「AI(人工知能)に人間が仕事を奪われる」という言説が流行した。AIを含むフィンテック、技術革新の現状を知るほど、人間にしかできないことがあることに気づかされるのだが、実際に銀行をはじめ金融業界には人員削減や合理化の動きがある。こうした中で今後の金融業界は、金融機関は、銀行員や金融パーソンはどう変わらなければいけないのだろうか。
業界展望に関し示唆に富む注目の2冊の新刊『銀行員はどう生きるか』(講談社現代新書)、『フィデューシャリー・デューティー・ワークショップ 金融における顧客本位な働き方改革』(KINZAIバリュー叢書、森本紀行氏らとの共編著)のそれぞれの著者である浪川攻氏と坂本忠弘氏に、今後の業界や金融パーソンのめざすべき姿について語ってもらった。(構成・濱田 優 ZUU online編集長)
プロフィール
浪川攻(なみかわ・おさむ)
1955年生まれ。上智大学卒業後、電機メーカー勤務を経て記者。金融専門誌などを経験したのち、87年にきんざい入社。『週刊金融財政事情』デスクなどを務める。96年退社、東洋経済など多数のメディアで執筆。現在フリー。著書に『金融自壊――歴史は繰り返すのか』(東洋経済新報社)などがある。
坂本忠弘(さかもと・ただひろ)
1966年生まれ。90年大蔵省(現財務省)入省後、主計局、証券取引等監視委員会、金融庁監督局などを経て退官。2007年に地域共創ネットワークを設立、地域金融機関の新たなビジネスモデルづくりや成長企業・中小企業などの経営事業支援に取り組んでいる。金融機関や上場事業会社等の社外役員も務める。
店舗のつくりには顧客への姿勢が現れている
――今回の対談のねらいは、金融業界、金融機関が変わらなければいけないという警鐘を鳴らす書籍を刊行されたお二人をお招きして、業界への要望や金融パーソンとその将来に対する期待について考えを披露していただこうというものです。まず浪川さんの新刊『銀行員はどう生きるか』ですが、これを上梓された経緯をうかがえますか?
浪川 発想の原点にあるのは、銀行のビジネスモデルが完全に限界にきているという認識です。時代に合わないビジネスモデルのままではそこで働く人は決して幸せになれません。そうした認識が高まりつつある中で昨年、メガバンクが事業構造改革という名称でデジタル技術を取り入れて人員削減する方針を打ち出してきた。
実はその1年以上前から、メガのそういう戦略を取材していたのですが、正式に打ち出されたタイミングで、その意味合いやなぜそうなったかという背景をまとめようと思ったんです。そこで昨年末から年初にかけて書きました。
――メガの方針が明らかになる以前にかなり取材をしておられたわけですね。
浪川 僕はある意味で“金融マニア”でして(笑)、かれこれ2年以上、アメリカの銀行の資料、たとえば店舗の見取り図なども集め続けてるんです。かなり期間をかけてそういう資料を持っていたり調査をしたりしている研究員を見つけ出しては取材をして情報を集めていたんです。その過程で分かったのがアメリカのほうがかなり先行しているということでした。
――新刊にも掲載されていましたが、店舗の見取り図まで収集されたというのは面白いですね。そこから、働き方、働かせ方が透けて見えるということでしょうか。
浪川 店舗のつくりにはその銀行がお客さんとの向き合い方、その考えが如実に現われています。日本の銀行はフロアのそれこそ7割が事務スペースで、顧客スペースはたった3割ほどです。つまり店舗を大量に事務をこなす場所とみなしているわけです。お客さんやお客さんとのやり取りを重視しているわけではないということが分かります。
一方でアメリカの店舗は、ほぼ全体が顧客スペースで、作業をする場所はわずか。すべてのスペースを使ってお客さんのニーズを吸い取っていこうという考えなんです。日本とは明らかに思想の違いが出ている。
日本の銀行が役所とのような考え方とすると、アメリカの銀行はデパート。つまり絶えずお客さんが考えるスペースだけだという、そういう発想の大きな違いがある。それはとても面白いことだと思う。
――坂本さんが書籍『フィデューシャリー・デューティー・ワークショップ 金融における顧客本位な働き方改革』をまとめられた経緯はどういったものだったのでしょうか?
坂本 私の編著の本でいうと“脱標準化”、浪川さんは「没個性ではダメだ」とおっしゃっていますが、これからの金融機関というのはどうなるのか。その中で金融の機能、金融の本質というのはどうなっていくのか。その中で働く一人ひとりは自分自身で人生設計ということをどう考えていくのか、これが今考えるべきテーマだと思います。
この本の主題である「フィデューシャリー・デューティー」を簡潔にいうと、もっぱらお客さんのために最善を尽くす職業人としての責務、顧客本位の対応というようにいえるものです。しかし、銀行界は規制業種なので標準的で横並びになりがちで、日本の場合その色合いが特に強い。
だから顧客本位の対応は当局対応だという笑えない冗談もあって、金融業界の意識改革に一石を投じようということで、昨年5月に金融財政事情研究会主催で、フィデューシャリー・デューティーをテーマにしたフォーラムを行いました。
そこで参加している金融機関の皆さんに発想の転換をしていこうと問題提起した。正直とまどったという方もいた一方で、非常に衝撃を受けたと前向きにとらえてくださった方もいた。どちらにしても反響が大きかったことから、このフォーラムの内容をベースに、金融機関の方々との鼎談なども追加取材して本にしようということになったわけです。
――浪川さんがおっしゃる店舗のつくりについてはどうお考えですか?
坂本 まさにその通りだと思いますが、私の個人的な意見を少し付け加えると、小売店の中には、決まった商品を来る人に対して売っていくというタイプもあります。そういうお店は、お客さんとの対話だとか、お客さんのいろんなことを聞くというような意識だとか、場のつくり方になっていないと思うんですね。決まったものを、いかに効率的にお客さんに売っていくか。
でも本来、銀行員がすべきことは、お客さんが今どんな状況にあるのか、どんな人生設計をして、何を考えているかということについて、話し合ったり明確にしたりすることです。お客さん自身が現状を把握していたり将来設計の具体的なイメージを持っていたりするなら、セルフ型の多機能端末で自分で入力していただけばいいし、そうでなければお客さんと「こうじゃないですか、ああじゃないですか」といろいろな話をしながら、ご自身ではっきりさせていってもらうような場が必要です。
だからアメリカの金融機関には例えばテーブルがあって、会話をするような場所をつくったりしているのだと思います。
日本の銀行の場合は諸手続の窓口があって住宅ローンはここでといった形になっています。デパートや百貨店というのは中で見て、スカートはどうしようかなジャケットはどれにしようかな、あるいはハンドバッグはと、お客さんが見て選べる。銀行もそういう姿勢であれば、事務的な店舗のつくりにするのではなく、いろいろと異なるつくりになるんじゃないのかという意味です。
浪川 坂本さんがおっしゃっている意味も理解できます。よく分かります。