日銀の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、「2%を超える」物価目標を、政府との協働で中長期的に目指すものであるという理解がマーケットで浸透してきた。

展望レポートで示されている「2%の物価安定の目標に向けたモメンタムは維持されている」という判断が維持される限り、目標達成時期の日銀の予想の先送りが、即座の追加金融緩和につながる形ではなくなっている。

長期金利のフェアバリューはどこに?

日銀の金融政策は現状維持が基本となるだろうが、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の効果は変動すると考えられる。マクロのファンダメンタルズなどにより、長期金利のフェアバリューが引き続き、変動していくことになるからだ。

長期金利のフェアバリューが上昇していけば、日銀は0%のターゲットへ誘導するために、国債買い入れ額を増やし、量的緩和効果が強くなり、逆も真である。長期金利がコントロールされているとしても、フェアバリューを意識しておくことは、引き続き重要である。

長期金利のマクロのファンダメンタルズ要因としては、企業貯蓄率と財政収支の合計で貨幣経済の拡張を左右するネットの資金需要(トータルレバレッジ、GDP対比、マイナスが強い)と、失業率に先行する指標として知られ、内需の拡張を左右する日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIの二つの柱がある。

長期金利の金融政策要因としては、イールドカーブのアンカーである日銀政策金利と、日銀の資金供給(マネタイズ、買いオペ)の力を示す日銀当座預金残高の変化(前年差、GDP対比)の二つの柱がある。

米国債10年金利を追う

政策金利の1単位当たりの変化に対する長期金利の変化幅を示す乗数が、政策金利がマイナスの時にはプラスの時の1を上回ると仮定する。そして、グローバルな金利水準の代理変数として、米国債10年金利の動きが重要となる。

これらの要因を使うと、日本の長期金利のマクロ・フェアバリューが推計できる(1988年からのデータ、4四半期移動平均、98%程度の動きを説明)。

長期金利 = 0.14+ 0.022 中小企業貸出態度DI + 0.74 (政策金利X乗数)+ 0.92 LN (米国長期金利)- 0.062 (ネットの資金需要+日銀当座預金残高変化)

現在、消費税率引き上げ後の財政緊縮やグローバルな景気・マーケットの不透明感による企業活動の停滞により、ネットの資金需要はまた消滅してしまっている。米長期金利も低水準であるため、日本の長期金利のフェアバリューは0%程度で低く、日銀の国債買い入れ額は80兆円程度で済んでいる。

ネットの資金需要と長期金利のフェアバリュー

一方、2017年以降を考えると、財政拡大と企業活動の回復によりネットの資金需要は復活し、FEDの利上げ再開により米長期金利は上昇するだろう。そして金融環境は引き続き緩和的であり、貸出態度DIも緩やかに上昇していき、長期金利のフェアバリューは上昇していくとみられる。ネットの資金需要は2016年7-9月期の+3.5%から、2017年末に-1.3%へ拡大し、短観貸出態度DIは、2016年7-9月期の+21から、2017年末に+23に上昇すると仮定する。

米国の長期金利が2.5%まで上昇したとすると、日本の長期金利のフェアバリューは0.5%まで上昇していくとみられる。

日銀の誘導目標である、0%程度に長期金利を抑制するためには、買いオペの負荷が大きくなり乗数が2倍から4倍に上昇したとしても、国債買い入れを80兆円弱から90兆円程度に、増加させなければならないことになろう。政策手段を量から金利に日銀は変更したからといって、国債買い入れ額がすぐに減っていくとは限らない。

フェアバリューの0.5%程度に対して、日銀が0%に抑制すれば、その差は50bp程度となる。このフェアバリューと日銀の誘導目標の差が開くことは、追加的な緩和効果が強くなっていることを意味する。追加的な量的緩和の力が強くなることは、日米金利差拡大と合わせて、ドル・円を120円に向けて、円安方向に動かしてくる可能性がある。

言い換えれば、米国の景気が堅調である好影響に、レバレッジを掛ける政策の枠組みで、そのレバレッジ効果によりデフレ脱却の力を強くし、限界が意識される追加金融緩和がなくても、早期に2%超の物価上昇率に押し上げよう、というのが日銀の意図だろう。

短期的には国債買いオペの負担が増加しても、このレバレッジの力でデフレ完全脱却が早まれば、長期的には国債買いオペの減額トレンドに早く入ることができる、と考えているのだろう。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部 チーフエコノミスト

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