『不道徳な見えざる手』という邦題からは、アダム・スミスの『道徳感情論』や『国富論』が想起される。だが本書はけっして堅苦しい理論書の類いではない。「利潤追求は豊かさだけでなく、だましも生み出すことを示している」というスティグリッツの言葉が本書の内容を的確に言い得ている。著者は彼と同じノーベル経済学賞受賞者のジョージ・A・アカロフとロバート・J・シラーである。

不道徳な見えざる手――自由市場は人間の弱みにつけ込む
著者:ジョージ・A・アカロフ&ロバート・J・シラー著、山形浩生訳
出版社:東洋経済新報社
発売日:2017年5月12日

競争市場に内在する「カモ釣り」

(画像=Webサイトより)
(画像=Webサイトより)

原題のPhishing For Phoolsにあるphishing(フィッシング)という言葉は、日本でもすでに広まっているが、原義は「釣り(fishing)」であり、「個人情報を集めるために有名企業になりすますなどしてインターネット上で詐欺を働くこと。また個人情報をかすめ取る『仕掛け』によってオンライン詐欺を行うこと」という定義がオクスフォード英語辞典に掲載されたのは1996年のことである。ただし著者たちは、これをもっと新しく広い意味で用いている。一方、foolをもじった造語phoolは、まんまと騙される人、うまいこと釣られる人のことを指す。本書では「カモ」と訳されているが適訳であろう。Phishing For Phoolsとは、すなわち「カモ釣り」のことである。

標準的な経済学の教えによると、市場経済では、合理的個人を前提とした自由な競争が「まるで見えざる手に導かれるように」して社会全体に最大の利益をもたらすとされる。そしてそれを阻害する要因(外部性、所得分配の不公平、規模の経済など)はしばしば「市場の失敗」として挙げられる。経済学者や金融専門家は、人の弱みにつけ込み、人びとをカモとして釣る詐術とごまかしの誘因が「競争市場に内在」するということを無視している。しかし著者たちは、人びとに繁栄をもたらしているのと「まったく同じ利潤動機」が「詐術とごまかし」を生み出している点を指摘し、競争市場が「諸刃の剣」であることを力説する。

「カモ釣り」vs政府規制

本書は、広告・マーケティング、自動車・住宅・クレジットカード、政治・ロビイング、食品・医薬品、技術イノベーション、たばこ・酒など幅広い分野の「カモ釣り」の事例を取り上げている。いずれも興味深くはあるが、耳馴染みのある話も少なくない。金融分野の「カモ釣り」としては、2008~09年の世界金融危機を論じた第2章と、1986~95年のS&L(貯蓄貸付組合)危機を論じた第9章および第10章の三つの章が注目される。

第2章では、「評判マイニング」と著者たちが名づける「カモ釣り」について、アボカドの寓話で説明される。すなわち、美しく熟したアボカドを売ると評判の人物が、ある時期から、完熟したアボカドに人びとが支払う価格で、低質なアボカドを売りつけ始める。売りつけられたほうは、カモとして釣られたのである。このアボカドの商売は、住宅ローン証券の空売りを指す。米国の大手格付機関は、歴史的に苦労して築き上げてきた自らの高い評判を、利潤のために切り売り(マイニング)する行動に走ったのである。

第9章と第10章からは、政府当局の大胆かつ迅速な介入の必要性が教訓として得られる。諸事例を検討したのち、第11章〈釣りと戦う英雄たち〉で規制(政府の介入)の重要性が強調されている点は意義深い。「システムにごまかしと詐欺を組み込んでしまう経済の力」は、政府の規制=「見える手」でもって阻止するしかない。さらに、針小棒大に語られがちな「政府の失敗」という物語もカモ釣りであるという著者たちの指摘は傾聴に値する。

本書はあくまでも既存の経済学にたいして「新しい視点」を提供することに眼目がある。よって、なにか画期的な「新しい経済学」を提示しようというものではない。邦題に魅かれて本書を手にとられた方が、読中読後に「まんまとカモられた!」と臍を噛んで後悔するか、「わが意を得たり!」と膝を叩いて共感するかは、自由と規制(秩序)をめぐるその人なりの経済観や社会観、人間観や倫理観によって大きく分かれるところとなるだろう。(ZUU online 編集部)

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