本記事は、澤上 龍氏の著書『長期投資家の思考法 資産を増やし、社会を豊かにする』(明日香出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

長期投資家の思考法 資産を増やし、社会を豊かにする
(画像=yakkoijfc/stock.adobe.com)

投資は増やすことだけがすべてではない

投資と聞けば、資産を増やすことが目的と疑わない。しかし増やすことだけが目的ではない投資だってある。その重要性に気付かず、とにかく資産を増やせと圧力をかけたら、結果的に社会は困ったことになってしまう。
さまざまな企業との対話を経て、増やさない投資だってあることを知った。そんな事情を告発したい。

まず代表的なのが1を10にする投資だ。上場企業への投資がそれに当たる。すでに存在する企業が「将来、こんなものをつくりたいので応援してほしい」とメッセージを発信。それに応じるように企業の増資を引き受ける。これは一般的な流通市場ではなく発行市場でのやり取りだ。流通市場ではおカネは元オーナーの手に渡るが、発行市場では新株を引き受けることなるため、直接的におカネは企業に渡る。企業はそのおカネを利用し、現在の1を将来の10にするべく努力をはじめる。
仮に流通市場での売買であっても企業の1を10にする手助けとなる。これまでさんざん見てきたように、企業と株主がタッグを組めば時間のかかるチャレンジでもあきらめずに走り切ることができる。結果として1が10になるかは運次第なところもあるが、しかし夢を見、行動しないと決して10には育たない。もちろん資産も10にはならない。1を10にするということは、企業の繫栄を応援し、豊かな未来を築くことに貢献する行為だ。

次に最近活発化してきた0を1にする投資について。これはスタートアップ投資が分かりやすいかと思う。ちなみに当たり前だが、現在、売上が10兆円を超え、グローバルで戦っている企業も生まれたばかりのときは赤ちゃんだった。つまりスタートアップと何ら変わらない。変わるとすれば、現在はかつてよりも投資環境が整い、個人であろうとスタートアップ企業に投資ができるようになったことだ。企業から見ると、資金調達の方法が広がり、よりスタートアップが育ちやすい環境になったと言える。他方で、投資家が力を持った昨今、かつてのように緩慢経営が許されなくなり、なし崩し的に成長する術はなくなったとも考えられる。昔がいいのか、今がいいのか…… 判断は個別企業の結果次第だろう。

渋谷だとかにはスタートアップを支援するビルがある。そこに行けば、他のスタートアップ創業者とも出会え、さまざまな意見交換を通じて己の事業成長を図りやすい。また日本にて起業を検討する外国人も増え、新しい芽が次々と生まれはじめている。
さて0を1にするとは、イメージのとおり新たに生み出すということだ。先に述べたように、1になった企業がさらなる拡大を狙って上場を果たすなどの選択肢を持つようになるが、そもそも0が1にならないとそのスタート地点にも立てない。企業の寿命は10年とか30年とか言われるが、0を1に、未来に新たなイノベーションを起こすような企業が続々と生まれる日本であってほしいと願う。

増やさない投資の意義

最後に増やさない投資を紹介したい。それは1を0にしない投資だ。そもそも投資で資産を増やすことだけを考えたら、1を1として守る必要はない。しかし企業の存在という観点からすると、その企業が存在するからこそ私たちはモノやサービスを受け取ることができる。または産業の一端を担ってくれているおかげで、上場企業のような大手企業が活動できる。必ずしも自分の資産が増えないからといって無駄な投資ではない。むしろ社会を守るための投資…… ひいては自分の生活を守るのだ。

そもそも社会は中小零細企業が圧倒的に多い。もちろん従事する人もまた圧倒的。増えない投資だからといってそっぽを向き、仮に中小企業が廃業していったら社会はどうなるか? 第一に多くの人たちが職を失い、景気全体に対して甚大なダメージを与えるだろう。第二に先述のように中小零細企業の役割が不在になることで、社会が円滑に動くのか心配だ。

中小零細企業の未来が見えずに廃業を迎えようとしている。その規模なんと20兆円を超すと言われている。それらを未来に残すか、それとも放置するかは私たち個人の手に委ねられている。「なくなったら困る」の視点で企業を探して支えることは、社会を支えることと同じ。結果的にその投資そのものが利益を生まなくても、社会維持・向上という大きなリターンだって手にすることができるのだ。

中小零細企業の課題は3つ。誰が経営を継ぐのかといった後継者問題。誰が株式を継ぐのかといった所有者移転の問題だ。跡継ぎは都会のIT企業に就職してしまい…… 跡を継ぐにしても株式譲渡の際の相続税が払えない…… どの企業でも抱える悩みだ。
最近だとM&Aで承継すると言ったケースが活況だ。社会からなくなる姿を単に指をくわえて見ているよりも、自ら手を挙げてバトンを受け取ることができたなら。ただしM&Aは多額の手数料を持っていかれるので、仲介のM&A業者を食わせるためにM&Aが流行っているとの穿った見方をしてしまうのだが。無理なM&Aは無視したほうがいい。

そして3つ目の課題…… 創業者が企業に愛情を抱きすぎているという点だ。それ自体は悪いことではなく、むしろ称賛するべきことだと思う。しかしこと承継するとなった場面で、愛情たっぷりで自ら育んだ企業を他人の手に渡せるか、という変な意地が生まれる。「大切に育てた娘をお前なんかにやれるか」という感情に近い。「素性も分からないヤツに大切な企業を譲るくらいなら廃業を選ぶ」なんてことも。もしくは、自分が命を削って生み出した技術や品質、味、その他のものが、新しい経営者の手で壊されるのが嫌なのだろう。だとしたら自分が考える最高の状態で終わらせてあげたい…… そんな感情もあるかもしれない。

創業者・起業家の誰にも負けない情熱と創意工夫の結晶。そんな企業たちが時代を超えて生き残れる術があるとするなら、積極的に考えていきたい。1を0にしない…… 想像以上に大切なのだ。

長期投資家の思考法 資産を増やし、社会を豊かにする
澤上 龍(さわかみ・りょう)
日本初の独立系直販投信、さわかみ投信代表取締役社長。1975年千葉県生まれ。2000年5月にさわかみ投信株式会社に入社後、ファンドマネージャー、取締役などを経て2012年に離職。その間、2010年に株式会社ソーシャルキャピタル・プロダクションの創業、2012年に関連会社の経営再建を実行し、2013年にさわかみ投信株式会社に復帰、同年1月に代表取締役社長に就任。現在は、「長期投資とは未来づくりに参加すること」を信念に、その概念を世の中に根付かせるべく全国を奔走中。コラム執筆や講演活動の傍ら起業や経営の支援も行う。
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