課題

こうしたら議論からは、公教育におけるEdTechの活用への高い期待の一方で、実現に向けた大きなハードルがあることも浮き彫りになってくる。

EdTech
(画像=ニッセイ基礎研究所)

まず、学校のICT環境整備の問題がある。EdTechを十分に活用するためのICT環境の整備が進んでいない。公立学校においては、教育用コンピュータの配備は児童生徒5~6人で1台、無線LANが整備されている教室は約35%に過ぎない(図表5)。1人1台タブレット端末を使い、インターネットにアクセスして動画コンテンツで学習、という姿が実現するにはハードルがある。財源が限られる中、環境整備をどう進めていくのかが課題である。こうした財源の問題を解消すべく、政府は2018~2022年度まで単年度1,805億円の地方財政措置を講じており、超高速インターネット及び無線LANの100%整備等を目標として掲げている。一方で、教育委員会職員のICTや行政に関する専門性・ノウハウの不足により地方財政措置を有効に活用出来ていない、地方自治体によって意識に差があり整備状況に格差が生じているという実態もあるようだ。ICT導入・整備に関するサポート体制の構築等も課題になりそうだ。また、児童生徒が自らのICT端末を学校に持ち込むBYOD(Bring your own device)も検討されている。

教育の現場に大きな変革を求めることもハードルの1つだろう。自らがICTを使いこなすだけでなく、児童生徒にICTの活用を指導することも必要になるだろうが、授業にICTを活用することや児童生徒にICT活用を指導することに自信が無い教員も現状では少なからずいる(図表6)。また、仮に児童生徒全員がタブレット端末を活用し、個別最適化された教材で学習するとなった場合、教員の役割や教員と児童生徒の関係はこれまでとは大きく異なるものになる。教科書の内容を児童生徒に向かって講義するというスタイルから、それぞれの児童生徒の取り組み状況を確認し、状況に応じてアドバイスやサポートを行うスタイルになることも考えられる。どこまで個別最適化を進めるべきか(出来る児童生徒はどこまでも先に進んでよいのか)、学びの効率性や生産性が上がった分は授業時間を短くするべきではないか(その代わりに、その時間を新しい活動に充当すべきではないか)、といった課題も出てくるだろう。教員の役割だけでなく、学校や公教育のあり方が改めて問われる上、新しい学びの姿を実践する具体的なイメージがしづらいこともあって、公教育の関係者や現場の教員の戸惑いや抵抗感が生じることは十分に理解出来る。EdTechの導入等による新しい教育のあり方について、教育関係者の理解や共感を得ていく努力も必要になるだろう。教員の長時間労働等の課題が指摘される中、デジタル化による効率化や生産性向上といった教員の働き方改革に繋げていく等、前向きな機運が醸成されるかどうかが鍵になりそうだ。

EdTech
(画像=ニッセイ基礎研究所)

本格的な導入で大きく授業のスタイルや教材を変えるのであれば、どのような授業や教材が望ましいのか、引き続き実証プロジェクト等を通じた試行錯誤も必要だろう。他にも、児童生徒のデータ活用を考えた場合の個人情報保護やセキュリティの問題や、児童生徒がインターネットを活用することに対する教員や保護者の不安もあるだろう。公教育におけるEdTechの本格導入に向けては、まだ課題もあるのが現状だ。

しかしながら、テクノロジーの利活用が遅れれば遅れるほど、その恩恵を受ける機会を逸してしまうことも事実だ。今後、EdTechを活用した新しい民間教育サービスも多く出てくるだろうが、より多くの児童生徒が教育面でテクノロジーの恩恵を公平に享受するという視点では、公教育でもテクノロジーが活かされることが望ましい。AIのような先端技術でなくとも、既に普及した汎用技術をうまく利活用することでイノベーションが生じ得る。政府や教育関係者、そしてEdTech関連企業の今後の取り組みに注目だ。

おわりに

デジタル化は世界的な潮流であり、あらゆる国や企業が取り組みを加速させている。その取り組みの成否は、国際競争力の優劣にも大いに影響する。公教育の現場でも、テクノロジーの積極活用による教育の高度化は時代の要請とも言えるだろう。そして、公教育に限らず、企業の研修やリカレント教育にもEdTechの活用が期待される。日本に活力を与える「教育のイノベーション」に期待したい。

【参考文献】
 ・佐藤昌宏「EdTechが変える教育の未来」(インプレス 2018年10月)

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中村洋介(なかむら ようすけ)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員・経済研究部兼任

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