きっとあなたは
ブランド品を買った後に“見せびらかしたい”と思うだろう。
流行に遅れたくない、とトレンドをチェックすることも欠かさないだろう。
誰も口には出さないけれど、誰しもがきっと思っているはず。ブランドはステータスであり自分を大きく見せてくれる。カバンや時計の機能よりもブランドという「記号」が先行されて消費されていることを我々は気がついている。一方で、
「この趣味は同僚にバレたくないなぁ。」
と、誰の目も気にせず、自己満足のために消費を繰り返しているものもきっとあるはず。
現代消費文化の多様性により、我々の消費は他人の目を気にせず、自身の「精神的価値」を持続的に追求するような「第三の消費文化」(1)としての側面が強くなってきている。誰かのマネをしたり、見せびらかすための「消費」が、改めて個人に帰属する個人完結型の消費に戻りつつあるのである。
その顕著な例として、筆者はオタクの存在を無視できないと考えている。アニメオタクを例に挙げると、彼らはコンテンツの中で創り出された、自らが好意をもつキャラクターを神格化し、そのキャラクターの写真やフィギュアをイコン(アイコン)として、誕生日には個人的に、もしくはオフ会等を開いては集団的に祝賀している。こうした現象は特異なものとして映るかもしれないが、現代人の消費行動の一側面を象徴的に表していると筆者は考えている。彼ら「オタク」の消費行動こそ第三の消費文化論の象徴であるといえるだろう。
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(1)間々田孝夫 (2011) 「『第三の消費文化』の概念とその意義」『立教大学 応用社会学研究』, 53, 21-33.
オタクって誰の事?
しかし、オタクとはいったい何なのか。オタクときいてあなたは何を思い浮かべるだろう。前述したアニメオタクや「私は鉄ちゃん(鉄道オタク)だから!」「私はSFオタクです。」といった何かに没頭して周りを省みず消費を繰り返すマニアやコレクターなどの収集家を思い浮かべるかもしれない。もしくは根暗で引きこもりがち、モテないため生涯恋愛をしないような人、バンダナにネルシャツ、ケミカルウォッシュのジーンズにポスターのはみ出たリュックサックを身に着けているような容姿に気を配らない人等、ネガティブなイメージを持つ人々を連想したのではないだろうか。
「マニア」と「レッテル」
我々がオタクの話をすると、ポジティブなイメージを持つ「マニア」と言う文脈でのオタクと、ステレオタイプやネガティブなイメージとして「レッテル」の文脈でのオタクが混在しあう。
経済学の文脈で話せばオタクは「過度にお金や時間の消費を繰り返す消費者群」(2)であり、まさにマニアとしての側面が大きくなる。オタクは自らの趣味のためにコンテンツを多く消費することが知られており、非オタクに比べて趣味に対する支出が多いことが分かっている(3)。例えば2018年のアニメ市場は制作事業者ベースでの換算では2,800億円(矢野経済研究所の「オタク」市場に関する調査)、アニメ関連市場全体では2兆1,527億円であったという(デジタルコンテンツ協会「デジタルコンテンツ白書2018」)。アイドル市場も、熱心なファンの消費によって、2018年度は前年比11.6%増の2,400億円に拡大した。もちろんこの売上すべてがオタクの消費によるものとは言えないが、オタクという存在が消費に対するポテンシャルが高く、これらの売り上げを牽引している可能性があることは否定できないだろう。
ポジティブな文脈で使われる「マニア」としてのオタクが存在する一方で、「あの人オタクっぽい」や「あいつは根暗だからオタクだ」といった我々のオタクに対するネガティブなイメージにより構築された「レッテル」としてのオタクが存在する。彼らが、例え無趣味でマニアのような収集癖を持っていなくても、他人からオタクであると認識された瞬間にそこにオタクは生まれる。この背景には2004年から2005年にかけてメディアがこぞって秋葉原を特集し、アキバやオタクの存在をステレオタイプなイメージ像にもとづいて世の中に提示したからであると考えられる。その先駆けといえるのがフジテレビ系列で放送されていた『ネプリーグ』のコーナーの一つ「潜入!!秋葉カンペーさん」(4)であろう。これはお笑いグループ「ネプチューン」の堀内健演じる秋葉カンペーさんが、秋葉原を中心にアイドルやタレントのイベントに参加し、カンニングペーパーでイベント出演者に独創的な指示を出し困惑させるという人気コーナーであった。このコーナー内で紹介された秋葉原の街並み、オタクたちの存在、またその独特な文化等、を目の当たりにして、視聴者の中に「秋葉原とオタク」というイメージが浸透していった。映画『電車男』の大ヒットが秋葉原とオタクに対する世の中の認知を更に大きくした。『電車男』とは、インターネットの大型電子掲示板である「2ちゃんねる」での書き込みを基にしたラブストーリーである。このオタクが主役のラブストーリーは、興行収入37億円を突破し(5)、書籍も105万部を超えるベストセラーになった(6)。電車男が“いわゆる”オタクであったこともあり、彼の風貌であったネルシャツにバンダナ、ケミカルウォッシュのジーパンを履き、リュックサックにポスターをさし、手には美少女系のイラストが描かれた紙袋をもつというステレオタイプが、我々の中で潜在的なイメージとして残るきっかけを作ったといえるだろう。
ポジティブなマニアとしての「オタク」とネガティブなステレオタイプとしての「オタク」が混在する“オタク”は、もしかしたら我々自身の見られたくない部分で構築されたイメージなのかもしれない。
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(2)野村総合研究所 オタク市場予測チーム (2005) 『オタク市場の研究』東洋経済新報社
(3)折原由梨(2009)「おたくの消費行動の先進性について」跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 8, pp.19-46
(4)2003年4月16日から2005年3月30日まで毎週水曜23:00~23:30にかけて放送。
(5)一般社団法人日本映画製作者連盟ホームページより
(6)「担当編集者が語る「電車男」の素顔 収益の意外な使い道」毎日新聞2019年5月4日
廣瀨 涼
ニッセイ基礎研究所 研究員
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