ヴィトンやディオールが値下げに踏み切れば本物?

当時は、もちろんブランド品の需要も大きく落ち込んでいたため、日本で値下げすることで需要喚起を図った形だ。このときはルイ・ヴィトンやクリスチャン・ディオールなど他の大手ブランドの多くも値下げしたが、それでも下げ幅は総じて10%にも満たなかった。

対して、今回の円高は安全資産として買われている側面が、最も強いように思われる。というのも、日欧ともにマイナス金利となり、金利差は円高圧力の理由として、それほど強いものではないはずだからだ。また量的緩和に至っては、対GDP比で日本が最も積極的に行っていることから、むしろ円安要因になっているはずである。

だが、Brexit(英国のEU離脱)を始め、中国を中心とする新興国経済の不振など、先行きの不確実性が高まったことで、円が買われたと見られる。

前回と異なる点は、カルティエと並ぶ高級ブランドのヴィトンやディオールなどでは、今のところ値下げの動きがないことだ。実際、円の対ユーロレートは14年11月の年初来安値である約150円から、値下げ発表時点の116円台半ばへ2割強の上昇で前回より幅が小さい。また前回のように、100年に一度といわれた需要の落ち込みがあるわけでもない。並大抵の円高では値下げしない高級ブランドが、なぜ今それに踏み切るのか首をかしげる関係者は少なくない。

カルティエの一手は吉と出るか、凶と出るか

カルティエが「大幅な」値下げを断行するのは、今後も円高が続くと見ているからだ、とのうがった見方もある。リーマン・ショックの反省から整備された制度で、金融機関の大規模な破綻は起きにくくなっている。新興国の外貨準備も厚くなっているが、それでも対ユーロでさらに円高が進むとすれば、ある要因が考えられる。

日欧の金融政策の自由度の違いだ。

日本の緩和策は手詰まり状態にある。日本銀行はまだ策があるというが、少なくとも市場はそう見ていない。先般の日銀の追加緩和にもかかわらず、想定と逆に円高に振れたことからも明らかだ。

かたや多くの政策カードを温存するECBが、追加緩和に踏み切ればユーロ安、すなわち円高圧力になる。Brexitによる英国やEUの実体経済への影響が大きければ、イングランド銀行(イギリスの中央銀行)とECBの緩和競争になるかも知れない。さらにドイツ銀行やイタリアの主要行など、欧州金融機関への懸念がくすぶっていることから、リスク回避で円が買われる可能性もある。

政治的リスクも欧州には少なくない。Brexitを受けて他のEU加盟国の間で、離脱論が高まる可能性がある。また、来年はEU中軸のフランスで5月に、ドイツでは10月に大規模な国政選挙が行われる。2カ国の選挙で、難民排斥やEU離脱などを唱える極右勢力が台頭すれば、極端な政策に走る可能性もあり、市場のリスクオフ姿勢が強まって円高が進む懸念が強まる。

今後、カルティエ以外の大手ブランドが値下げに踏み切るか否か。そうでない場合、カルティエの今回の値下げが凶と出るか吉と出るか。大いに注目したいところである。(上杉光、シニア・アナリスト)