約半年をかけて遺言公正証書の作成を終えたある顧客は、「手続きに不慣れな一般人がイチから遺言を作るにはハードルが高い」と苦労を語った。

実は遺言作成には知っていると上手くいくコツが存在する。これから遺言作成を控えている方はもちろん、既に作成済みの方も見直して頂きたい。

遺言公正証書の登録件数が大幅増 2000年以降で33倍増加

遺言,相続,注意
(写真=PIXTA)

全国の公証役場で作成された「遺言公正証書」のデータベースへの登録件数が200万件を超えた。日本公証人連合会によると、2000年に約6万件だったので、利用者は着実に広がっている。

作成した正本は公証役場に保管され、遺言書の紛失リスクや改ざん、作成した遺言が形式不備のため無効になるケースなど、リスクを大幅に軽減できることが利用を後押ししているのだろう。

しかし公証役場で作成した場合であっても注意点は存在する。相続税の控除額が縮小されたことに伴い、都心に一戸建てを持っているだけで、相続税の納付が必要になるケースが今後増えてくるであろう。以下では、注意すべき点を9つのまとめたので順に見ていく。

(1)遺留分に配慮した内容になっているか?

公証役場で作成された「遺言公正証書」ならば、遺言は遺留分の問題が起こらないといえるのだろうか? 答えは「そうとは限らない」だ。公証役場では形式が整っていれば受理をする。別の事柄だが、確定申告書を提出し「収受印」をもらったとしても、後日に申告の内容に疑義があれば、質問を受けたり、修正が必要になることと同じだ。「作成された日付が明らかである」とは言えるものの、その遺言通りで将来問題が発生しないことが約束されたものでは無い。

遺言で、自分の財産を誰にあげるかは自由である。例えば全ての財産を長男Aにと指定した内容通りに遺言執行も出来るだろう。数か月で遺言進行が終了しても、それで終了とはならない場合がある。民法では遺族の生活の保障を守る側面から、相続人が最低限受け取れる部分「遺留分」を定めているのだ。遺留分が侵害されている遺言執行であれば、遺族が「遺留分減殺請求」を求めて裁判を起こすことが考えられるのだ。

遺言内容が遺留分を侵害するかどうかなどは、税務などの見解が要求される分野である。その内容は税務などの専門家が検討する事項だ。公証役場で作成手続きを行う公証人は通常、税務などの専門家でないであろう。公証役場で作成したからといって、「お墨付き」をもらった訳ではない。税務などは全く別事象で、税務などの専門家に事前に相談をしてから遺言に望むべきだと思う。

(2)遺言執行者は指定しているか?

遺言書を作成しても、「遺言執行者」が指定されていない場合、遺された家族の  負担はそれほど減少しない。相続が発生した後に、銀行などの取引ある金融機関での名義変更、不動産登記の名義変更などを、遺された家族が行う必要があるからだ。一方、遺言執行者を指定している場合は、相続開始後の手続きを遺言執行者が単独で行う権限を有することになる。

(3)納税資金に困らないか?

遺言書を作成するステップで考慮すべき事柄が、「相続税を納付する資金の手当てができているか」である。相続発生後に問題が起こる可能性のある遺言内容にこんな形がある。「不動産は長男Aに」「金融資産は長女Bに」といった形だ。前述の遺留分の問題とは別に、不動産を売却しないとAは納税する資金が無い場合が考えられる。

相続税対策を考えるがあまりに、ほとんどの財産を不動産にしている場合がある。不動産会社にとっては良い客である。相続が発生すれば、不動産の売却見込み客になるからである。しかし遺族が相続税の納付期限を気にしながら、不慣れな不動産売却手続きをしなければならないことを遺言者は念頭におくべきだろう。

(4)「子供は仲が良いので心配ない」、そうと言えるのか?

顧客と会話をしていると、「私の子供たちは皆、仲が良いので心配していない」という言葉を聞くことがある。父親、母親が存命の間はいわば「家族間の秩序」は保たれている。しかし目上の親世代がいなくなり、子供同士だけになった時点で、問題がくすぶり始めるケースが多く見られる。

「仲良く」と言われても、お金がからむ事柄である。自分は少なくて良いから皆で円満に決定しよう、と子供が思ったとしても、それぞれ連れ合い(配偶者)が「そんなお人よしを言うな。権利はあるはずだ」と口を挟むことで、解決から遠ざかるケースもある。

「みんな仲良く、話し合って決めて下さい」という内容の遺言を作成して安心してしまうケースが見受けられるが、問題の火種はしっかりと残ってしまっている。「隣の芝生は青く見える」のだ。自分が受け取るAよりも兄弟姉妹が受け取るBの方が有利でないかと疑心暗鬼になってしまう。

親世代がいなく無くなった途端に、Aは私立に通い、自分より学費が高かった、Bの結婚式が自分より豪華だった、Cは買い替え時に車を譲ってもらったなど、何十年も前の事柄でも財産を多く受取るための交渉の材料となり、家族の関係にヒビが入る場合もある。

(5)「公平に不動産は共有」は問題先送り

そもそも、兄弟姉妹であってもお互いの主張は異なる場合もある。長男Aが両親と同居している。Bは賃貸マンション住まいだ。Bからすれば、「Aは家賃も払わずに長年住んでいる」から不公平との主張が考えられる。

Aからすれば、「Bは両親の世話から解き放たれている。そして自由な時間を満喫している」といった主張もある。同じ事象でも、見方を変えればそれぞれに有利な主張ができるわけだ。

不動産を子供の一人にだけ渡せないと思い、「仲良く1/2ずつ共有で」といった内容の遺言は、後日に問題を起こす場合が考えられる。

先程の事例で、Aが両親と同居していた自宅を、兄弟姉妹のBと共有としたとする。Bからすれば、家賃も払わずに長年住んできたのだから、「売却して半分お金で欲しい」となる。Aからすれば、自分の生活の拠点であり、売却すれば新たに住む所を探さなくてはならない。引っ越しの費用負担も出てくる。両親の遺品整理にもお金がかかることもあり、売却ではたまったものではないと考えるわけだ。

自宅だから問題で、それ以外の賃貸不動産であれば問題は無いであろうか?
賃貸アパートをAとBとの共有としたとする。Aは長年、両親の不動産管理を手伝ってきており、修繕のための資金の重要性がわかっていた。きちんと積み立てを行い、万が一に備えていた。一方、Bは受け取った家賃の半分を全て使い果たして生活している。台風で賃貸アパートに雨漏りが発生、大規模な屋根の修理が必要となったとする。Aには資金の準備はできるが、Bには資金の余裕がない。しかし物件は共有だ。Aは修繕して継続保有したいと思い、Bは資金が無いので、この機会に売却したいと考える。このように同じ家族であっても、同じ考え、同じ意向を期待することは難しいことを認識して欲しい。不動産の共有は問題先送りに過ぎない場合が多いのだ。

(6)研究熱心は本人だけ、遺された家族が理解しているか?

これも多いケースだが、遺言書を書いた本人は、研究熱心で相続対策を万全に行ったつもりだった。しかし、遺された家族は本人が何を考えて行ったことなのか、どう対処すべきかが全くわかっていない場合がある。

例えば生前に行った贈与が否認されるケースがある。贈与契約は契約当事者である渡す側、受け取る側がそれぞれ意思をもって行う契約である。受け取る側が贈与契約自体をしっかりと理解していなければ、契約自体が否認される場合も考えられる。受け取る側の不用意な発言で、贈与契約自体が税務当局から否認されることも考えられる。

通帳の保管を子供が行っていても、そもそもの資金の原資が贈与であるもので、「自分はよくわからないが父が行ったこと」と言えば、贈与に疑義を抱かれても仕方がないことだ。この場合に、「名義預金」として相続財産と判断されれば、その部分の分割をどうすべきかといった問題がまた新たに発生する。

(7)本当に必要な相続対策なのか?

相続対策を理由に、「販売業者」は熱心に自社の商品や販売手数料を受取れる    商品を勧めてくる。しかし、販売者に利益があるものが中心となるのが普通だ。結果として、不動産や保険に偏った相続対策となっている事例も多い。

有効性はあるのであろうが、相続評価ルールなどが変わった時には大きなダメージとなる場合が考えられる。リスク管理上は「集中」された一発逆転ホームランよりも「分散」された、シングルヒットを積み重ねたような方法が望ましい。

販売者側は、商売のネタとして対応しており、あなたに親身な解決策であるとは限らないのだ。

(8)依頼している方は専門家か?

税理士・会計士ならば税務のことは何でも知っている、と思っている人が多い。会社の経営者が、顧問税理士・会計士が万能と思いたくなる気持ちは理解できる。しかし、例えば医師に専門性があるように、税理士・会計士にも相続関連に詳しいか、実際の実務の経験があるのかを事前に検討すべきだ。

顧問先の担当税理士・会計士は「仕事を奪われる」と恐れを抱いてしまう。実際には相続・事業承継の経験が少ない、企業会計や確定申告を主な事業にしていたとしても、依頼人からの相談ではまず、「できます」と顧客に回答することが普通であろう。

(9)遺言書によって揉めないようにする「魔法の言葉」を使ったか?

財産や借金の分割方針だけを記した遺言書も多くある。しかし、事業承継や遺言、相続プランに長けた専門家が携わった遺言書には揉めない工夫がなされている。経験からのノウハウを持っているのだ。既に遺言書を作成し、この「魔法の言葉」の答えにピンと来ない遺言者は、これからでも今までよりも良い遺言書を作れる可能性があることを知って欲しい。これから遺言書を作成する方は、「揉めない魔法の言葉とは何か?」を知った上で遺言作成に臨んで欲しい。

安東隆司(あんどう・りゅうじ)
RIA JAPAN おカネ学株式会社代表取締役。CFP®ファイナンシャル・プランナー、元プライベート・バンカー。日米欧の銀行・証券・信託銀行に26年勤務後、独立。お客様サイドに立った助言を実践するためには高い手数料は弊害と考え、証券関連の手数料を受け取らない内閣総理大臣登録の「投資助言業」を経営。著書に『 個人型確定拠出年金iDeCo プロの運用教えてあげる! 』がある(2017年11月14日発売予定)。

【編集部のオススメ記事】
「信用経済」という新たな尺度 あなたの信用力はどれくらい?(PR)
資産2億円超の億り人が明かす「伸びない投資家」の特徴とは?
会社で「食事」を手間なく、おいしく出す方法(PR)
年収で選ぶ「住まい」 気をつけたい5つのポイント
元野村證券「伝説の営業マン」が明かす 「富裕層開拓」3つの極意(PR)