はじめに~国交省が『企業による不動産の利活用ハンドブック』を作成・公表
近年、SDGs(持続可能な開発目標)が国際社会全体の目標として示され、総合的な課題解決が重要とされ、また、投資家が投資先企業にESG(環境・社会・ガバナンス)への配慮を求める動きが世界的に拡大している。他方、我が国では、人口減少・少子高齢化、インフラ老朽化などが喫緊の課題となっており、これらの社会・地域課題の解決には、SDGs やESG投資の観点なども踏まえ、官だけでなく、産業界など多様な組織やステークホルダーによる取組が必要不可欠となっている。
国土交通省土地・建設産業局は、このような背景を踏まえて作成した『企業による不動産の利活用ハンドブック-地方から始まる新しい活用のかたち-』(1)を5月24日に公表した。同ハンドブックは、地方における不動産活用の促進の観点から、特に企業が所有する不動産(CRE:Corporate Real Estate)の利活用によって、地域貢献・地域活性化に寄与した事例など(13件)を集めたものであり、様々な地域課題解決に向け、産業界など多様な組織、ステークホルダーによる不動産利活用の取組を促進することを目的としている。様々な組織による活用の場である不動産、とりわけCREの利活用による社会的価値の創出に着目した画期的な事例集である。
ところで、筆者は、同ハンドブックの巻頭に「寄稿 ハンドブック発刊によせて/地域活性化に向けた不動産の利活用」(2)と題した論考を寄稿する、大変光栄な機会を得、CREの有効な利活用を促進するためのポイントや留意点などを解説した。そこで本稿では、同ハンドブックの構成、国土交通省のこれまでのCREへの主な取組と筆者の関わりについて簡単に触れた上で、筆者が執筆した寄稿文について概要を紹介したい。
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(1)同ハンドブックは、国土交通省のウェブサイトにて全文が公開されている。以下のURLを参照されたい。
https://www.mlit.go.jp/report/press/totikensangyo05_hh_000173.html
(2)注記1のハンドブックのURLに掲載されている添付資料のうち、「企業による不動産の利活用ハンドブック[1](PDF形式)」を参照されたい。
国土交通省『企業による不動産の利活用ハンドブック』の構成
国土交通省『企業による不動産の利活用ハンドブック』は、筆者による寄稿文(後述)と、企業・団体による不動産活用事例集で構成される(図表1)。事例集は、さらに「地域貢献・地域活性化に寄与する活用事例」(5件)、「従業員の福利厚生を目的とした利活用事例」(4件)、「防災・BCP(事業継続)を目的とした利活用事例」(4件)の3つのパートに分かれる。
3つのパート別に取り上げられた事例は、以下の通りである。13件の事例の詳細については、ここでは紹介しないが、いずれの事例も、社会性の高い取組であり、事例集を是非実際に御覧頂き、参考にして頂きたい(3)。
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(3)事例集のパートについては、注記1のハンドブックのURLに掲載されている添付資料のうち、「企業による不動産の利活用ハンドブック[2](PDF形式)」を参照されたい。
1. 地域貢献・地域活性化に寄与する活用事例
◆市民のサードプレイスを創る/アルファコート株式会社(北海道恵庭市)
◆まちに開かれ愛される場をめざして/𠮷原住宅有限会社(福岡県福岡市)
◆地域に根ざした賑わい創出(シェアハウスへのリノベーション)/株式会社アイワ不動産(静岡県静岡市)
◆官民連携による復興公営住宅の整備/日鉄興和不動産株式会社(岩手県釜石市)
◆「ノキサキ貢献」で一石三鳥/西日本電信電話株式会社(大阪府大阪市)
2. 従業員の福利厚生を目的とした利活用事例
◆地場インフラ企業による新社屋建設~新しい価値創造へ向け社員のコミュニケーション活性化を重視/北海道ガス株式会社(北海道札幌市)
◆本社リノベーションに込められたメッセージ/株式会社トライアルカンパニー(福岡県福岡市)
◆商業施設で働くママ達が安心して長く働ける環境に向けて/静鉄プロパティマネジメント株式会社(静岡県静岡市)
◆脱・3Kを掲げ新工場建設(社員が誇れるオシャレな職場へ)/株式会社大森(宮城県気仙沼市)
3. 防災・BCP(事業継続)を目的とした利活用事例
◆地域密着企業が社会に「安全」を還元する~地場企業が提供する防犯・防災の拠点「安全の駅」/植村建設株式会社(北海道赤平市)
◆次世代エネルギーを活用したまちづくり(再生可能エネルギーと防災対応)/鹿児島県薩摩川内市×九電みらいエナジー株式会社
◆地元自治体との連携により地域防災に貢献/学校法人東北学院(宮城県仙台市)
◆災害対策拠点としての機能も備えた独身寮の整備/常石造船株式会社(広島県福山市)
国土交通省のこれまでのCREへの主な取り組みと筆者の関わり
ここで国土交通省のこれまでのCREへの主な取組について簡単に振り返るとともに、それへの筆者の関わりについて言及しておきたい。
国土交通省では、CREという言葉が産業界に未だ普及していなかった、2006年に「企業不動産の合理的な所有・利用に関する研究会(CRE研究会)」をいち早く立ち上げ、CREの現状・課題や今後のあるべきCRE戦略について先駆的な検討を行った(4)。同研究会の事務局業務は弊社が受託し、筆者がプロジェクトマネージャーを担当した。
同省は、続いて企業がCRE戦略を実践する際の実務的な指針および参考となる資料集として『CRE戦略を実践するためのガイドライン・手引き(初版)』を2008年に公表し、その後2009年および2010年に矢継ぎ早に改訂を行った(5)。筆者は、CRE研究会ワーキンググループ委員として同ガイドライン・手引きの作成に参画し、「事例編」の執筆を担当した(事務局は一般財団法人日本不動産研究所が担当)。
その後、同省は、企業不動産のオフバランスなど、直接的な企業価値向上に結びつく取組だけでなく、人材確保や企業イメージの向上、環境配慮などを通じて企業価値向上を目指す企業不動産の活用事例を共有するなど、地方における企業不動産の活用に役立つ情報を提供するセミナーとして、「企業不動産の活用のためのセミナー」を2018年10月・11月に札幌、福岡、静岡、仙台にて主催・開催した(事務局は(一財)日本不動産研究所が担当)(6)。自社所有の不動産の活用を考えている方々(経営者、役員、不動産管理・運営の責任者など)を聴講対象とする同セミナーは、地域の幅広い業種の大企業や中堅・中小企業などの聴講者を集め盛況であった。筆者は、前述の「CRE研究会」の立上げや『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画し、またCRE戦略の重要性をいち早く主張し、これまで調査研究活動を通じて微力ながらその普及啓発に努めてきたことが評価され、「これからの世の中に求められるCREとは?」と題した単独講演を行う、大変光栄な機会を頂いた。
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(4)CRE研究会の検討内容については、以下のURLを参照されたい。
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/03/030427_.html
(5)初版および改訂版は、以下のURLを参照されたい。2010年改訂版にて名称が『CRE戦略実践のためのガイドライン』に統一された。最新の書籍版は、国土交通省 合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会)編著『CRE戦略実践のために─2010改訂版─』住宅新報社2010年。
http://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk5_000113.html
(6)セミナーの開催案内については、以下のURLを参照されたい。
http://www.reinet.or.jp/?p=21184
筆者によるハンドブック寄稿文「地域活性化に向けた不動産の利活用」の概要
以下では、筆者が国土交通省『企業による不動産の利活用ハンドブック』の発刊に寄せて寄稿した、34ページに及ぶ論考「地域活性化に向けた不動産の利活用」の概要・ポイントを目次に沿って紹介したい(7)。寄稿文の目次は、以下の通りである。
1.地方圏での不動産市場の課題
1|社会課題・地域課題解決に向けて期待が高まるESGへの取組
2|社会的ミッション起点のCSR経営・ESG経営の重要性
3|企業不動産はCSR経営・ESG経営を実践するためのプラットフォームに
4|地域活性化に向けた不動産の利活用は中堅・中小企業にとっても重要
2.CSRやESGの推進に向けて求められる産学官民連携の推進
1|産学官民連携が必要となる背景
2|ESGやSDGsの推進に向けた街づくりの在り方~サステナブル・クリエイティブシティの構築
3.地方における企業の不動産戦略の在り方~「三種の神器」の導入を!
1|企業不動産戦略とは?
2|企業不動産戦略実践のための「三種の神器」
3|企業不動産マネジメントの一元化
4|先進的・創造的なワークプレイスとワークスタイルの重視
5|アウトソーシングの戦略的活用
4.むすび
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(7)ハンドブック全体の概要版については、注記1のハンドブックのURLに掲載されている添付資料のうち、「企業による不動産の利活用ハンドブック概要版(PDF形式)」を参照されたい。
●地方圏での不動産市場の課題
(1) 社会課題・地域課題解決に向けて期待が高まるESG・SDGsへの取組
- 国連の責任投資原則(PRI)に署名する機関投資家が増加するに伴い、持続可能な社会の構築と企業の中長期的な成長に向けて、投資家が投資先企業に対してESGへの配慮を求める動きが世界的に拡大している。また、国連のSDGsが国際社会全体の開発目標として共有され、経済・社会・環境をめぐる広範な課題に総合的に取り組むことが重要とされている。
- 一方、我が国では、人口減少・少子高齢化、環境・エネルギー(地球温暖化、廃プラスチックなど)、防災減災・インフラ老朽化対策、交通・モビリティ、健康・医療・福祉、情報セキュリティ、地域・都市の再生・活性化などが喫緊の課題となっている。
- 多様で複合化した我が国の課題とESGおよびSDGsは、重なり合う部分が非常に多いため、我が国の社会課題・地域課題を解決するためにも、企業を中心に産学官の連携によって、ESGおよびSDGsへの取組を強力に推進することが求められる。