(本記事は、井上雅夫氏の著書『ビジネスの武器としての「ワイン」入門』日本実業出版社、2018年6月10日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

なぜ、ワインが1本10億円で売られるのか

ビジネスの武器としての「ワイン」入門
(画像=Paranamir/Shutterstock.com)

ある日、楽天市場でワインショップをチェックしていたところ、

「価格999,999,999円(税込1,079,999,999円)送料別」

と、一瞬目を疑う、というか何度も何度も数字の桁数を数えてしまいそうな商品を見つけました。でもこの商品、宝石でも高級外車でもありません。

それは......、ワインです。

3リットル瓶(「ジェロボアム」といいます)ですが、たった1本の価格です!

そのワインの名は......、

「ロマネ・コンティ1945」。

飲んだことはなくても名前だけは聞いたことがありませんか?

ブルゴーニュ地方・ヴォーヌ・ロマネ村の世界最高峰の赤ワインです。

それにしても高すぎますよね。

なぜ高いのか、まずは商品説明をそのまま抜粋してみます。

・1945年が20世紀最高の出来栄えだったこと
・1945年の生産本数が極めて少ないこと
・1945年前と後でブドウの木が異なること
・ジェロボアムであること

この説明だけでは10億円を出して買おうとは思わないでしょうから、私のほうで少し補足説明をさせていただきます。

・1945年が世紀最高の出来栄えだったこと

ヴィンテージ・チャートを見ると、1945年ブルゴーニュ(赤)は、「★★★★★」で「傑出」の評価。

春にひどい霜が降り、収穫量を大幅に減らしたものの、霜被害を逃れたブドウの木からは、凝縮された高品質のブドウが収穫されて、長期熟成に適した素晴らしいワインが造られたとあります。

樹木1本当たりのブドウの房の数が少なかったことで、養分があまり分散せずに、十分にブドウに行きわたったからなのでしょう。

・1945年の生産本数が極めて少ないこと

ロマネ・コンティは通常でも生産本数が6000本前後と少ないのですが、1945年はたったの600本(750ミリリットル瓶)。

そして3リットル瓶のジェロボアムは、なんと2本(4本という説もある)。

この2本、あるフランスの大富豪がロマネ・コンティ社に頼み込み特別に作ってもらったもので、1本はその大富豪のご子息の結婚式で飲まれてしまったとのこと。

ということは、このロマネ・コンティ1945ジェロボアムは、今、世界にたった1本だけしか存在していないことになりますね。

・1945年前と後でブドウの木が異なること

これにはちょっと詳しい説明が必要です。

1945年以前と以降とでは、ブドウの木が異なるとはどういうことか?

それは、1945年の収穫が終わってから、すべてのブドウの木は引き抜かれ植え替えられた、ということです。では、なぜ植え替える必要があったのでしょう?

「フィロキセラ(日本名:ブドウ根油虫)」

その名の通り、ブドウの木の根っこに寄生して、5年ほどでブドウの木を枯死させてしまう、恐ろしい害虫です。

もともとは北米に生息していましたが、フィロキセラが寄生したアメリカ系品種(ヴィティス・ラブルスカ種)の苗木がヨーロッパに持ちこまれるようになると、フィロキセラ被害はヨーロッパ全土、そして世界中にまで広まり、世界中のブドウ畑に壊滅的な被害をもたらしました。

ちなみに、ヨーロッパでフィロキセラ被害が初めて確認されたのは1863年にイギリス南部で、日本では1885年に確認されています。

ワインに使われるブドウのほとんどは、繊細な味わいのあるヨーロッパ系品種(ヴィティス・ヴィニフェラ種)なのですが、フィロキセラに対する耐性がないために、寄生されると一発でやられてしまいます。

一方のアメリカ系品種はフィロキセラに耐性があり、そこで「なるほど!」と思わせるフィロキセラ対策がたてられたのです。

フィロキセラはブドウの木の根だけに寄生します。

ならば、根の部分は耐性のあるアメリカ系品種にして、上の部分はヨーロッパ系品種にすればいいんじゃないか、という発想です。つまり台木をアメリカ系品種にして、地上の部分でヨーロッパ系品種を「接ぎ木」する方法が考案されたのです。

この方法は大成功を収め、世界中のヨーロッパ系品種のブドウの木は、この「接ぎ木」方式を採用して、順次植え替えられていったのです(チリとオーストラリアの一部だけは、いまだに植え替えられていません)。

説明が長くなりましたが、つまり「ロマネ・コンティ1945」は、「接ぎ木」をされてない「自根」による木での、最後に造られた「ロマネ・コンティ」であるということです。

だから価値が高いということなのでしょうが、実際は、「接ぎ木」のものよりも、自根のもののほうが良いという事実はまだ立証されてはいません。

「接ぎ木」の話になると、さらに話が長くなりますのでこのあたりで次に移ります。

・ジェロボアムであること

ワインの瓶熟成は、ボトルのサイズが大きければ大きいほど良い状態で進行すると言われています。 理由は、主に二つあります。

(1)ボトルネックのスペース部分(栓と液面との間の空間)は、ボトルサイズが違ってもさほど変わらないので、ボトルが大きくなればなるほど液面の表面積が液量に対して相対的に小さくなる。

つまりスペース部分に存在する酸素と液面との接触が少なくなるので、ワインは緩やかに酸化(熟成)することになる。

(2)液量が多いほど温度変化には時間がかかる。

よってボトルサイズが大きいほど、温度変化が少ないといえる。これはワインの熟成には最適な環境である。

以上、補足説明が相当長くなりましたが、いかがでしたか?

ちなみに「ロマネ・コンティ1945」のレギュラーボトル(750ミリリットル)は、2011年にクリスティーズのオークションで10万9250スイスフラン、当時のレートで約1000万円で落札されたので、3リットルのジェロボアムならその4本分、単純に計算しても4000万円になります。

ジェロボアムは2本しか造られていないという希少性を考慮したとしても、10億円というのはなかなか考えられない価格ではあります。

でも、この希少性がわかる人にとっては、それぐらいの価値があるのかもしれません。

ビジネスの武器としての「ワイン」入門
井上雅夫(いのうえまさお)
株式会社オリーブプロジェクトJAPAN代表取締役。醸造家、ワイナリーコンサルタント。ゴールデンゲート大学院・修了(MBA)。カリフォルニアワイナリー、Sycamore Creek Vineyards代表取締役&CEO。ワイン醸造家としても活躍し、2001年国際ワインコンクール(Monterey Wine Competition)にて赤ワイン部門グランプリ受賞。2005年帰国後、盛田甲州ワイナリー取締役営業本部長に就任。2007年カリフォルニアワイナリー、KENZO ESTATEの立ち上げ責任者のオファーを受けて、ワイナリーコンサルタントとして独立し再渡米。著書に『ワインづくりの心得を生かす部下を酸化させない育て方』(実務教育出版)がある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます