、他社の約半額という低価格と平均3時間以内というスピードを実現していることだと考えていいでしょうか?
ロメイン この業界で評価されるのは、価格、スピード、品質の三つだとされています。ただ、当社ではもう一つあると考えていて、それが「スケーラビリティ」です。つまり、ある日は1文字だけの翻訳、次の日は1,000万文字の翻訳、というようなボリュームの大きな変化に対応できること。これが、クラウドによって実現できた、当社だけの強みだと考えています。
たとえばeコマースのサイトだと、一気に大量の商品を売り出したいということもありますし、流行っている商品を急いで出品したいということもあります。そのときに、大量の商品説明を短時間で翻訳できるのは当社だけでしょう。
品質についても強みがあると思います。当社では、翻訳者の方々が当社の案件を請け負うのが楽しくなるように、翻訳作業をするインターフェースのデザインとユーザビリティ(使いやすさ)にこだわっています。たとえば、翻訳をする元の文章と、翻訳をして入力した文章とを、縦に並べるのか横に並べるのか、使いやすいほうに自分で切り替えられるようにしています。使いやすくて楽しければ「やりたい」と思ってくれますから、優秀な翻訳者が集まるわけです。
――翻訳者が使うインターフェースは、御社に翻訳を依頼する顧客には見えないところですが、そこにもこだわっているのですね。
ロメイン 翻訳者もある意味ではお客様ですからね。
――他の会社が、御社と同様な、クラウドを使った翻訳サービス事業に進出してくることは考えられないでしょうか?
ロメイン すでにそうした動きはありますが、競合はあまりしないと考えています。クラウドソーシングの会社はほとんどが個人にターゲティングしていますが、当社がターゲティングしているのは法人ですから。
また、技術は他社にコピーされる可能性がありますが、「企業文化」と「社員」はコピーできません。企業文化と社員が当社の一番の強みだと思っています。
当社は、日本の企業では珍しく、社員の6割が外国籍です。マラウイ、ベルギー、英国、イタリア、米国、台湾、シンガポール、ベトナムなど、さまざまな国籍の社員がいて、文化、宗教、性別、言語などのバックグラウンドに多様性があります。どの国のお客様と話していても、そのお客様の立場になってコミュニケーションを取ることができるため、グローバルにビジネスを加速することができます。