(本記事は、井上雅夫氏の著書『ビジネスの武器としての「ワイン」入門』日本実業出版社、2018年6月10日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

ビジネスの武器としての「ワイン」入門
(画像=Webサイトより ※クリックするとAmazonに飛びます)

【『ビジネスの武器としての「ワイン」入門』シリーズ】
(1)味だけではない「最高級ワイン」大統領も使うおもてなしの極意
(2)なぜワインはエグゼクティブの必須ツールになるのか?
(3)あなたには「1本10億円」のワインの価値が分かりますか?
(4)ギネスを更新した「これまでに売られた最も高価な白ワイン」の中身
(5)ワインの味は値段ではない 本物の「ワイン通」が見るポイントは?

200年前のワインの市場価値は?

ビジネスの武器としての「ワイン」入門
(画像=stockcreations/Shutterstock.com)

1811年。

日本は徳川時代後期の文化8年。

三宅島では火山が噴火して地震が発生。

国後島に、ロシア軍艦の艦長ゴローニンが上陸して捕えられる。

大彗星が観測された年。

このような出来事のあった年に造られたワインが、200年後の2011年に売買されて一時話題になりました。そのワインの名は、

「シャトー・ディケム1811」。

シャトー・ディケムは、世界三大貴腐ワインの一つで、甘口ワインの最高峰とも言われています。

「貴腐ワイン」とは、貴腐ブドウから造られるワインのこと。

カビの一種である貴腐菌(ボトリティス・シネレア)が完熟したブドウに付くと、果皮のロウ質が壊され果汁中の水分が蒸発するので、糖度が著しく凝縮されたブドウになります。これが貴腐ブドウです。

干しブドウ状態になるので、搾れる果汁の量は極めて少なく、1本のブドウの木から、たったグラス一杯しか造れないほど貴重なワインなのです。

ただでさえ貴重な貴腐ワイン。

それも世界三大貴腐ワインでもある「シャトー・ディケム」ですから、そもそも高価なわけですが、では200年前の「シャトー・ディケム1811」は、一体いくらで売買されたのでしょうか?

7万5000ポンド。

当時のレートで約955万円です。

売買された2011年時点では、「これまでに売られた最も高い白ワイン」としてギネス世界記録を更新しました。

ところで、200年物のワインを約1000万円も出して購入した人物とは、一体どんな人だったのでしょうか?

その人の名は、クリスチャン・ヴァネケ氏。

三ツ星名門レストラン「トゥール・ダルジャン」の元シェフ・ソムリエで、カリフォルニアワインがフランスワインに圧倒的勝利を収めた伝説の「パリスの審判」の審査員も務めるなど、著名なワインの専門家でもあります。

その彼が、バリ島に新しくオープンする自身のレストランに展示するために購入したのが「シャトー・ディケム1811」。

彼曰く、購入したのは決して投資目的ではなく、「シャトー・ディケム1811」が、いまだに飲んで素晴らしいワインであることを確信していたから。

だからこそ、購入して6年後の2017年8月、彼が「トゥール・ダルジャン」で自身のキャリアをスタートして50周年の記念日に、「シャトー・ディケム1811」を惜しげもなく開けて、愛妻や兄弟、そして親友たちと乾杯することになっていたのだそうです。

なっていた、と過去形にしたのは、残念ながらクリスチャン・ヴァネケ氏は、その偉大なワインを味わう前に、2015年月に亡くなってしまいました。

クリスチャン・ヴァネケ氏の、これほどまでに思い入れのあった「シャトー・ディケム1811」。予定通り2017年8月に飲んだとしても、はたして彼が確信していたように、いまだに素晴らしいワインであり得たのでしょうか?

少し検証してみましょう。

貴腐ワインであるシャトー・ディケムは、極めて高い糖度となる貴腐ブドウから造られるので、残糖度が高く極甘口となります。

極甘口ワインは一般的に寿命が長いのですが、特に貴腐ワインは長期熟成することで知られています。シャトー・ディケムも、飲み頃を迎えるまでには最低でも20年はかかるとも言われ、100年以上たっても、「まだ飲める」ではなく、「いまだに飲み頃」との評価が数多く聞かれます。

話を「シャトー・ディケム1811」に戻します。

1995年、184歳を迎えた「シャトー・ディケム1811」は、かの有名なワイン評論家、ロバート・パーカー氏から異例の100点満点の評価を得ます。

そして4年後の1999年、今度は評価が厳しいことで知られるワイン専門雑誌の「ワインスペクテイター」誌から、これもまた異例の100点満点の評価を得ます。

どちらの評価も、200年近く経ったオールドヴィンテージにしては素晴らしい、という評価ではなくて、今飲んで偉大なワインであるとの評価だったのです。

最後に100点満点をとった1999年から数えて、さらに20年近い月日が経ちましたが、たとえ1999年に品質のピークを迎えていたとしても、ゆっくりゆっくり熟成してきたワインは、ピークを過ぎてもまた、ゆっくりゆっくり老成していくのです。

ですからクリスチャン・ヴァネケ氏が確信していた通り、2017年8月に「シャトー・ディケム1811」を飲んだとしても、きっと彼は最愛の人たちと一緒に「最高のワイン」を、感動と共に味わっていたことでしょう。

井上雅夫(いのうえまさお)
株式会社オリーブプロジェクトJAPAN代表取締役。醸造家、ワイナリーコンサルタント。ゴールデンゲート大学院・修了(MBA)。カリフォルニアワイナリー、Sycamore Creek Vineyards代表取締役&CEO。ワイン醸造家としても活躍し、2001年国際ワインコンクール(Monterey Wine Competition)にて赤ワイン部門グランプリ受賞。2005年帰国後、盛田甲州ワイナリー取締役営業本部長に就任。2007年カリフォルニアワイナリー、KENZO ESTATEの立ち上げ責任者のオファーを受けて、ワイナリーコンサルタントとして独立し再渡米。著書に『ワインづくりの心得を生かす部下を酸化させない育て方』(実務教育出版)がある。