農民の経済状況が悪化

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農民の抗議活動の背景には、農家の所得環境の悪化と債務の膨張がある。

インドの農業は農耕期に高温が続いたり、十分な雨量が得られないと、収穫量が大きく落ち込む脆弱な産業となっている。実際に産業別の実質成長率を見ると、天候の影響を受けやすい第一次産業の伸びは上下に大きく振れる傾向が見て取れる(図表2)。

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特に毎年6~9月まで続く南西モンスーンの影響は大きい。農業用水のほとんどはモンスーンの降雨に依存(年間降雨量の約7割)しており、その降雨状況によってその年の生産量が大きく変動する。ここ数年のモンスーンの降雨状況は、2-3年前が雨不足となって凶作の苦しい状況が続いた後、昨年と今年は比較的順調な雨量が得られて生産量こそ回復したが、供給過剰によって農産品の取引価格は年初から下落している(図表3)。

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また近年は相続による農地の細分化により、農地が1ヘクタール未満の零細農家の割合が増加傾向(2000-01年の62.9%→2010-11年の67.1%)にある。先進国では、農業の大規模経営が進んでいることとは対照的だ。こうした零細農家は取引価格が下がると生産コストを回収できなくなってしまう。

さらに昨年11月に政府が突如実施した高額紙幣の廃止も農家の借金の増加に繋がったとされる。廃貨後に現金の引き出しに上限が設けられたことから、11月から本格化したラビ期(冬場作)の作付けにおいて肥料をツケで調達した農家は多く、借金の増加に繋がったようだ(2)。特に小規模・零細農家は今年の収穫を充てにお金を借りたものの、返済ができない状況に追い込まれているほか(図表4)、農村では、信用農協や商業銀行などのフォーマル金融だけでなく、地主や商人による高利貸しを特徴とするインフォーマル金融の存在感は依然として大きく、金利が高くなりがちなことも農家の返済を難しくさせている。

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債務を返済できなくなった農家は破綻して自殺してしまうケースも多く、社会問題となっている。

インド国家犯罪記録局の報告書(Accidental Deaths & Suicides in India,2015)によると、農業関係者の自殺者数は年間約1万2000人(3)となっている。その自殺の主因を見ると先進国で共通して見られる健康問題は比較的少なく、「破産または債務」が38.7%、「農業関連」19.5%など経済問題が大半を占めている(図表5)。

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(2)政府は廃貨後、現金不足による農業への悪影響を緩和するため、国・州営種子販売会社に対して旧札による販売を許可したり、肥料会社には後払いによる販売を認めたほか、11月満期の農民に対するローンの返済を12月に延長するなど対策を講じた。
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3)世界の自殺の3/4以上が途上国で発生し、そのうち5分の1はインドとされる。 インドでは毎年13万人もの命が失われている。
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