中国人富裕層は、最高水準の医療サービスを求め世界中をさまよっている。彼らにとって外資系医療機関は、有名ブランドと変わらない価値を持つ。外資系医療機関は、次々に中国市場に進入してくるだろう。10月末、上海に開業した「上海嘉会国際医院」はその第一弾ともいえるものだ。経済ニュースサイト「界面」他多くのメディアが同病院について伝えている。その前にまず、富裕層が彷徨う海外医療ツーリズムの現状から見ていこう。

中国人医療ツーリズムの規模

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(写真=imtmphoto/Shutterstock.com)

2016年11月には、北京において「中国国際医療旅游展覧会」が開催されている。世界18の国と地域から、450の著名な病院や医療機構が参加し、全国の家庭や医療機関、旅行代理店などから6万人もの人が参観した。2017年5月には、上海において同様の展覧会が開催され、こちらは12の国と地域から出展者が集まった。少し加熱し過ぎのように思える。

2016年に公表された“中国高浄値人群跨境医療健康白皮書”によると、中国家庭収入100万元以上の富裕層の最も興味をひかれる話題とは、金融投資、健康養生、旅行と休暇 の順であった。健康養生は第二位で、彼らは最先端の医療サービスとその実体験を希望している。しかし国内には優秀な医療資源を欠いている。先端技術も新薬も得られないのは周知の事実だ。海外医療ツーリズムへの需要は当然といえる。

彼らの需要を取り込む海外医療ツーリズムのコーディネート会社は、たくさん存在している。先日はその一つ「麻省医療国際」という会社が、7500万元の融資団を完成したニュースが出た。同社は欧米中心に100余りの医療機関に、富裕層をあっせんしている。

大手業者の一つ、携康長栄医院管理有限公司(北京)の副総裁は、顧客の要求は多く細かくなる一方だという。医院の選択はもちろん、主治医、技術、治療環境まで指定してくる。それに対応するには、一流の医院、医師、サービスを揃えるしかない。そうしているうちに今では顧客の数の力を背景に、海外の提携先医療機関に対し、さまざまな改善要求を出せる立場になった。同社の日本の提携先には、国立がんセンター、徳洲会病院の名が見える。

白書によると、2015年の医療ツーリズムの市場規模は、89億元である。毎年50%ペースで増加し、2020年には581億元になると見積もられている。爆発的といってよい。別資料の“2016年在線医療旅游報告”では2016年の「予約量」は前年比5倍、また一人当たり消費額は5万元を超えたという。(1元=17.17日本円)

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人気の国と地域ランキング

以下中国人富裕層の海外医療ツアーで人気の国と地域トップ5を見てみよう。

第5位 台湾

主要目的は、洗腎(人工透析)費用は2000元前後。場所は台湾各地。大陸の中国人は言葉が通じるため、台湾旅行については健康に気を使わなくてもかまわない。半日以内に病院が見つからないことはないからだ。この気安さと料金の手ごろさから、気軽に透析などを受けに行く。都市だけでなく、地方においても可能だ。

第4位 日本

主要目的は、健康診断。場所は東京、大阪、富山、奈良など。最新の先進医療技術と設備を持つ。費用はアジアの中では高くつく。最先端の人間ドックと遊覧を合わせて、費用は4.5万元くらいまでである。日本の観光庁は、日本各地に温泉療養施設があり、ここでも十分に身心の療養は可能と宣伝している。

第3位 シンガポール

主要目的は、癌治療。シンガポールの私立病院は、診療室、病室、手術室、放射線室など設備がそろい、各診療科の独立性が高い上、経験豊富で優秀な医師が揃っている。癌治療で著名な病院が多い。費用は施設によって差がある。

第2位 韓国

主要目的は、美容整形。中心地はソウル市の押鴎亭(アックジョン)洞。整形手術のメッカ。二重瞼手術6000~9000元、下あご矯正手術3~5万元が普通。ただし韓国旅游発展局のホームページによる公示標準価格を参照すべきである。韓国の医院と医者の資質に関する資料を載せている。

第1位 スイス

主要目的は、羊胎素(ラムプラセンタ)。場所はレマン湖周辺。プラセンタとは、胎盤を原料に含む医薬品によるアンチエイジングである。プラセンタ治療は、草地にある医院が最も適している。細胞再生には1週間かかる。その期間中に食事指導や内科や歯科検査も受け、費用は10万元である。レマン湖周辺の周遊もできる。

1位と2位は、いずれも美容目的であった。日本には人間ドックなど精密検査への期待が高い。

日本の魅力はどこ?

日本についての評判をもう少し拾ってみよう。日本政府は2011年1月から医療滞在査証の発給を始めた。民間の要望に応え、アジア富裕層の医療ツーリズムを後押しするためである。それに合わせ前年の2010年10月には、メディカルツーリズムジャパン株式会社が発足している。同社は最高品質の医療観光を提供する実力ナンバーワンの会社として、中国のネット辞書にも収録されている。

医療ツーリズムの目的地としての日本の魅力を紹介した、中国航空旅游網の一文を取り上げてみたい。

先進の医療設備

メイドインジャパンの医療設備は世界的な評価を受けている。また日本では医療機器の操作技術の習熟度も高い。それを全診療科の医師が身に付けているのだ。日本人の平均寿命世界一を支える重要な要素である。

医療サービス水準

濃厚で優良なサービスを受けられる。お辞儀式のサービスは他の例を見ない。その用意周到さ、きめ細やかさは人を感服させる。

地理的条件

北京・上海から3時間前後で行ける上に、環境は極めて優美であり、治療や保養、また精神にも好影響をもたらす。

これらの理由から、医療ツーリズムに日本行きを選ぶ人は増加する一方だ。2020年には医療目的の訪日中国人は、31万人に膨らむと予想されている。ただし正式に医療ビザを取得した中国人はそれほど多くない。2015年は900例、2016年は、2000例と見られている。1日の人間ドックと周遊なら観光ビザで十分なのだ。

日本側のメディカルツーリズムジャパンような受け皿会社では、日本語ベラベラの中国人通訳を配して対応する。例えば九州では、福岡市で検査を受けたあと、グループで阿蘇や湯布院温泉を周遊する。通訳によるとそのアテンドは決して楽ではないという。一方中国人の間で湯布院温泉の人気が高いのは、こうした医療ツーリズムのおかげという説もある。

外資系総合病院オープン

これらの大きなベクトルに対抗しようという動きは当然出てくる。それは外資系病院の中国進出だ。その第一弾、10月末にオープンした上海嘉会国際医院とは、どのような病院なのだろうか。

中心人物は、香港生まれの世界的な心臓外科医・胡応州氏である。氏は米国コロンビア大学理事であるとともに、医学委員会の主席でもある。同院は胡氏が発起人となり、コロンビア大学基金会が投資した。そして上海市政府の協力の下に、2011年に中米による合弁が成立している。構想から実現までに8年かかった。

さらに上海嘉会国際医院は、米国バーバード大学のマサチューセッツ総合病院と中国初の提携を結んでいる。そして同大と病院規則、運営管理、訓練、臨床研究など長期の戦略的協力を行う。

同院の敷地面積は3.2ヘクタール、中庭を設けた庭園スタイルの医院である。500床、臨床及び運営管理人員は400名、上海初の三級規模(500床以上)の総合型国際病院という。患者は、直接米国の専門家たちによる総合診断を受けることも可能だ。
また過去3年、上海嘉会国際医院は、延べ600人に上る医者や看護師などを米国に派遣、医療技術と管理を学ばせてきた。そしてマサチューセッツ総合病院にとっても、米本土以外では最大規模の提携である。

また同院は、保険会社のランクでは中クラスで、最も高貴、高額な格付けではないという。ここで特権階級のものではないことにさりげなく触れている。

医療ツーリズムは必要ない?

中国人は本土を離れ、海外の名医にかかる必要はなくなる。上海嘉会国際医院はそのための解決策だ。医院の設計、建築から、医療スタッフの訓練、医療技術など各方面のレベルアップに貢献する。そして上海で2200カ所存在する医療機構にとって、高いレベル学ぶことの多い“医学園区”となるだろう。

医療サービス会社Medixの幹部は「界面」記者に対し、以上のように述べた。そして我々の関与する余地は大きいと商売への意欲をみなぎらせている。

確かに上海近辺において、医療ツーリズムへの流出を防ぐ一定の効果はあるだろう。しかし北京以外に住む中国人は、優れた病院は北京に集中している、という抜きがたいイメージを持っている。

そして、北京に行くくらいなら海外へという思考に落ち着く。1~2週間好きなように休暇をとって海外へ渡航し、しかもそれが医療ツーリズムという理由であれば、これは大物感を醸成したい富裕層には、絶好の舞台装置となる。中国の医療ツーリズム熱は、単に一流の病院がないからというだけではないのである。2020年には、白書の見通しは達成されるのではないだろうか。

上海嘉会国際医院の役目は、まず中国医療のレベルアップに貢献することだろう。今でも、手術中に患者と値段をつり上げる交渉をする医師のニュースが出る。初診料を払わない限り、どんな重篤な患者であろうと診察しない。筆者の直接体験した大腸ポリープでは、中国の大総合病院に、回復手術10日の入院を告げられた。しかし日本へ帰れば内視鏡で日帰りか1泊2日であった。利潤動機見え見えの過剰診療がはびこっているのである。そして医者への高額な心付けは、相変わらず横行している。

何しろコロンビア大学の重鎮が発起し、ハーバード大学と提携した病院である。よもや中国の悪習に染まることなないとは思うが予断は禁物だ。ウォルマートもカルフールもイオンもすでに外資系の面影はもはや薄い。中国文明の感染力は、時と場所を選ばず、あらゆるところに及ぶからである。(高野悠介、中国貿易コンサルタント)