最近、不動産業界のインサイダーとその周辺の人々の間ではかなり話題になっているのが、TBSが放映している「金曜ドラマ『砂の塔』~知りすぎた隣人」というドラマ。ハッキリ言って、かなり「おもしろい」。

カッコ付でおもしろいというのは、ドラマの筋というよりも出てくる映像とかシチュエーションが業界関係者としてかなりツッコミどころ満載だからだ。

まず、映像。舞台は明らかに東京の江東区・湾岸エリアである。具体的に言えば今話題となっている豊洲。そしてオリンピックの競技会場がいくつか設営される予定の有明。マンションの外観などはCGで多少変形させてあるが、業界人が見ればすぐに分かる。実際、撮影に協力したのはこのエリアの某タワーマンションらしい。

次に、舞台となるタワーマンションの内側を紹介するシーン。1階ロビーはどう見ても三層吹き抜け構造に見えたが、「2階」に住んでいる住人がいるという。あれだけのエントランスロビーがあり、共用施設も充実しているマンションなら、住戸は4階以上にしか設置しない。まあ、ドラマのひとつのテーマが「階数ヒエラルキー」を巡る嫉妬と怨念であることを考えれば、「4階」ではイメージが鮮明にならないので「2階」でなければならなかったのだろう。

タワーマンションとは、20階以上の超高層集合住宅のことを言う。ここ20年ほど、ブームと言っていい。東京の都心エリアは、文京区を除いてタワーマンションだらけになってしまった。まるでハリネズミのようだ。

ただ東京都心のタワーマンションは、今や1億円を出しても家族4人がゆったりくらせるような住戸は買えなくなっている。普通のサラリーマンが買えるタワーマションは、ドラマの舞台と目される豊洲や有明のような、江東区の湾岸エリアになってしまう。「湾岸エリア」といえば響きはいいが、ここ1世紀内に埋め立てられたところだ。東日本大震災の時には、液状化現象も見られた。

あのドラマでは上層階の住人が下層階に住む人々を蔑むシーンが再三登場する。業界では「階数ヒエラルキー」と呼んだりする。エントランスで知らない人と一緒にエレベーターに乗ると、階数のボタンを押す時に格差を感じるそうだ。あるいは上階から降りてくるエレベーターを停めてはいけない、なんていうわけのわからない暗黙のルールがあるとかないとか。ドラマの様に「ママ友」グループが形成されると、その中で無言のヒエラルキーが形成されているようなこともあるという。

タワーマンションの住人の中には「そんなものあるわけないよ」と否定する向きも多い。気持ちは分かる。しかし、「何階に住んでいる」というのは分かりやすい区分法だ。タワーマンションの場合、新築時の分譲価格は階数が上がるほど高くなる。上の階の住人ほど、その高額な住戸を買ったわけだから、収入も高いと考えるのは自然。そこに差別感情が生まれない、というのはただのきれいごとだ。

また、タワーマンションほどそういうヒエラルキーの意識は生まれやすい。なぜなら、通常の板状型マンションではなく、あえて価格も高いタワーマンションを選ぶ人間というのは、虚栄心が強いと想定されるからだ。

実際、私は広告制作の仕事に携わっているときに、財閥系大手デベロッパーが作成した湾岸のタワーマンションに関する広告戦略の企画書に「埋立地のタワーマンションを買いたがる人間は基本が見栄っ張り。広告では彼らの見栄をくすぐる表現が求められる」と明記してあったのを、鮮明に記憶している。また、現実として湾岸のタワーマンションでは内外の有名タレントをキャラクターに起用するなど、バブリーなイメージ戦略が採用されてきた。デベロッパー側も、タワーマンションに住みたがる人々の心を見透かしているのだ。

今、あの江東区湾岸エリアは新市場の「毒物汚染問題」で揺れている。あのTBSドラマ「砂の塔」が、今後どれだけ注目されるのかにもよるが、タワーマンションに関してプラスのイメージを与えないことだけは確かだ。

私のところには様々なメディアから「豊洲のマンションは暴落しませんか?」という問い合わせがある。そういうコメントを求めているようだ。しかし、私の答えを端的に言えば「暴落はしない。ただし下落傾向は続く」。

首都圏の中古マンションというのは、わりあいに自然な市場価格が形成される。つまり、おおよそは需要と供給の関係で価格が決まる。新市場が多少汚染されていたからと言って、そこから歩いて15分以上も離れた場所のマンションに住んでいる人が何十人もまとまって、すぐに自分のマンションを売って逃げ出そうなんて考えない。私に言わせれば、新市場ができる「豊洲」と、地下鉄有楽町の「豊洲駅」周辺の豊洲とは、ちがう街と考えるべきだ。

東日本大震災の時に、千葉県の新浦安エリアは大規模に液状化した。マンションによっては数週間も上下水道が使えないというひどい状態になった。ただ水が出ない、というのではない。トイレが流せない状態になるのだ。しかし、そんな新浦安エリアのマンションの価格も、地震の後で表面上は暴落しなかった。ただその後時間をかけて、徐々に下落してきている。

新浦安のマンション価格が下落するのは仕方がない。あの液状化の映像を見る前と後では、新浦安に移住しようとする人の数は大きく減るはずだ。今回の豊洲も同じ。この騒ぎの始まる前と後では、需要は大きく減じたはずだ。したがって、あのエリアのマンション価格は今後下落基調が強まることが避けられない。そうでなくてもここ3年ほどの間は、オリンピックの開催決定の影響を受けて実力以上に値上がりしてきた経緯がある。ここ2、3年で少なくともその「バブル分」は削げ落ちるだろう。

逆に言えば、あのエリアを狙ってきた人にとってはこれからが好機到来だ。じっくり狙いを定めて、売り物件を探してみるといい。中には売り急いで「現状の相場より安くてもいいから早く現金化したい」という物件も出やすくなる。そういう物件を見つけて、ピンポイントで価格交渉を仕掛けてみるのもひとつのやり方ではないだろうか。

タワーマンションに「階数ヒエラルキー」があるのは事実だろう。ニューカマーが多い湾岸エリアでは、とりわけその傾向が強いことも窺える。しかし、そこをどう捉えるかは「考え方次第」ではないか。低層階に住んでも豪華な共用施設の利用権は同じ。そこを「お買い得」と考える人々も一定数存在するのも確かなことなのである。

榊 淳司(住宅ジャーナリスト)
1962年、京都府出身。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案の現場に20年以上携わる。一般の人々に分かりにくい業界内の情報や、マンション分譲事業の仕組み、現場担当者の心理構造などをブログ上で解説。近著に『マンション格差』(講談社現代新書)など。(提供= 不動産流通システム )

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