「お客様、当行ではそのような申し出はお引き受けしかねます。どうぞお引き取りください」
そんな台詞をクレーマーの前で堂々と言えたなら、どんなに気持ちが晴れるだろう。銀行員に限らず、同じように思っているサラリーマンは少なくないのではないか。
理不尽な言いがかりにもかかわらず、なぜ善良なサラリーマンは頭を下げ続けなければならないのだろう。
問題の本質は「社内官僚」、そしてマジメに働く者を笑いのネタにしてしまう世の中の風潮にある。「社内官僚」が保身に走り、現場を軽視してきたことがクレーマーを助長させ、モンスター化させている。
声をあげられない現場の弱い立場の人間を晒し者にし、笑いのネタにしようとするマスコミにも問題がある。ネット上で「マスゴミ」と揶揄される彼らがもたらす社会的損失は決して小さくはない。
「或る駅員」の逃亡を笑う人々
「駅員さんが仕事を放り出しちゃダメですよ!」そんなコメンテーターの発言のあと、スタジオは笑いに包まれた。
テレビのワイドショーが取り上げた「関西のある私鉄で発生した珍事」である。ことの発端は1件の人身事故だ。駅構内で人が快速電車にはねられるという事故が発生した。電車は運転を見合わせたことからダイヤは大きく乱れ、沿線の駅員は乗客対応に追われることとなった。
ホームで対応にあたっていた駅員が、クレーマーの対応に困り果て「もうやってられるか!」と突然、制服の上着や帽子を投げ捨て、線路上を走って逃走、さらに駅の高架橋から飛び降り、救急車で搬送されたのだ。
「或る車掌」のアナウンスを批判する乗客
別の関西私鉄で起こった事案も紹介しておこう。関西空港行きの急行列車で「本日は『外国人のお客様』が多く乗車し、ご不便をお掛けしております」との車内アナウンスが流れた。
乗客の日本人女性が関空駅に到着後、「社内ルールに定められた内容の放送なのか?」と駅員に問い合わせたことで問題が大きくなった。外国人を差別するようなアナウンスだというのだ。
魔女狩りの犠牲者たち
この2つの事案に登場する駅員と車掌。この2人を、私は笑い飛ばすことはできない。批判する気持ちにもなれない。
あなたもダイヤの乱れに対し、ひたすら頭を下げて謝罪する駅員の姿を見たことがあるはずだ。ほとんどの乗客は仕方がないとあきらめるが、「どうしてくれるんだ、責任を取れ!」と駅員に詰め寄る乗客もいる。駅員には何の落ち度もないばかりか、何の権限もないことを知っているはずなのに。さらにタチが悪いのはこの手の輩は、駅員が絶対に言い返すことはできないことを確信していることだ。
私は、頭を下げ続けなければならない駅員に同情することはあっても、笑いのネタにすることはできない。なぜなら、私だってその駅員と同じように、銀行の窓口でクレーマーに逆ギレする可能性もないとは言えないからだ。