商品供給リスク

つづいて、商品供給時のコンダクトリスクについてみていこう。

●商品を組み合せて提供する際は、顧客の利益保護を重視すべき

主契約と特約、または複数の保障ブロックを組み合わせて、顧客に提供することが行われている。これらの組み合わせ提供は、顧客利益の保護の問題を増幅させかねない。

まず、複数の保障に加入することで、保障が複雑化し、顧客の保障ニーズに合わなくなる可能性がある。顧客が加入している保険の内容を十分に認識していない「契約認識リスク」を引き起こす恐れもある。これは、過少保険、超過保険、二重保険といった問題につながりかねない。

さらに、商品のバンドリングと保険会社グループ内でのクロスセリングが適正な販売競争を失わせたり、過度の市場支配を誘発したりする可能性もある。(つぎの債務返済補償保険のケースを参照。)

コンダクトリスク
(画像=ニッセイ基礎研究所)

●情報の非対称性を減らすために、継続的な情報開示が必要

一般に、保険には、保険会社と顧客の間で情報の非対称性があるといわれる。従来、この非対称性は、主に保険の仕組みに関する情報にあった。近年、顧客から健康診断結果を毎年保険会社に提出してもらうことなどにより、健康状態など顧客のリスク状況にまで、非対称性が拡大しつつある。

情報の非対称性の問題を、一気に解決する方策はない。保険会社が継続的に情報開示を行うことで、この問題が軽減されていくといわれる。その場合、ただ大量の情報を開示するだけでは、情報過多となり、顧客の利益にはつながらない。開示の形式、方法、タイミングなどに留意することで、顧客の理解を高めるよう、的確な情報提供を行うことが求められる。

●不適切な販売を防ぐために、顧客のニーズを査定することが必要

通常、保険の引き受けにあたって、保険会社や代理店は顧客のリスク状況などの適格性の査定を行う。しかし、顧客ニーズの査定は不十分なこともある。その結果、顧客の保険加入目的、財務状況、金融・保険商品に関する知識や経験を踏まえずに、保険を提供することが生じかねない。このことは、特に、資産運用商品で顕著となる。

コンダクトリスク
(画像=ニッセイ基礎研究所)

●代理店への販売手数料体系がコンダクトリスクの原因となることもある

保険会社が代理店に支払う販売手数料の体系が、顧客の利益と不整合を起こすと、コンダクトリスクの原因となることがある。たとえば、既に加入している保険契約を切り替えることで、最新の保障が得られる、保険料が安くなる、などの顧客の利益が生じることがある。しかし、切り替えに対する販売手数料がわずかであれば、代理店が切り替えを勧めるインセンティブは低いものとなろう。

商品管理リスク

さらにつづいて、商品管理時のコンダクトリスクについてみていこう。

●販売後の保険商品のモニタリングが顧客の利益を評価する際のカギとなる

一般に、保険は長期間に渡る契約である。販売して終わりというものではなく、むしろそこから保険会社と顧客の関係が始まるといえる。販売後の保険商品のモニタリングにより、保障内容の変更や販売停止、損失を被った顧客に対する補償などの措置が可能となる。モニタリングを通じて、保険商品の機能強化が検討されることが理想的といえる。

●給付支払の事務処理は顧客の利益に大きく影響する

顧客にとって、効率的な給付の支払いは重要だ。冗長な請求手順、不当な支払遅延、支払拒否の際の不十分な説明などから、顧客の利益は著しく損なわれることがある。保険会社は、事務の効率性を、支払件数、支払拒否件数、未解決件数、平均支払期間などの指標を通じて把握すべきだろう。

●顧客の苦情処理はコンダクトリスクそのもの

顧客が保険商品やサービスについて不満を持つ場合がある。不満が高じると、保険会社に対して苦情が寄せられることとなる。個々の苦情に対する保険会社の対応が、コンダクトリスクへの取り組みにおいて重要となることは言うまでもない。

保険会社のなかに、顧客の苦情を否定的にとらえるカルチャーがあると、顧客対応が滞ったり、不適切な対応をとったりすることで、顧客の不利益につながりやすくなる。

また、そもそも顧客の苦情を苦情と認識せず、初期段階の対応が後手に回ることもありうる。顧客の不満の表明は、正式な苦情としてだけではなく、カスタマーサービスへの電話、顧客アンケートへの回答、ソーシャルメディアへの投稿など、さまざまな形で浮かび上がってくる。保険会社はこうした情報源への感度を高め、潜在的な問題の大きさを見極める必要がある。

おわりに (私見)

EIOPAのレポートを参考に、コンダクトリスクへの取り組みについてみてきた。一つひとつのリスクの内容を振り返ってみると、どれもとりたてて目新しいものではなく、当たり前といえるものが多いようにみえる。いま、コンダクトリスクが注目されている背景には、その当たり前のことを、実行しにくくなっている状況があるものと思われる。

デジタル革命により、保険募集において、顧客のさまざまな情報を収集・分析し、それに基づいて適正な活動を行う素地はできつつある。また、顧客とのコミュニケーションには、電話、メール、ソーシャルメディア等、さまざまなツールが整備されてきている。

しかし、情報量が増大し、コミュニケーションツールが幅広く整備されるほど、かえって顧客とのコミュニケーションが疎かになるという皮肉な展開も考えられる。これは、顧客情報の収集・分析に注力するあまり、いつしかその作業がルーチン化してひとり歩きを始めてしまい、顧客との適正なコミュニケーションという本来の目的が忘れ去られてしまうことによる。その結果、コンダクトリスクは、むしろ増大してしまう恐れがある。

今後のコンダクトリスクへの取り組みは、顧客の利益を守るというカルチャーを社内にどのように確立するか、そのカルチャーを従業員一人ひとりにいかに浸透させるか、ということに力点が置かれるべきと考えられる。

引き続き、保険会社のコンダクトリスクへの取り組みについて、注目していきたい。

篠原拓也(しのはら たくや)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

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