オフィス市場に与える影響

最後に、コールセンター市場がオフィス市場に及ぼす影響について、(1)働きやすいオフィス環境の構築、(2)BCPの観点からの拠点分散、(3) 運営コストの上昇に伴う経営環境の悪化、(4)AI技術等を活用した顧客対応の自動化の4つの観点から考えたい。

●働きやすいオフィス環境の構築

人手不足が深刻化するなかで、人材確保を目的としてオフィス環境の改善に対する意識は業種を問わず高まっている(6)。特に人材確保が運営の大きな鍵となるコールセンター事業者は、求職者に対して「働きやすい」オフィス環境を提示する必要性が高まっている。

従業員の働きやすい環境を整備する目的で、リフレッシュルームなどの共用部や打ち合わせスペースが充実したオフィスビルに、コールセンター拠点を開設したいと考える企業は増えるだろう。また、従業者の通勤利便性向上を意図して、都心部の好立地のオフィスビルや、駐車場が十分に確保できるオフィスビルに対するニーズが高まる可能性が大きい。

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(6)吉田資「東京都心部Aクラスビルのオフィス市況見通し(2019年)」ニッセイ基礎研究所、不動産投資レポート、2019年2月15日

●BCPの観点からの拠点分散

東日本大震災以降、BCP(事業継続計画)の観点から、生産拠点や物流拠点を複数に設置する企業が増えている。コールセンターにおいても、拠点を複数展開する企業は多い。「コールセンター実態調査」によれば、コールセンターを2ヶ所以上展開している企業は、約6割を占めている(図表11)。

札幌市では、2018年9月の北海道胆振東部地震で大規模停電(ブラックアウト)が発生した。こうした自然災害のリスクを再認識して、拠点を分散させる企業は今後も増加すると思われる。コールセンターの進出がまだ進んでおらず、採用環境が比較的良好な都市に進出する企業が増加すると見込まれる。

コールセンター
(画像=ニッセイ基礎研究所)

●運営コストの増加に伴う経営環境の悪化

コールセンターで働くパートタイマーや派遣社員の時給は、労働需給の逼迫を受けて上昇している(7)。また、地方主要都市のオフィス成約賃料も空室率の改善を背景に上昇が続いている(図表12)。

コールセンターの運営コストは増加傾向にあると推察され、主要アウトソーサーを対象にしたアンケートでも、約4割の企業が「業務案件は増えているが不景気」と回答している(図表13)。

一部の「アウトソーサー」は、上記の運営コストの増加や、クライアントからの委託料値下げの要求等、厳しい経営環境にある模様である。地方都市のオフィス需要を牽引してきた「アウトソーサー」からの需要が今後減少する可能性もあろう。

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(7)リクルートジョブズ「アルバイト・パート募集時平均時給調査」によれば、コールセンタースタッフの平均時給は1,117円(2013年10月)から1,276円(2019年5月)に上昇。

●AI技術等を活用した顧客対応の自動化

コールセンターにおける顧客対応ツールは、電話やメールが中心であるが、チャットやソーシャルメディアでの問い合わせにも対応している企業は増えている。日本コールセンター協会によれば、「有人チャット」に対応している企業割合は2016年度の34.5%から2018年度には41.5%に増加しており、「ソーシャルメディア」に対応している企業割合も2016年度の34.5%から2018年度には45.3%に増加した(図表14)。

チャットボット(8)等をはじめとするAIを活用した顧客対応の自動化も進んでおり、有人による電話・メール対応が主流だったコールセンターのビジネスモデルは今後大きく転換する可能性がある。

AIを活用した顧客対応の自動化が進むと、多くの人手や執務スペースの確保が必要な大規模コールセンターは将来減少することも想定される。

コールセンター
(画像=ニッセイ基礎研究所)

コールセンターは、「働きやすいオフィス環境の構築」や「BCPの観点からの拠点分散」という観点から、引き続き地方都市のオフィス需要を底支えすると思われる。ただし、人件費やオフィス賃料等の運営コストの増加に伴い、これまでの勢いで需要を牽引することは難しくなる可能性がある。また、AI等を活用した顧客対応の自動化が進むと、ビジネスモデルが大きく転換し、オフィス需要が減少することも想定される。地方都市のオフィス市況を見通すにあたり、今後はAI活用の動向等にも注視する必要があるだろう。

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(8)人工知能を活用した自動会話の仕組みのこと。顧客の問い合わせに該当するWebコンテンツ等に誘導する。

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吉田資 (よしだ たすく)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員・総合政策研究部兼任

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