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(画像=『Gris(グリ)』のシェフ・鳥羽周作さん)

代々木上原にある『Gris(グリ)』のシェフ、鳥羽周作さんは、Jリーグの練習生から、27歳で小学校の教員になり、32歳未経験で料理業界に飛び込んだという異色の経歴の持ち主。名店として知られる、神楽坂の『DIRITTO(ディリット)』で3年、『Florilege(フロリレージュ)』で2年、恵比寿の『Aria di Tacubo(アーリア ディ タクボ)』でスーシェフとして2年の修業を積み、2016年3月より『グリ』のシェフに就任した。彼の料理哲学、そして「飲食業界で稼ぐのは難しい」という常識を打ち破る、新たな試みを伺った。

「その人の食材じゃないとできない料理」になっているかどうかが基準

鳥羽さんと言えば、生産者がこだわって作った食材を大切に扱い、アートのように美しく仕上げる料理が特徴だ。彼は料理を作る上で、生産者と直接会って話すことを重視している。

「店で生産者の名前を出している食材がありますが、その食材の生産者とはほぼ直接会っています。『一度会うだけで何がわかるんだ』と言われることもありますが、作り手がどんな人間性を持っていて、どんな気持ちで仕事に向き合っているのかは、実際に話してみないとわかりません。僕がやりとりしている生産者からは、圧倒的なエネルギーや、作るものに対しての愛情を感じるので、『彼らの想いを料理という形で届けたい』と思いながら料理しています。例えば、農家さんがこだわって育てているみかんをもらったとします。それを料理にするときには、『○○さんのみかんじゃないと出せない味になっているか』ということに重きを置いて、何度も確認します。もし他のみかんで代替可能であれば、生産者の名前は出すべきではないと考えています」

最近では、「cocoromiso(こころみそ)」の生産者である鹿児島の石元淳平さんと会い、みそを使った料理を店で食べてもらったという。

「『こころみそ』は、麦の甘さや香りのバランスが緻密な計算で作られているから、みそだけを食べ続けられるくらい美味しいんです。石元さんがお店に来た時、僕らはみそを使ったおにぎりを出しました。いろいろな料理を試した結果、彼のみその美味しさを一番引き立てるのはおにぎりだと思ったんです。そしたら『僕のみそをこんなにわかって使ってくれるのは鳥羽さんしかいない』と感動してくれました。僕の料理は『イノベーティブ』とか『フュージョン』と言われますが、変わった料理が作りたいのではなく、『どうしたらこの食材の良さを最大限に生かせるか』『どうしたらお客様に喜んでもらえるか』ということを突き詰めているだけなんです。僕は生産者やいろんな人の思いを、料理というツールを通してエンドユーザーに伝えたい。そしてすべての人がハッピーになる仕組みを作りたいと考えています」

石元さんの「こころみそ」は今ではフォアグラのムースと合わせたスペシャリテとして提供されている。

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(画像=「フォアグラマカロン」(インスタグラムより))

創作料理に欠かせないのは「インプット能力の高さ」

鳥羽さんが料理人として大切にしていることは、知識や経験、技術などインプットの量を増やすことだという。

「今の時代、まったく新しいものをゼロから生み出すのは不可能に近いと思っています。ですが、既存の要素を組み合わせた新しいものというのは存在します。それを生み出せるのは、インプット能力が高い人です。例えばハンバーガーを食べに行ったとき、『噛んだ瞬間、ピクルスの酸がはじけた感じが気持ちいい』とか、『クラッシュアイスを入れたコップにコーラを注ぐと、表面積が大きいから、炭酸がほどよく抜けてちょうどいい量になる』という情報を大量に読み取ることができれば、ベースの知識はどんどん増えていきます。何かを組み合わせて新しいものを生み出すとき、頭の中にあるパズルのピースが10個なのか、100個なのか、1000個なのか。その違いによって、出来上がるものの形や精度も変わってきますよね」

鳥羽さんはインプットの量を増やすために、夜な夜な料理人の仲間が集まる勉強会にも参加しているそうだ。

「先日やっていたのは豚のロースの勉強会です。料理に対していろんなシェフの考え方や、和洋中さまざまな調理法がありますよね。手法は違っても、『美味しい豚ロースを作りたい』という思いは一緒。各々が作った豚ロースを食べ比べて、『どれが一番か』というディスカッションをします。自分が美味しいと思っているものに対して他から意見をもらえることもありがたいし、自分の専門分野以外の調理法や食材に関する知識を増やすこともできます。シェフ同士が仲良くなってネットワークができると、『今はここのトマトが美味しい』といったリアルな情報が得られるので、勉強会はマストだと思います」

自分一人で料理をしていると視点が凝り固まってしまうもの。ジャンルを問わずたくさんの料理人から刺激を受けることで、新しい創作料理のアイデアが湧いてくるようだ。

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(画像=「鳩・キャベツ・醤」)

既存の枠組みを多角的にとらえることで、新しい料理を生む

鳥羽さんの料理は「なぜこの食材を組み合わせたんだろう?」と好奇心をそそられるメニューが多い。意表を突いたチョイスなのに、驚くほど全体が調和して美味しい。そんな『グリ』の料理はどのように生まれているのだろうか。

「例えば、デザートにコーヒーを合わせるのは、甘いものに対して、苦いものを組み合わせるというアプローチじゃないですか。同じ『苦み』の可能性として、ゴーヤーや、グレープフルーツの皮、焦がした野菜の苦みがあります。『甘いもの×苦いもの』という組み合わせを多角的に捉えて違うアプローチを試みることで、野菜を使ったデザートのような発想が生まれるんです。少し前に甘エビと完熟した桃とカルピスを合わせた料理を作ったときには、『甘エビと桃の甘い感じをつなぐには、乳製品が相性いいだろうな』と思ったんです。ヨーグルトでも美味しいけど、同じ乳製品の中では、カルピスのほうがキャッチーで新鮮。そんなふうに既存の枠組みや方向性の中から、新しい可能性を探っています」

これまでインプットした膨大な情報を元に、あらゆる要素のかけあわせを試す。そしてその時点の最適解が料理として提供されているのだ。