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『フロリレージュ』オーナーシェフ・川手寛康さん(画像=Foodist Media)

神宮前3丁目の交差点から徒歩1分くらいの場所にあるレストラン『Florilège(フロリレージュ)』。地下一階にあるこの店では、コの字型のカウンター席がオープンキッチンを取り囲み、目の前でシェフが料理する様子を眺めることができる。照明を落とした店内で、食材や料理人がスポットライトを浴びているかのように浮かび上がる光景は、劇場のようにドラマチックだ。

『フロリレージュ』という店名は、フランス語で“詩華集”を意味する。「出逢い」や「投影」「分かち合い」といった詩的な名前がつけられたコース料理は、美しく独創的。2017年版「アジアのベストレストラン50」では14位に選ばれ、海外からも客が訪れる。オーナーシェフの川手寛康さんは食に関するさまざまな問題提起をしていることでも知られているが、その活動の原動力とは何なのだろうか。根底にある哲学を探った。

アマゾンの奥地でカピバラを食べる

川手さんは非常にバイタリティ旺盛だ。修行先のフランスはもちろん、タイや韓国、台湾などさまざまな国の飲食店や市場を視察し、アマゾンの奥地に行ったこともあるという。洗練されたフレンチ料理と、アマゾンの原始的な料理は対極にあるように思うが、何を求めてアマゾンに足を踏み入れたのか。

「そもそも『フレンチとは何か』ということは、いろんな料理人が考えていると思うんですけど、僕にとってフレンチとはつまり“パッション”でしかないんです。だから経験できることなら何でもチャレンジするべきだと思うんです。そういう意味ではアマゾンというのは魅力的な場所ですし、日本では味わうことができない食生活があるので、体験するべきではないかと考えました。『アマゾンとフレンチとは関係ないのでは?』と聞かれますが、食べるという行為は世界共通です。テレビやネットで情報を得るのは誰にでもできることになってきたので、実際に現地で体験する、味わうというのが大事になってきていると思います」

川手さんはアマゾンの市場や村を視察し、カピバラのスープやゾウムシの幼虫など、現地の料理を食した。アマゾンの森では、いつ野生の獣に襲われたり、マラリア持ちの蚊に刺されたりするかわからないため、食べることも命がけである。そして、意外なことにアマゾン料理は和食に近いという発見もあったそうだ。

「向こうの料理って基本的にジビエ(狩猟肉)なんです。驚くほどクリアで、料理人からすると『これだけ違う味わいが出るのはどうしてだろう』と不思議でしたね。僕はすごく和食に近いと思いました。塩と水で調理をして、食材のうまみ成分を引き出していくのがアマゾン料理なので、ショウガと醤油を足してネギを散らしたら和食になるんですよ。サルや昆虫はクセがあるし、日本に住んでいるなら食べなくていいかなと思いましたけど、現地の人にとっては、これがなければ生きていけない貴重な食糧です。僕たちはものの30秒で一つの食材や料理を買えますが、アマゾンでは食べるために何時間、何十時間も必要なんです。弓矢を作るところから始まって、狩りをして、捌いて、調理をするという工程の末に、食べるという一つの行為に達する。僕たち料理人のように、食材の生死の近くにいる人間ですら、それを忘れがちです。強要はしませんが、興味のある人なら現地を見てみるのもいいと思いますよ」

どんなに天才的なシェフであれ、創作料理には、作り手の見聞きしたものや経験が必ず含まれているという。アマゾンでの経験は、川手さんの無数にある引き出しに仕舞われ、新しい料理を構築する際の要素の一つとなるのだ。

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アマゾンでの経験を語る川手シェフ(画像=Foodist Media)

納得のいく食材のために、アマゾンのカカオ村を視察する

川手さんがアマゾンに向かった理由の一つに、カカオの生産地を見てみたいという思いがあったそうだ。川手さんは『フロリレージュ』をオープンして以来、2年間チョコレートを使っていなかった。しかし、アマゾンカカオを普及する活動をしている料理人の太田哲雄さんと出会い、現地を見てみたいという気持ちが芽生えたという。

「僕自身はチョコレートが好きなのですが、なんとなく背景が見えづらい食材だなと感じていたので、『納得いくまではチョコレートの使用を控えよう』と思っていました。ですが、太田さんは僕の抱えていた疑問に丁寧に答えてくれて、カカオ村の現状を説明してくれました。カカオという食材を見直し、料理やお菓子にも使うようになりましたが、それだけでは十分ではありません。『自分もカカオ村を見て、現地の人に直接話を聞いたらリアルなことがわかるかもしれない』と思って、太田さんにアマゾンに連れて行ってもらったんです。『児童労働が教育の機会を奪っているんじゃないか』ということが心配だったので、村の子どもたちを集めてもらったら、みんな水や果物を背負い、片手に教科書を持って歩いてくるんです。その光景に一番驚きました。彼らは教育を受ける権利もあるし、働く権利も持っています。『これは強い子どもたちになるぞ』と思いました。彼らの話を聞いて『この村のカカオは信頼が持てる』と確信が持てたんです」

川手さんがアマゾンカカオを使って創作したデザートに、『贈り物:アマゾンカカオ』という一品がある。アマゾンカカオのチョコレートムースを、赤紫蘇のゼリーで包み、赤紫蘇スープをかけた印象的な一品だ。

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「贈り物:アマゾンカカオ」(画像=Foodist Media)

「僕は『このカカオを使え』とか『使うな』と言いたいのではありません。ただ、料理人が何かに興味を持った時に、正しい情報を得たり、チョイスしたりする権利があったほうがいいと思うんです。例えばチョコレートを作っている会社のホームページを見ても、いいことしか書いていないので、本当のところはわかりません。ちゃんと現場を調べてディープに発信できる人がもっと増えるべきだと思っています。この世の中で何か言い切るのはリスクだらけなので、みんな曖昧に濁したことしか言わなくなっている。僕は実際に見たこと、経験したことでないと正しいことは言えないと思っているので、そこはすごく重視しています」

批判されるリスクを引き受けてでも、「自分はこうだと思う」と言い切る強さがなければ、現状を変えることは難しい。だからこそ自分が信念を持って「これが正しい」と言うために、アマゾンのカカオ村を見て、現地の人と話すことは欠かせないプロセスだったのだろう。