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(写真=Jirsak/Shutterstock.com)

「米国政治や経済を陰で操るのは、シンクタンクの人間だ」とよく言われる。何かの専門家集団であることは想像がつくが、同時に一般人には見えない部分も多く、分かりにくいのも事実だ。

そもそもシンクタンクとは何か。米民主党系のシンクタンク、国家政策センターのスコット・ベイツ理事長が日本のインタビュアーにわかりやすく語った定義によると、「忙しい政策担当者に代わり、中長期的な課題について分析し、解決策を提案する公共政策研究機関」なのだという。ベイツ理事長が自分の9歳になる息子向けにさらに噛み砕いた説明では、「国家にとって役に立つアイディアを提案するところ」となる。

この意味するところは、政権に取り立てられれば、国家の運命を左右する戦略的な政策に大きな影響を及ぼすことができるばかりか、政権内でおいしい仕事にありつけるということだ。

また、シンクタンクは政府の職を離れた人々に政策研究に従事する機会を提供するという、インテリやエリートの受け皿としても機能する。こうしたことから、政治の中枢である首都ワシントンにとして本拠を構えるシンクタンクが多い。

専門家集団の大局的かつ緻密な政策立案

米国初のシンクタンクであるカーネギー国際平和基金が設立されたのは1910年のことだが、シンクタンクが米政府の政策立案に大きな影響を及ぼし始め、不可欠な存在となったのは、第二次世界大戦の最中のことだ。

戦時中は、「脳の箱」などと呼ばれ、終戦後に米国が指導的な超大国になることを見越した具体的な計画を矢継ぎ早に打ち出していく。大戦終結後、特に1950年代からは、超党派的で独立性の強い機関として、「仕事が速く、調査・分析・提案が大局的かつ緻密で的確」であるとして、政治家や官僚に重宝されるようになった。その発言力はますます強くなり、米国を中心とした国際的・包括的な立案が多くなる。

たとえば、1980年代後半に累積債務危機に陥っていたラテンアメリカで実行された政策改革方針の「ワシントン・コンセンサス(合意)」は、財政規律、公共支出の優先順位の見直し、税制改革、金利自由化、競争的な為替レート、貿易自由化、対内直接投資の自由化、民営化、規制緩和など、今日では標準ともいえる新自由主義的(保守的)な処方箋だ。

これを提唱したのは、米シンクタンクの国際経済研究所(現ピーターソン国際経済研究所)である。それが米政府機関、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、米州開発銀行などの国際機関が集団的に追求する政策パッケージとなっていったといわれる。

こうしたなか、文字通り政治家や官僚のブレーンとなる政策エリート集団であるシンクタンクは、一種の政治インフラに成長したのだ。米政府だけではなく、シンクタンク、大学、多国籍機関、法律事務所、メディアなどで働く意思決定者に注目せよ、と言われる所以である。

ところが、1980年代を境にシンクタンクは中立的な立場から党派的組織、つまりリベラル系・保守系にはっきり分かれた頭脳集団、悪く言えば「政治が操る御用宣伝機関」へと変質してゆく。

我が国のキヤノングローバル戦略研究所主任研究員で、日本人として米シンクタンクのスティムソン・センター主任研究員としての勤務経験のある辰巳由紀氏によると、「ワシントンのシンクタンクは移り変わりが激しい世界だ。その時々に米政府が何に関心を持っているかで、シンクタンクのリサーチにも流行り廃れが生まれる」のだという。近年の「旬」は台頭する中国の研究だそうだ。

辰巳氏は、「シンクタンクという組織の中で上に行けばいくほど、研究金を助成する財団、個人、企業、政府機関などのスポンサーから資金を拠出してもらう政治力が重要になる」と明かしている。

トランプ政権下でのシンクタンクの運命は

だが、シンクタンクが中心となって立案・実行された新自由主義的な政策により、経済的な格差が拡大して政治的な揺り戻しである大衆迎合主義(ポピュリズム)が台頭するなか、シンクタンクの地位も揺らぎ始めている。

従来、米政権の最重要顧問や補佐官には、シンクタンク出身者が充てられることが多かった。次期政権に政治任用されうる専門家の養成と、次期政権が採用しうる政策の提言がシンクタンクに期待される役割であったのに、そのシンクタンク自体が問題の根源とされることが多くなった。

「ドナルド・トランプ氏が次期大統領に選ばれることは絶対にない」と予測を外し、さらに現在の「トランプ景気」のもとである次期大統領の経済政策をこき下ろしたのは、外ならぬシンクタンクの専門家だ。悪いことに、共和党系のシンクタンクまで、大統領選中にトランプ氏を散々こき下ろした書簡に署名してしまい、政権での任用の道を自ら断ってしまった。代わりに任用されている者の多くは専門家ではなく、政治や経済の素人である。
こうしたなかでも、トランプ政権に影響を及ぼし続けるシンクタンクがある。かなり右翼的な傾向が強い保守派のヘリテージ財団だ。このシンクタンクは、トランプ政権の経済顧問となることが決定している元『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙記者のスティーブン・ムーア氏を抱えており、「正統派保守」ではない専門家も多くいる。

オバマ政権下の8年間は苦杯をなめたが、筆者の取材依頼にも親切丁寧に対応してくれたことが印象に残っている。対する民主党政権側のシンクタンクは、名前は挙げないが、無視されたり、対応が横柄であったりすることが少なからずあった。

トランプ政権は素人の積極的登用を進めているが、それでも戦略的分析や提言ができる専門家も絶対に必要としている。そうした際に、まずトランプ氏の目が注がれるのは、ヘリテージ財団のような非正統派の保守シンクタンクではないだろうか。シンクタンクの信用は落ちたとはいえ、「腐っても鯛」、まだまだ有用な政治インフラなのだ。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)

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