(本記事は、加谷珪一氏の著書『億万長者への道は経済学に書いてある』クロスメディア・パブリッシング、2018年12月21日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

比較優位──輸入したほうが儲かるもの

億万長者への道は経済学に書いてある
(画像=Joyseulay / Shutterstock.com)

外国との貿易が自由に行われている状態では、従来型の財政政策の効果は薄くなります。それでも、多くの国が自由貿易を望むのは、その方がすべての国にとってメリットが大きいからです。

自由貿易のメリットを解明してくれるのが、経済学における比較優位説です。

比較優位説のポイントとなっているのは、各国が得意な分野に特化した方が、全員にとって利益になるという点です。

航空機を作るより部品を作るほうが得意

それぞれの国には得意なことと不得意なことがあります。一国ですべてを賄うのではなく、自国経済の中で相対的に得意なものに特化し、不得意なものは輸入した方が、経済全体の生産力が増加し、全員が豊かになることができます。

比較優位説はしばしば誤解を受けます。

もっとも多いのは、「相手国よりも得意な産業に特化しなければならない」という誤解でしょう。

もしそうなら、他国より強い産業がない国は、何もできなくなってしまいます。比較優位はそうではなく、国内の産業の中でより得意なものにシフトするという意味です。

例えば、航空機の分野は、航空機本体を製造するビジネスと、部品を手がけるビジネスの2種類があります。航空機はもともと米国で発達した産業ですから、航空機本体も部品も、米国企業が得意としてきました。

残念ながら日本の航空機産業は、米国よりも劣っていますが、国内で比較すれば、航空機本体の製造よりも部品の方が得意です。

そうであれば、無理に航空機本体に力を入れるのではなく、部品製造に力を入れた方がよいという結論になります。一方、米国も航空機本体の方がより得意であれば、そこに特化した方が合理的です。

TPPを推進するワケはここにある

もう少し詳しく説明してみましょう。

米国では航空機1機を製造するのに80人の労働者が必要と仮定します。日本はさらに多く120人を必要とします。一方、部品製造に従事する労働者は、米国は90人、日本は100人と仮定しましょう。

航空機も部品も、日本は米国より生産性が低いですが、日本の中では部品の方が航空機本体よりも得意です。一方、米国はどちらも日本より勝っていますが、航空機本体の方をより得意としています。

この場合、米国は航空機本体を、日本は部品を作り、足りない分は輸入した方が、全体の生産量は多くなります。

詳細な計算は省きますが、米国は航空機に特化することで生産量を約7%、日本は部品に特化することで生産量を10%ほど増やすことが可能となるのです。

これが自由貿易のメリットであり、各国がTPP(環太平洋パートナーシップ)のような自由貿易体制を推進しているのは、このメリットを享受するためです。

しかしながら、ここにはひとつ問題があります。

各国が得意な分野への集中を過度に進めてしまうと、産業の偏在化が進んでしまいます。

産業の偏りが激しくなると、競争がなくなり、逆に世界経済が停滞する可能性も出てきます。また、多くの国で産業構造を変えられないという事態に直面することも考えられます。

ちなみに相手国より「強い」「弱い」という概念は「絶対優位」と呼ばれており、「比較優位」とは区別されています。

TPPで日経平均株価は2割上昇

比較優位説というものをベースにした時、TPPのような貿易協定の成立について投資家はどう解釈すればよいのでしょうか。

整理すると、自由貿易を推進した場合、基本的には各国にとってメリットがありますが、産業が偏在化するリスクが出てくることになります。

産業偏在化によるデメリットを自由貿易のメリットが上回れば、その国にとってはプラスの効果が大きく、自由貿易の推進は株価にとって好材料となります。

逆に産業偏在化のデメリットが大きい場合には、株価にはマイナスの影響となる場合も出てくることになります。

経済に占める農業の割合はわずか1%

一般的に産業が偏在化して困るのは新興国です。

新興国は、農業から軽工業、重工業といった具合に、産業をシフトさせることで、社会を豊かにしていくという政策が採用されます。農作物の輸出で稼いだ外貨を軽工業の設備投資に回し、その利益をさらに高度な産業に充当していくわけです。

ここに完全な自由貿易体制が入り込んでしまうと、場合によっては、新興国は産業のシフトが出来なくなります。このため、新興国はTPPのような自由貿易体制には慎重なスタンスを示すわけです。

一方、日本のような先進工業国の場合、こうした産業偏在のデメリットはあまり多くありません。確かにTPPが締結されてしまうとコメなど日本の農業の一部は大きな打撃を受けます。

しかし日本経済に占める農業の割合は、わずか1.1%です。しかも生鮮野菜など消費地と生産地が近くなければ取引が成立しない品目については、輸入品の影響をあまり受けません。

仮に農業の一部がダメになって日本の産業がより工業やサービス業にシフトしたとしても、マクロ的な影響はほとんどないと考えられます。

個別の農家などへの支援はまた別の話になりますから、あくまで投資という観点で物事を考えた場合、日本のような国にとってTPPは確実にプラス材料です。

米国が抜けても日本は圧倒的に有利

国内では農業など打撃を受ける業種のことが話題になるケースが多く、米国という強者がTPPを推進し、日本は被害を受ける側というイメージになっていましたが、実態はそうではありません。

TPP参加国の中で、米国と日本のGDPが占める割合は8割に達しますから、圧倒的に日米にとって有利なゲームです。むしろTPPに戦々恐々としているのはアジア各国であると考えた方がよいでしょう。

最終的にTPPは米国抜きという形で合意に達しましたが、米国が抜けても日本のGDPシェアは5割を超えています。日本にとって有利という状況は変わっていません。

日本がTPPのメリットを十分に生かすためには、アジア地域で生産した方が有利になる製品は徹底的に輸入し、自身は高付加価値な分野に特化するという流れを作ることです。

こうした状況に持ち込むことができれば、日本株は長期的な成長が見込めます。

TPPによって、日本のGDPは8兆円ほど押し上げられる可能性が高く、筆者の試算では日経平均株価は2割ほど高くなります。今後、米国が加入するような状況となれば、その効果はさらに高まることになるでしょう。

億万長者への道は経済学に書いてある
加谷珪一(かや・けいいち)
経済評論家・投資家。仙台市生まれ。1993年東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は、ニューズウィークや現代ビジネスなど数多くの媒体で連載を持つ。億単位の資産を日常的に運用する個人投資家でもある。

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