古民家に命を吹き込む和服の若女将、「私の隠れ家」戦略も成功
ただ単に古民家を改造して居酒屋にするだけで、繁盛するというものではない。そこには武内社長の見事な戦略がある。
(1)駅から徒歩5分以内の立地
(2)居酒屋価格の維持
(3)目立つ看板を使用しない
(4)各店舗に和服の女将を配置
(1)についてはターミナル駅から歩いていける場所に限定し、利用客の便を考えた。(2)は見た目が料亭のようでも、価格を抑えて通常の居酒屋の料金を守っている。客単価は5300円。人気は「飲み放題コース」で、料理のコース(前菜、お造り、焼き鳥、蒸し物、揚げ物、あがり、水菓子等)に飲み放題をつけて5500円(税込)で提供している。
(3)について武内社長は「飛び込みのお客さんがなかなか入ってこないというリスクはあります。しかし口コミで広がって、お客さんが別のお客さんを連れてきて、店ではないような場所を『ここだよ』って言ったら初めての方は喜ぶと考えました。一回店に来ると紹介したくなると思ったんです、『ここ知らなかったでしょ?』って。それを狙っています」と言う。つまり、客に「私の隠れ家」という意識を持たせ、リピートしてもらう戦略と言っていい。
(4)は古民家に和服女性というハードとソフトをワンセットにして、雰囲気を楽しんでもらうものである。「古民家に和服の若い女性がいたら嬉しくないですか? それでお酒を注いでくれたら、どうですか? たまらないですよね。私もそうしてもらいたいから、そうしました」と武内社長。別の表現をすれば「古民家という容器に、和服の若い女性で命を吹き込む」といったところか。「若い女将さんにお客さんがつくのでは?」と聞くと「すごいですね」(同社長)と、その効果を口にする。
もっとも、居酒屋価格に抑え、和服の女性が接客というのは費用面を考えると実現は簡単ではない。しかし古民家居酒屋だからそれが可能となった。ビル内に店舗を借りれば、熊谷駅周辺なら20坪で30万円程度。民家を借りるのであれば相当、安価になり『酒蔵はっかい』は当初は150坪を月26万円で借りていた(現在は土地・建物とも買い取り)。ハードの料金が安い分、ソフトに費用をかけられた。これは地価が安い地方都市だからこそできたことでもある。
古民家で居酒屋……。最初は変人扱い「本気で言ってるの?」
こうして『酒蔵はっかい』と、それに続く同社の古民家居酒屋は大きな存在感を示すようになった。もっとも2001年当時、古民家居酒屋を始めるのは簡単ではなかった。イタリア料理のシェフとしてフィレンツェで修行した同社長は、帰国して1996年に埼玉県寄居町にイタリア料理店を開いたが、当時から古民家での居酒屋経営を模索。「僕は京都が好きで、その頃よく行っていました。古い建物を見て『こういう所に住みたいなあ』と思っていましたし、また、そういう歴史ある建物が店になっているじゃないですか。そのイメージで古民家を居酒屋にと思ったわけです。要は古民家が好きだったんです」。フィレンツェではそうした古い家屋を利用したレストランが多く、そのことも影響しているという。
1998年頃に熊谷駅近くにあった民家に目をつけ、不動産業者と、実際に住んでいた大家さんに貸してくれるように頼んだ。不動産業者からは「え、この“ぼろ家”で商売するの? 本気で言ってるの?」と完全な変人扱い。大家さんに直接頼みに行くと「何をするの? 住むの?」と訝しがられたという。
商売の目的を理解してもらえず、なかなか借りられないことから、とりあえずビルの中の店舗を借りて焼き鳥店をオープンし、交渉を続けた。あまりの熱心さに大家さんも「これだけ来てくれるのだから、武内君に貸すか」と了承してくれ、最初に頼みに行ってからおよそ3年後の2001年にオープン、一気に繁盛店とした。変人扱いする不動産業者に「絶対にお客さんが来ますから、まあ、見ていてください」と大見得を切ったが、それを目に見える結果で示したのである。
古民家はつくり上げられない空間、客が楽しむ非日常
武内社長は「ビルインの店舗と違って、古民家というのはつくり上げられない空間なんです」と力を込める。『酒蔵はっかい』で言えば、1世紀近く使われた家の持つ歴史、空気感は格別。エイジング加工などでは出せない非日常を客に体験させることができる。「懐かしさや風情ある空間を味わえるのが古民家居酒屋の魅力です。そういう空間で過ごすことで話に花が咲き、飲食も味わい深くなると考えています。我々ができることはそういう雰囲気を損ねることなく、より良いおもてなしができるように努めていくことです」。
ブームにも浮かれない、古民家居酒屋のパイオニアの言葉が重い。
『酒蔵はっかい』
住所/埼玉県熊谷市本町2-125
電話番号/048-527-2941
営業時間/16:00-24:00
定休日/日曜
http://www.8kai.co.jp
武内章佳(たけうち・あきよし)
1973年、埼玉県生まれ。高校卒業後にレストランで修行。21歳の時にイタリア・フィレンツェでイタリア料理を学ぶ。1996年に寄居町で『リストランテ895aクチーナ』(895番地の食卓)をオープン。2001年に『酒蔵はっかい』をオープン。現在は(有)ゼネラリストワークス代表として古民家居酒屋4店舗を含む9店舗を運営している。
(提供:Foodist Media)
(執筆者:松田 隆)