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(画像=『フロリレージュ』を象徴する潔いほどのオープンキッチン(画像=Foodist Media))

父親になったからこそ「大人としてやるべきこと」を探った

川手さんがさまざまな問題提起をするようになったのは、食の未来を良くするための活動を行うネットワーク『いただきますプロジェクト』に参加したことがきっかけだったという。

「僕は9年前にお店を出すときは、『東京で一番になりたい』と思っていたんです。実際、開店から1年で満席のお店ができました。ですが『いただきますプロジェクト』に参加して地方の料理人と話したとき、急に自分が恥ずかしくなったんです。彼らは一生懸命、地産地消に取り組んでいたり、食の問題について発信したりしています。『僕が東京でがんばろうとしていたことって、意外とちっぽけじゃない?』と気づいたんです。当時2人目の子どもを授かったこともあり、大人として自分ができることをしたいと思って、いろいろなことを調べるようになりました。その転換期があったので、『フロリレージュ』を移転するときに、食に対する問題提起ができるレストランにしようと思ったのです」

その当時から提供しているのが、経産牛を使った料理である。経産牛とは出産経験のある雌牛のこと。和牛は肉牛と繁殖用に分けられ、肉牛は出産することを想定していない。繁殖用の経産牛は役目を終えた後に、加工用の肉として出荷されるか、廃棄されている。

「最初に経産牛に目をつけたきっかけは、単純に料理人の欲求として、『美味しいから使いたい』と思ったんです。ヨーロッパでは経産牛を食べる機会が多いので、日本でも手に入らないかと探したのですが、全然見つかりません。どうしてだろうと調べ始めたのが6年前のことです。日本では食材としての魅力が低いと思われている経産牛で、本当に美味しいものを作ったら、『価値のないものに価値を与える』という新しいスタイルができるのではないかと考えました」

しかし、出産したばかりの雌牛は、やせて肉質がかちかちに固いという問題があった。川手さんは「どうして普通の和牛とは違うのだろう」と考え、畜産農家に頼みこんで、出産後の牛を2~3か月牛舎に戻してみたそうだ。一生懸命餌を食べさせて再肥育したところ、肉質が驚くほどやわらかくなった。お店で料理として提供しながら、「経産牛を使ってサステナブルなメッセージを発信するのは、料理人として正しいことなのか」を確かめるために、宮崎県の畜産大学まで足を運んだという。

「畜産大学の校長先生と話をしたら、『経産牛は宮崎県内でしか発売されていないので、県外の人がそういう活動を通して情報発信していくのはすごく重要だ』と背中を押してくれたんです。和牛は年々頭数が減っているので、種の保存という意味でも重要だと思い、『サステナブル 経産牛』という名前で提供を始めました。和牛は世界からの人気も高いですし、我々が発信する上で非常にキャッチーです。そういうものを戦略的に選んでいかないと何も変えることができません。物事を変えるには新しい価値観を与えて、発信していく必要があるのです」

その努力の甲斐があり、経産牛を扱う卸売り業者や飲食店はここ数年増えているそうだ。次の世代に命をつないだ経産牛の使用が増えることで、和牛全体の減少に歯止めをかけることができるかもしれない。

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(画像=『サステナブル 経産牛』(画像=Foodist Media))

世界を舞台にイノベーティブの土俵で戦う

今でこそ食の問題に関する取り組みが評価されている『フロリレージュ』だが、リニューアルオープンしたばかりのころは批判も多かったという。

「レストランとして生き残っていくためには、『あの店と比べてどうだ』というのは捨てて、自分の店が他と比べられる対象にならなければなりません。だからお店をリニューアルする際は、『メッセージを伝えたいからカウンターにしよう』『ウソをつきたくないから、厨房は丸見えにしよう』というところからスタートしました。今思えば未熟な部分もあったと思います。常連客の大半が離れていったときには、やっぱり堪えましたよね」

客がいなければ、発信するチャンスも失ってしまう。川手さんは試行錯誤しながら、レストランに求められる役割と、問題提起のバランスを整えた。全品コンセプトありきにするのではなく、コースの流れを意識して、さりげなくメッセージを含んだメニューを織り交ぜた。興味を持ってアプローチしてきた人には説明するというやり方にしたところ、少しずつ支持者が増えていったという。今では国内外の会議で、食の問題に関する問題提起を行う機会も増えてきたという川手さん。今後の目標にしていることは何だろうか。

「今後はアジアベスト50の中でも上位、ワールド50でも50位以内を目指しています。世界中からお客さんが来てくれれば、僕たちが発信することを知ってもらう機会も増えます。世界に出れば出るほど、『日本にはすばらしい料理人がたくさんいるのに、それがムーブメントにつながらない』ということにもどかしさを感じてしまいます。世間一般的にも、『日本人なら和食で勝負しなければならない』というイメージが強いようです。ですが、僕は海外で取材を受けたときに『何料理ですか?』と聞かれたことは一度もありません。フレンチや和食、中華などを区別して考えるのは、日本人ならではの感覚だと思います。和食にこだわらず日本らしさを表現しつつ、新しい価値観をクリエイトして衝撃を与えるようなレストランを作らないと、世界では戦っていけないかもしれません。僕ら料理人は、イノベーティブという同じ土俵で切磋琢磨していく必要があるのです」

変わることを恐れない川手さんだからこそ、これまでにない革新的な料理を生み出すことができるのだろう。彼の食に対する問題提起は、今さざ波のように世間に広がり、各方面に影響を与え始めている。その波はいつの日か大きなムーブメントとなって、料理界に衝撃を与えるかもしれない。

オーナーシェフ・川手寛康(かわて ひろやす)
1978年、東京都生まれ。洋食のシェフであった父の影響で、幼少期からフレンチシェフへの憧れを抱く。『オオハラ エ シイアイイー』や『ル ブルギニオン』で腕を磨いた後、フランスへ渡って、ミシュラン星付きのレストランで修行する。帰国後『カンテサンス』のスーシェフを経験し、2009年『フロリレージュ』を青山にオープンする。2015年に神宮前に移転し、リニューアルオープン。アジア圏のシェフを中心にさまざまなコラボイベントを開催するなど、世界を舞台に活躍している。

『Florilège(フロリレージュ)』
住所/東京都渋谷区神宮前2−5−4 SEIZAN外苑B1
電話番号/03-6440-0878
営業時間/12:00~13:30、18:30~20:00
定休日/水曜
席数/22席
http://www.aoyama-florilege.jp/

(提供:Foodist Media

(執筆者:三原明日香)