要旨

高齢世帯の家計収支
(画像=PIXTA)

本稿では、近年、個人消費においても存在感を高めている高齢世帯に焦点をあて、総務省統計局「家計調査」を対象としたオーダーメイド集計を利用して入手したデータを用いて、世帯員2人以上の高齢勤労者世帯および高齢無職世帯における5年間(2012~2016年)の1ヶ月あたりの収入と支出について概観した。

その結果、所得水準では65~69歳の勤労者世帯は横ばいの状況にあるものの、65歳以上の無職世帯は僅かながら減少している様がうかがえた。また、70歳以上勤労者世帯の可処分所得は他の層に比べ減少幅が大きくなっていた。こうした所得水準の変化を受け、消費支出では、65~69歳の勤労者世帯および65歳以上の無職世帯がほぼ同水準を維持するなか、70歳以上勤労者世帯では他の層以上に消費抑制的な行動をとっていることが示された。

無職世帯では、貯蓄の取り崩しにより公的年金給付を中心とした収入の補填が常態化しており、特に65~69歳で顕著であることから、取り崩しの原資となる貯蓄との関係についてみると、消費支出は概ね高資産層ほど高く、5年間の推移では、総じて減少傾向にあるなか、一部には支出額が増加ないし横ばいとなっている層もみられた。また、有価証券保有の有無別では、有価証券保有層の消費支出は年齢階級によらず一貫して非保有層を上回っており、消費性向でみても非保有層以上に多くの取り崩しを行っていた。このことは、有価証券保有層が投資を通じて株高の恩恵をうけることで、非保有層に比べ消費にも前向きになっていることを示しているものと思われる。

今後、物価水準の上昇が見込まれるなかでは、高齢層の消費はさらに抑制的にならざるを得ず、マクロの個人消費に対しても下押し圧力として働くことになろう。ただし勤労者世帯では年代によらず無職世帯より支出額が多く、無職世帯でも高資産層や有価証券保有層では、低資産層や非保有層に比べより多くの貯蓄を取り崩して消費に回していたことは、足下で進む高齢層の労働市場への参加や、各種の投資促進に向けた政策を通じて高齢者の所得・資産の増加を促すことが、高齢層における消費の拡大にも寄与する可能性があることを意味している。国内消費の拡大に向けては、これら高齢者の消費意欲を高めていくための方策が求められているといえよう。

はじめに

◆高齢化の進展状況

総務省統計局「国勢調査」によれば、2015年時点の高齢化率は26.3%と、今や国民の4人に1人が65歳以上の高齢者となっている。こうした人口の変化を受けて、世帯としても高齢化は進んでおり、世帯主65歳以上の高齢世帯は2000年時点の1,114万世帯から2015年には1,881万世帯へと、この15年間に768万世帯増加している(図表- 1)。この間、総世帯数は5年ごとに2~5%程度の増加に留まっているのに対し、同期間に高齢世帯では一貫して10%以上、高齢単身世帯では20%以上、それぞれ増加を続けている。総世帯に占める割合でみても、高齢世帯が占める割合は、2012年の23.8%から35.3%へと増加しており、今や3世帯に1世帯が世帯主65歳以上の高齢世帯となっている。世帯単位でみれば、わが国の高齢化は人口でみる以上に進んでいるといえるだろう。

高齢世帯の家計収支
(画像=ニッセイ基礎研究所)

◆消費における高齢者の存在感

このように、人口・世帯数でみても高齢者の存在感が高まるなか、個人消費においても高齢層における消費の動向への注目が集まっている。実際に、総務省統計局「家計調査」および同「国勢調査」から二人以上世帯における消費支出の世帯主年齢階層別の構成比について計算してみると、60代以上が占める割合は2005年時点の35%から2015年には43%と4割を超えるまでに上昇している(図表- 2)。

高齢世帯の家計収支
(画像=ニッセイ基礎研究所)

高齢者の消費では、高齢無職世帯に焦点をあてるケースが多く、消費の源泉となる収入としても公的年金のみが想定される場合が多い。しかし、実際には高齢層においても労働市場への参加が進んでいる。総務省統計局「労働力調査」より、高齢層における就業者比率の推移をみると、65~75歳未満の高齢者における就業者比率は2012年からの5年間に限ってみても上昇傾向にあり、65~69歳では2016年現在の男性で53.0%、女性で33.3%と、男性の半数、女性の3人に1人がそれぞれ何らかの仕事に従事している(図表- 3)。また、男性では70~74歳でも32.5%と3人に1人が何らかの仕事に就いている。

高齢世帯の家計収支
(画像=ニッセイ基礎研究所)

このように男性では60代後半でも働き続ける方が多数派となっており、70代前半でも徐々に就業者比率が上昇していることを鑑みれば、高齢者の生活実態や消費行動を正しく捉えるためには、高齢無職世帯に加え、高齢勤労者世帯も含めてみていく必要があるといえよう。

本稿では、高齢世帯における近年の消費動向に焦点をあて、世帯員2人以上の勤労者世帯および無職世帯の1か月あたりの収入および消費支出(いずれも年平均)について、直近5年間の推移を概観していく。なお、以降の分析にあたっては、特に断りのない限り、総務省統計局「家計調査」を対象としたオーダーメイド集計を利用して入手したデータを使用する。

所得・可処分所得の状況

◆所得の状況(勤め先収入・公的年金給付)

初めに、勤労者世帯の勤め先収入(物価調整済み、以下同じ)の状況についてみると、65~69歳では2012年の26.3万円から2016年には25.9万円と、若干の変動はあるもののほぼ横ばいとなっているのに対し、70歳以上では26.0万円から20.6万円と、5.4万円減少している(図表- 4左)。無職世帯において主要な収入源となる公的年金給付の状況についてみると、無職世帯では65~69歳(19.1万円→17.1万円)、70歳以上(20.5万円→18.3万円)とそれぞれ2万円程の減少(*1)に留まっているのに対し、勤労者世帯では65~69歳(22.0万円→12.8万円)、70歳以上(27.9万円→19.4万円)と、いずれも大幅に減少している(図表- 4右)。

高齢世帯の家計収支
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(*1)標準的な年金受給世帯の年金額(夫婦の基礎年金+夫の厚生年金/夫が平均的収入(平均標準報酬月額(賞与を除く))で40年間就業し、妻がその期間全て専業主婦であった世帯が受け取り始める場合の額)についてみても、2016年における物価調整済みの年金額(月額換算)は221,726円と2012年(242,075円)に比べ2万円ほど減少している。〔出所:厚生労働省「平成29年版厚生労働白書」〕
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◆可処分所得の状況

これらの所得から税・社会保険料を控除した可処分所得についてみると、勤労者世帯では65~69歳、70歳以上ともに概ね同水準となっており、無職世帯についても同様に65~69歳と70歳以上では大きな差異はみられない(図表- 5)。経年での変化についてみると、勤労者世帯のうち65~69歳では若干の増減はあるものの2012年から2016年にかけては1万円程度の差と、概ね横ばいとなっているのに対し、70歳以上では39.7万円から32.1万円と7.6万円減少している。一方、無職世帯では65~69歳、70歳以上ともに概ね横ばい、もしくは微減となっている。

高齢世帯の家計収支
(画像=ニッセイ基礎研究所)

消費支出・消費性向の状況

◆勤労者世帯と無職世帯

消費支出についてみると、70歳以上の無職世帯で低くなっているほか、65~69歳の勤労者世帯では他の高齢世帯に比べ僅かながら高く、概ね同水準となっている(図表- 6左)。経年での変化についてみると、勤労者世帯では65~69歳で30.8万円から28.0万円(-2.8万円)へ、70歳以上で30.5万円から26.0万円(-4.5万円)へとそれぞれ減少しており、60代に比べ70歳以上における支出の減少幅が大きくなっている様がみてとれる。一方、無職世帯では、65~69歳(27.2万円→26.2万円)、70歳以上(24.4万円→23.1万円)のいずれの年代においても変化は1万円程度とほぼ横ばいとなっている。

これを可処分所得に占める割合である消費性向としてみると、勤労者世帯ではほぼ一貫して7~8割程度となっているものの、65~69歳では2016年には82.8%と2012年(88.4%)から5ポイント以上低下している(図表- 6右)。一方、無職世帯では一貫して100%を超えており、特に65~69歳では140~160%と高く、大幅な貯蓄の取り崩しが生じている様がうかがえる。

高齢世帯の家計収支
(画像=ニッセイ基礎研究所)

◆保有資産の多寡による差異(無職世帯)

前述のとおり、無職世帯においては恒常的に消費性向が100%を超えるなど、貯蓄を取り崩して生活費に充てている。そこで、取り崩しの原資である純貯蓄階級別の状況についてみると、65~69歳、70歳以上のいずれについても、消費支出は総じて高資産層ほど多くなっており、特に2000万円以上の層で突出して高くなっている(図表- 7)。経年での変化についてみると、65~69歳、70歳以上のいずれも貯蓄階級によらず概ね減少傾向にあるものの、65~69歳の300万円未満層、700~1000万円未満層では、2016年には2012年対比で3%ほど増加しているほか、2000万円以上層でも5年前との対比での増減は1%未満とほぼ横ばいとなっている。

高齢世帯の家計収支
(画像=ニッセイ基礎研究所)

◆有価証券保有の有無による差異(無職世帯)

このような資産の取り崩しは、長く続くゼロ金利政策下においては株高の恩恵に浴する有価証券保有層と非保有層とで異なることが予想される。そこで、無職世帯の消費支出について、有価証券の保有有無別にみると、65~69歳、70歳以上のいずれについても保有層の消費支出は一貫して非保有層を上回っている(*2)(図表- 8左)。消費性向でみても、有価証券保有層は非保有層を一貫して上回っており、特に2013~2014年では65~69歳の層で170%を超えるなど、フローの収入としての可処分所得を大幅に上回って支出していることがわかる(図表- 8右)。経年での変化でみると、消費支出はいずれの層においても1~2万円程度の減少に留まるなど、前掲の公的年金給付の減額幅と同程度の変化に留まっているものの、消費性向でみると70歳以上の非保有層では5年前に比べやや上昇しているものの、その他の層では横ばいないし下降しており、特に65~69歳の保有層では20ポイント以上の下降と、フローの収入対比では消費を抑制する方向にある様がみてとれる。

高齢世帯の家計収支
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(*2)前掲の勤労者世帯における消費支出との比較でみても、有価証券保有層は概ねより多く支出している。
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結果の総括とインプリケーション

◆結果の総括

以上みてきたように、この5年間に65~69歳の勤労者世帯においては、勤め先収入や可処分所得の水準では横ばいの状況にあるものの、65歳以上の無職世帯では主に公的年金の給付削減の影響から、可処分所得は僅かながら減少している様がうかがえた。また、70歳以上の勤労者世帯では可処分所得においても他の層に比べ減少幅が大きくなっていた。こうした所得水準の変化の影響を受けて消費支出については、65~69歳の勤労者世帯および65歳以上の無職世帯ではほぼ同水準を維持するなか、70歳以上の勤労者世帯では他の層以上に消費抑制的な行動をとっていることが示された。

一方、無職世帯においては、貯蓄の取り崩しにより公的年金給付を中心とした収入の補填が常態化しており、特に65~69歳で顕著になっていた。こうした取り崩しの原資となる貯蓄との関係についてみると、消費支出は概ね高資産層ほど高く、5年間の推移では、多くは減少傾向が見受けられているものの、一部には5年前に比べ支出額が増加ないしは横ばいとなっている層もみられていた。このような資産の取り崩しが安定的に続けられるかどうかは、資産の運用環境にもよることから、有価証券保有の有無別に確認したところ、有価証券保有層の消費支出は年齢階級によらず一貫して非保有層を上回っており、消費性向でみても非保有層以上に多くの取り崩しを行っていることから、経年での変化としては消費を抑制する動きもみられるものの、有価証券投資を通じて株高の恩恵をうけることで、非保有層に比べ消費にも前向きになっているものと思われる。

◆インプリケーション

冒頭にも示したように、世帯単位でみると高齢化は人口の状況以上に進んでおり、マクロでの個人消費においては世帯主60歳以上の世帯が4割を占めるなど、国内消費の上で高齢世帯の存在感はかつてないほどに高まっている。前述のとおり、高齢世帯における消費は就業状態により異なり、勤労者世帯ではこの5年間、概ね水準を維持していたものの、70歳以上の無職世帯では減少傾向にあり、こうした消費動向の背景には就労による収入や公的年金給付といった所得水準の変化があることがうかがえた。無職世帯を中心とした高齢層における主要な収入源である公的年金については、引き続き給付の抑制が進む見込みであることを踏まえれば、今後、物価水準の上昇が見込まれるなかでは、高齢層の消費はさらに抑制的にならざるを得ず、マクロの個人消費に対しても下押し圧力として働くことになろう。

ただし高齢世帯のなかでも勤労者世帯では年代によらず無職世帯より支出額が多くなっているほか、無職世帯でも高資産層や有価証券保有層では、低資産層や非保有層に比べより多くの貯蓄を取り崩して消費に回していた。これらの結果は、足下で進む高齢層の労働市場への参加や、各種の投資促進に向けた政策を通じて高齢者の所得・資産の増加を促すことが、高齢層における消費の拡大にも寄与する可能性があることを意味している。

まもなく世帯数もピークを迎え減少に転じることが予測されるなか、国内消費における高齢層の存在感はさらに高まっていくものと思われる。国内消費の拡大に向けては、これら高齢者の消費意欲を高めていくための方策が求められているといえよう。

井上智紀(いのうえともき)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 シニアマーケティングリサーチャー

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