近年、富裕層に対する課税強化が国際的にも国内的にも進んでいる。いわゆる「パナマ文書」の公開によって、タックス・ヘイブンを使った節税が「税逃れ」として厳しい目が向けられるようになり、日本の国税庁も富裕層にターゲットを絞ったプロジェクトチームを作り、資産の海外移転などに目を光らせている。こうしたこともあり、「スイスに資産を預ける」と聞くと、何かやましいお金、運用で一儲けしようとしている人のお金というイメージを持つ人が多いのではないだろうか。
こうした見方に対し、「リスクの高い日本から海外に資産を避難させるのは当然。決して脱法行為などではない」と異を唱えるのが、T&T FPコンサルティング社長の髙島一夫氏。日本や海外の金融機関に勤めたあと、スイスのプライベートバンクの取締役となった経歴を持ち、現在は、日本の資産家とスイスのプライベートバンクの仲立ちをするエクスターナル(外部)・マネジャーをしている。また、2015年には『なぜ、富裕層はスイスにお金を預けるのか?』(髙島 一夫・髙島 宏修 著、総合法令出版 2015/5/21)という本も出している。そんな髙島氏に、『スイスのプライベートバンク入門』と題して、話を聞いた。
第1回は、「プライベートバンクの実態」と「日本の金融機関との違い」について。(聞き手:押田裕太)
長い歴史を持つスイスのプライベートバンク
──まず、プライベートバンクというのは、どういったものなのか。基礎的な話にはなりますが、そのあたりから説明していただけますか。
プライベートバンクは、端的に言うと富裕層のお金を安全なところで運用するというのがそもそもの興りです。古くからプライベートバンクがある国や地域は、政治的に不安定な時代が長く続いていました。不安定な国に住む富裕層のお金が流れてきて運用するようになったというのが歴史的な流れです。
スイスのプライベートバンクだと、中世くらいにまで起源はさかのぼります。イタリアやスペインといった国家体制が非常に不安定だった国の富裕層がスイスに資産を預けたのです。そのため、スイスのプライベートバンクは顧客の資金を安全に運用するということを今も大切にしています。
──似た言葉に「プライベートバンキング」があります。プライベートバンクとの違いはどこにあるのでしょうか。
一般的には、プライベートバンキングは、大手のUBSやクレディスイスから独立した資産運用部門を指します。どちらかというと、米国が発祥でした。米国の大手銀行が、富裕層の資産をアグレッシブに運用するのがプライベートバンキングです。資産を増やすために非常にアグレッシブな運用をするので、資産を守ることを第一にするプライベートバンクとの違いは、そこにあると考えています。
──運用方法が違うと。具体的にはどのような違いがあるのでしょうか。
純粋なプライベートバンクは、自社で組成した金融商品をほとんど持っていません。日本国内でも大手銀行や証券会社のように、自分たちが組成した商品を売ることは基本的にはありません。そうしたところのプライベートバンキングは、われわれが言うプライベートバンクとは考え方が異なります。スイスのプライベートバンクのイメージは、ある国から逃れてきた資金という性格が強いですね。
投資をする前には「どれだけリスクを取れるか」といったことを顧客に尋ねます。それに基づいてポートフォリオを組むので、「リスクを取ってもいい」と言う方には、ある程度リスクを取ったものを組むこともあります。
いままでは、債券を中心とした安定した運用をしてきましたけど、やはり状況が変わってくると、投資の対象も違ってきます。
ただし、基本的な方針は「5%〜7%くらいを堅実に」です。7%で運用すれば、10年で2倍になります。「儲けよう」というよりも、「減らさない」、「守る」というスタンスが非常に強いと思います。
──プライベートバンクでは、1人の顧客の資産に対し、チームで運用にあたると聞きました。どのような役割の人たちがいるのでしょうか。
顧客と接しマーケティングに近い役割を担う担当者のほか、自社の金融商品を持っていないので各国の優れた商品を見つけ出す「アナリスト」、そのアナリストが見つけた商品をポートフォリオとして運用する「ポートフォリオマネージャー」など、それぞれの分野のプロフェッショナルがひとつのチームで動いています。
リーマンショックでもダメージは少なかった
──著書には「哲学は変わらず、最新の情報にブラッシュアップしていく」と書かれていました。たとえばリーマンショックのような世界的な景気変動の際、運用への影響はどうだったのでしょうか。