(本記事は、玉川陽介氏の著書『勝ち続ける個人投資家のニュースの読み方』KADOKAWA、2015年8月18日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
「強い米ドルは国益」のウラにある米国政府の本心
米ドルの為替レートは、世界の金融市場に大きな影響を与えます。
そのため、みなさんも米ドルと円の相場を毎日チェックされていることと思います。
米ドルを短期で見れば、日々のニュースや人々の相場観で荒い動きを繰り返しますが、その長期的な値動きを予想するのであれば、おさえておくべきポイントがあります。
それは、米国の為替政策です。
GDPや雇用統計が為替に大きな影響を与えることは説明してきた通りですが、為替水準は経済統計だけで決まるわけではありません。
長期の為替水準は、政治が主導することも少なくないのです。
2000年ごろから、米国は、為替が強ければ国外からの投資マネーを集めやすいと考え、「強い米ドル政策」を始めました。
為替の不安定で下落傾向にある国に投資をすれば、投資家は為替差損を被ることになりますので理論としては正しい政策です。
実際に、歴代の米財務長官は対外的に「強い米ドルは米国の国益」を繰り返しアピールしてきています。
しかし、今となってはこの強いドル政策のアピールを真に受けている市場関係者は少数派です。
なぜなら、近年、世界各国における同時利下げの際に、米財務長官が各国に利下げにより通貨安政策(相対的に米ドル高になる)をとらないように提言する一幕があるなど、米ドル高につながる状況を明らかに歓迎していないことが多々あるからです。
強い米ドルが米国の国益ならば、あえて他国の為替安政策に口をはさむ必要はないはずです。
なぜ、米国は強い米ドルを国策に掲げながらも米ドル高を歓迎しないのでしょうか。
これは、各国の利益の源泉となる貿易収支と関係しています。今でも米国は、世界1、2位を争う消費大国です。
そのため、対米ドルで自国通貨が安いことは、各国に貿易上の競争力を与えることにつながります。
たとえば、米国で非常に高いシェアを誇る日本の自動車産業は、円安により米国内での競争力が上がります。
日本が1ドル80円の超円高から120円まで円安が進んで輸出産業が潤っていることを見ればわかりやすいでしょう。
各国はこの仕組みに注目し、貿易を有利に進めるために自国通貨安に誘導する国が増え、世界的な通貨安競争といわれるようになりました。
逆に、米国企業の視点で考えると、強い米ドルは(為替の影響で安くなる)海外製品の魅力を増し、それが米国製品の販売不振にもつながるため、問題です。
これを防衛するため、フォードやGM(ゼネラル・モーターズ)など米国自動車メーカーのトップが「円安に懸念を表明」するというニュースが出ることすらあります。
選挙の仕組みを考えればわかる通り、米自動車産業のように多くの人数を擁する基幹産業は、政治家に対する声も大きなものとなります。
それが、最終的には米国要人の発言として市場に伝えられることになるのです。
為替政策で二枚舌を使わざるを得ない米国の本心通貨安と貿易の関係を語るならば、中国の為替政策も知っておくべきでしょう。
中国は、通貨安の恩恵を最大限に受けて経済成長を加速させてきました。中国は固定相場制を維持していますが、その為替レートは中国元の実力に比べて意図的に安く設定されていると指摘されています。
その為替レートも手伝い、中国製品は世界中で価格競争力を維持できています。
そして、いまや中国は米国が最も意識している国のうちの1つです。
このような事情もあり、米国は「強い米ドルは米国の国益」と言いつつも、米国企業の利益のことを考えると、二枚舌を使わざるを得ないというわけです。
市場でも、あまりに円安ドル高傾向が顕著になると、米国要人が為替水準についての懸念を表明し、それがドル高の抑制につながることが多くあります。
米国として、これ以上のドル高を望んでいないというメッセージが市場に受け止められれば、米国の意向に逆らう市場関係者は多くありません。
新興国ならばともかく、世界最大の市場統率力を持つ米国の方針に逆らう投資に、勝機が少ないことは市場関係者の多くが理解しているためです。
そこで利益確定をしてポジションを閉じるなどの動きが活発となるため、為替の動きも落ち着くというわけです。
現在は本格的に量的緩和を始める日本と欧州に対して、その出口を見据え、利上げに近づいている米国という構造の中、ある程度の米ドル高は容認せざるを得ません。
しかし、米国の貿易収支や経済に与える影響を考えると、高すぎる米ドルは阻止したいというのが米国の本音ではないでしょうか。
ここまで説明してきたように、長期の為替水準は、実需動向よりも政治によって決まる側面が大きいことも覚えておきましょう。
いうなれば、国際的な経済戦争の最先端が為替市場です。
そして、FX投資家が世界の経済ニュースを隅々まで深読みするのは、その動向を把握して、次の一手を考えるためのものなのです。