政府が70歳雇用を発表

定年延長に対する政府の動きが本格化している。政府は今年の5月15日に開催された未来投資会議(議長・安倍首相)で、希望する高齢者に対し70歳までの雇用確保を企業に求める高年齢者雇用安定法の改正案の骨格を示した。現行法では、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律第9条第1項に基づき、定年を65歳未満に定めている事業主は、雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するために、(1)定年制の廃止、(2)定年の引上げ、(3)継続雇用制度(再雇用制度)の導入のうち、いずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を実施することを義務化している。

今回の改正案では、企業が労働者を同じ企業で継続して雇用することを義務化した上記の三つの選択肢に加えて、社外でも就労機会が得られるように、(4)他企業への再雇用支援、(5)フリーランスで働くための資金提供、(6)起業支援、(7)NPO活動などへの資金提供という項目を追加した。定年延長による人件費増を懸念する企業も配慮した措置だと言える。

70歳雇用推進の背景

では、なぜ政府は70歳雇用を推進するなど高齢者の労働市場参加を奨励する政策を実施しているだろうか。その最も大きな理由の一つは少子高齢化の進展による労働力不足に対応するためである。2018年2月1日現在の日本の総人口は1億2,660万人で、ピーク時の2008年12月の1億2,810万人に比べて150万人も減少しており、2065年には8,808万人まで減少すると予想されている。一方、労働力人口は、女性や高齢者の労働市場への参加が増えたことにより、2013年以降はむしろ増加している。しかし、15~64歳の生産年齢人口の減少は著しい。日本における2016年10月1日現在の15~64歳人口は、7,656万2,000人と、前年に比べ72万人も減少した(図表1)。15~64歳人口の全人口に占める割合は60.3%と、ピーク時の1993年(69.8%)以降、一貫して低下しており、今後もさらに低下することが予想されている。

70歳雇用推進,定年制度
(画像=ニッセイ基礎研究所)

さらに、厚生労働省が今年の6月7日に公表した2018年の人口動態統計によると、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は1.42と前年を0.01ポイント下回り、3年連続で低下した。現在の人口が維持できる出生率(人口の置き換え水準)2.07を大きく下回っている。このように少子高齢化が進行し、労働力人口が減少している中で、政府は定年延長を推進し、労働力確保や経済の活性化を目指すことになったと言える。

政府が定年延長を推進するもう一つの大きな理由は社会保障制度の持続可能性を拡大するためである。国立社会保障・人口問題研究所が発表した2017年度の年金、医療、介護などに充てられた社会保障給付費は116.9兆円と前年度に比べて1.3%増加した。さらに、高齢者人口が4千万人近くなり、ピークに達すると予想される2040年には社会保障給付費は約190兆円に増加すると推計されている。このままだと、社会保障制度を支えている生産年齢人口は減少しているのに、主な給付対象である高齢者だけが増加し、社会保障制度を維持することが難しくなる。そこで、政府は定年延長を推進し、社会保障財政の安定化を志向することになったのである。

雇用延長の現状や今後の課題

そもそも高齢者の雇用確保措置が義務化された最大の理由は、公的年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられたからである。しかしながら、企業の措置内容を見ると、「定年制の廃止」や「定年の引上げ」という措置を実施した企業の割合は合わせて2割程度に過ぎず、8割に近い企業が「継続雇用制度」を導入している。企業が主に「継続雇用制度」を導入している背景には、「年功序列型賃金制度」に基づく人件費負担が大きくなることがある。多くの企業は一旦、雇用契約を終了させ、新しい労働条件で労働者を再雇用する「継続雇用制度」を選択している。

60歳を境に正社員としての身分が失われ、嘱託やパート・アルバイトなど非正規型の雇用形態に変わるケースが多い。このため、高齢者の賃金水準が定年前に比べて大きく低下し、場合によっては、本人の貢献度よりも低い賃金を受け取っている可能性も高い。こうしたことは、高齢者の働く意欲の低下を招くとともに、職場の生産性にも少なからず影響を及ぼしていることが懸念される。改正高年齢者雇用安定法の施行により、高年齢者がより長く労働市場で活躍することになったものの、低い賃金水準ゆえに、労働市場に長く参加していることが、必ずしも高齢者の生活の質を高めたとは言えないのが現状である。

定年後研究所が定年制度のある企業に勤務している40代・50代男女、および、定年制度のある企業に勤務し60歳以降も働いている60代前半男女、合計516人を対象に実施したアンケート調査(2019年6月4日)によると、「70歳定年」(70歳定年あるいは雇用延長)について「とまどい・困惑を感じる」(38.2%)や「歓迎できない」(19.2%)と回答した、「アンチ歓迎派」は57.4%で、「歓迎する」と回答した「歓迎派」の42.6%を上回った。「とまどい・困惑を感じる」最も大きな理由としては「収入が得られる期間が延びてよいが、その分長く仕事をしなければならないから」(65.5%)が、また「歓迎できない」最も大きな理由としては「自分としては60歳あるいは65歳以降は働きたくないから」(65.7%)が挙げられた。年金の給付を含めた老後の収入さえ確保できれば、労働者の多くは60歳あるいは65歳定年を迎えて労働市場から離れ、余暇を楽しみたいと考えているのだろう。一方、最近、金融庁の金融審議会は、夫婦の老後資金として公的年金だけでは「約2,000万円不足する」という試算結果を示し、不足分を補うためには資産運用などの「自助」の充実が必要と訴えた。この報告を聞いた労働者の多くは「いつまで働かなければいけないのか」という不安を抱くことになっただろう。

70歳雇用推進,定年制度
(画像=ニッセイ基礎研究所)

従って、今後は段階的に定年を引き上げながら、賃金水準をゆるやかに調整していくことが現実的な選択肢になるだろう。今後、人口減少が進む中で経済成長を維持していくためには、高齢者がより活躍できる環境整備が求められる。高齢者の働くインセンティブを引き上げるためにも、年齢を理由に高齢者が労働市場で差別されないように制度や意識を改善することが重要であり、そのためにも「同一労働同一賃金の原則」が高齢者にも適用される必要がある。

高齢者定年延長にあたっては、個人差はあるが、視力や聴力など身体的な老化も顕著になってくることから、より多くの職種・職務の選択肢を考えていくことが望ましい。その一環として、50代前半から、定年後を見据えたキャリア形成を支援する制度の実施が求められる。また、企業はテレワークや短時間勤務など多様な働き方に対する人事管理および人事評価制度の一層の整備を推進する必要がある。すべての企業や個人に一律的に適用される定年制度より、企業や個人の状況に合わせたより多様な定年制度の実施を推進することが重要である。

金 明中(きむ みょんじゅん)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

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