企業経営で収益を上げるために経営者はさまざまな事業リスクに立ち向かわなければならない。その際に念頭に置いておきたいことが事業リスクだ。事業リスクにはさまざまなものがあるため、経営者としては事前に内容を把握しておくことが重要である。そこで今回は事業リスクの種類と具体例および回避するための管理方法について解説する。
事業リスクとは?
企業が事業を営む際には、さまざまな事業リスクに必ず直面するだろう。ここでいう事業リスクとは、理論的に損益が上振れたり下振れしたりすることをいう。ただし一般的には、損益が下振れする可能性のことを「リスク」と捉えることが多いため、事業リスクとは悪いイメージを伴って損失が発生する可能性と理解すればよいだろう。
事業リスクが大きいとは、事業を通じて大きな損失が発生する可能性が大きいことを意味する。その大きさによって事業リスクは、事業の存続の危機をもたらすものであるため、そのリスクの低減、回避が企業にとって重要な課題だ。収益やリターンを獲得するには、投資も必要でありその回収ができなくなる可能性は常に伴う。回収ができない場合は損失が発生する。
したがって事業を営むためには事業リスクと直面することが不可避だといえるだろう。事業リスクを取らない事業であれば大きな成長は期待できない。なぜなら「ローリスク・ローリターン」である一方で「ハイリスク・ハイリターン」だからである。
事業の経営成績が悪化する3つのリスク
経営成績が悪化する可能性がある3つの事業リスクは以下の通りだ。順番に解説していく。
・利益が減少するリスク
・景気変動による生じる事業リスク
・社内の経営のやり方によって生じる事業リスク
利益が減少するリスク
経営成績とは、事業活動の結果として報告される損益のことをいう。経営成績が悪化するリスクとは、売上の減少に伴い利益が減少する可能性のことである。利益が大きく減少すると損失が発生することもあるだろう。経営成績が悪化する原因は、大きく内部経営環境と外部経営環境の2つだ。内部経営環境では、商品・サービスの品質や価格など自社がコントロールすることができることが原因となる。
一方、外部経営環境では景気変動や自然災害など自社がコントロールすることができないことが原因だ。
景気変動による生じる事業リスク
企業が経営環境の変化や顧客ニーズに対応できず商品・サービスの売上が減少することもあるだろう。外国為替や市場金利など世界情勢や経済環境の変動によって景気は変動する。また技術革新の進展によって顧客ニーズは大きく変化するだろう。市場の需要動向に適合するような商品・サービスを提供することができなくなれば損益は悪化することになる。
消費税率のアップのように需要の減少を招くような法令の改正も商品・サービスの売上を減少させる原因の一つだ。2019年に実施された「消費税率の引き上げ」「パート・アルバイト社員の最低賃金の引き上げ」「働き方改革による人件費など高騰」など商品・サービスに対する原価が増加することで損益が悪化するケースがある。
市場の競争環境の激化も大きなリスクとなるだろう。自社と同じ商品・サービスを販売する競合他社が増えることで価格引き下げ競争など収益性が悪化するリスクがある。価格競争に勝ち続けられれば良いが負けてしまうと事業の存続の危機に陥ってしまう。大企業が資金力を生かして価格競争を仕掛けると多くの中小企業が倒産することになるかもしれない。
得意先やグループ内の販売先の業績不振が自社の損益を悪化させることもある。特に大手企業グループの下請けで部品を生産している中小企業にとって得意先の動向は大きな事業リスクの一つだ。少数の得意先に売上が偏っている場合には、事業リスクが大きくなる。得意先が大企業であっても不正会計問題などで突然に経営が悪化し自社の売上に対して想定外の悪影響をもたらす可能性もあるだろう。
社内の経営のやり方によって生じる事業リスク
経営者の事業運営の巧拙によっても損益が変動する。経営者の能力が原因といってもよいかもしれない。これも事業リスクの原因の一つだ。将来事業計画を甘く見積もって過度な設備投資を行う経営者がいたとする。そのような投資を行うと企業の資金繰りを悪化させ結果的に投資を回収できずに損失が発生する可能性が高まるだろう。
東芝のように原子力発電事業に対する投資の失敗によって倒産の危機に瀕するケースもある。また事業を多角化することで損益の改善を企図したものの結果として経営管理がおろそかになり本業の損益が悪化することも少なくない。ライザップグループのようにシナジー効果の乏しい会社を多数M&Aで買収することによって大きな損失が発生することがある。
不正会計問題など、ずさんな内部統制が顕在化し損益の悪化がもたらされる可能性もあるだろう。特に市場環境が厳しくなり社員に無理な売上拡大や経費削減が強要されるような場合には、内部統制機能が効かなくなることが多い。その結果、粉飾決算が行われ突然の倒産を招くこともあるのだ。従業員の退職も内部的な事業リスクの一つである。従業員は、企業にとって重要な経営資源だ。
事業価値の大部分を公正する経営資源であるといっても過言ではない。有能な社員を多数抱える企業であっても処遇や給与水準の低さが原因で競合他社に社員を奪われてしまうこともある。結果として損益が悪化するだろう。また業界全体が低迷するような状況によっても他業界へ人材が流出し結果として損益悪化が加速する事態が発生する。現在の日本の金融業界がこのような状況にあるといえるだろう。
事業のイメージが悪化するリスク
企業イメージは、重要な経営資源である。ブランドなど無形の経営資源ではあるが競争力の源泉となっているケースが多い。この企業イメージを悪化させてしまうことも事業リスクとなる。企業イメージを悪化させるケースには、「顧客ニーズに適合しない古い経営体質」「コンプライアンス違反」などがある。
顧客ニーズに適合しない古い経営体質
自社が長年販売し続けてきた商品・サービスであっても経営環境の変化や顧客ニーズに適合させて変化に応じた修正や変更を施さなければブランド力を維持することはできない。ターゲット顧客やマーケティング手法を綿密に調査したうえで商品・サービスを提供しなければ、「古い企業」であるとして企業イメージが低下することになる。
内部経営環境の悪化に伴うコンプライアンス違反
風評被害のような外部経営環境だけではなく内部経営環境においても企業イメージの悪化が生じるケースがある。例えば内部統制機能が効かなくなってしまい不正が行われるリスクだ。近年厳しくなってきているのが法令違反の問題である。一人の社員が起こした不祥事が企業の存続に影響を与えるケースも少なくない。
例えば競合他社の商品を真似した商品を作って商標権などの知的財産権を侵害してしまうことで他社から訴訟を提起されるケースがある。訴訟に発展しなくてもコンプライアンス違反が発生すると大きな風評被害になりかねない。経営管理の欠陥によって顧客からの信頼を失墜させ企業イメージが悪化するケースも多く見られる。
企業イメージの悪化は、損益の悪化だけにとどまらず社会的信用の低下や社員のモラルの低下をもたらしかねない。最悪の場合には、行政指導で業務停止命令を受けたり民事責任や刑事責任が生じたりするおそれもある。ここまで事態が悪化すると企業の存続も危うくなるだろう。
事業の製品から事故が発生するリスク
企業が製造業を営む場合、その製品の製造における事故、欠陥製品を販売することによるリコールなどが原因となって損益を悪化させることがある。消費生活用製品安全法第2条5項では、製品事故について以下のように定義している。
“消費生活用製品安全法第2条5項
一 一般消費者の生命又は身体に対する危害が発生した事故
二 消費生活用製品が滅失し、又はき損した事故であつて、一般消費者の生命又は身体に対する危害が発生するおそれのあるもの”
出典:電子政府の総合窓口e-Gov(イーガブ)
例えば製品を購入した利用者が死亡したり病気になったりした場合だ。また製品の発火によって火災が発生し利用者に損害を与えてしまうような事態も製品事故となる。発火事故に伴う一斉リコールなど重大な製品事故の事例も多い。製品から事故が発生する原因として設計上、製造上の問題があるケースが考えられる。
製品の設計や製造における不良、品質管理の不備などが原因となって事故が発生するケースがある。また利用者への注意喚起や取扱説明書に不備があって誤った使用方法が行われてしまうケースもあるだろう。使い方も事故発生に影響を与えかねない。もともと設計不良や製造不良、メーカー側の品質管理の不備が問題であったとしても、それらに加えて利用者の使い方の誤りが重大な事故をもたらすケースもあるのだ。
さらに製造後、長期間が経過し、その長期の使用によって製品の性能が劣化するケースもあるだろう。製品の経年劣化により製品事故が生じるのである。こうした製品事故が起きないよう利用者が注意すれば問題ないが家電製品など継続的に使用する製品の場合には、自ら点検し保守することが困難であるため、メーカー側の責任とされる可能性が高い。
製品事故によって利用者が死亡または重大な障害を被った場合、刑事上の責任として業務上過失致死傷罪となる可能性がある。その製品が不良品であることを認識して販売していた場合はもちろん不良品であることを認識できずに放置した場合にも刑事責任は発生する。また刑事責任だけでなく民事上の責任も追及されることもあるだろう。これらは、極めて深刻な事業リスクであると捉えなければならない。
事業用施設や情報の管理不備で事故が発生するリスク
施設やデータ管理の不備で事業リスクとなることもある。ここでは以下の2つの事業リスクについて確認していこう。
・事業用施設に伴う事業リスク
・データ流出によって生じる事業リスク
事業用施設に伴う事業リスク
会社が所有する事業用施設(建物)で、その管理不備が原因となって発生する事故についても事業リスクとして認識しなければいけない。事業用施設の管理の不備によって発生する事故として建物の火災がある。オフィスビルの火災では、「火災報知機を設置していなかった」「避難器具を設置していなかった」などによって死傷者を出してしまうことも少なくない。
また化学工場の火災によって近隣に甚大な被害を与えるケースもある。小売店の看板を設置している留具が破損して看板が落下し通行人にケガをさせてしまうケースもあるだろう。いずれもそれら事業用施設を管理している企業の責任が問われる。利用者が死亡したり重大な傷害を負わされたりすることになれば企業は業務上過失致死傷に問われるだけでなく民法の損害賠償責任が追及されることもあるのだ。
データ流出によって生じる事業リスク
近年、個人情報や顧客情報などの機密情報が流出する事件が多数発生している。このような情報漏えいを防止する管理体制を設けているとはいえ情報漏えいやデータ紛失の事故の件数は、増加傾向だ。しかも内部統制組織を整備した上場企業からも情報漏えいやデータ紛失の事故が発生しているのである。報道された事故の中には、100万件以上の個人情報が流出した事件もあった。
これらは極めて大きな事業リスクであるため企業規模や保有する情報量にかかわらず内部管理体制の強化が求められてきている。情報漏えいやデータ紛失の事故は、なぜ増えているのであろうか。いくつか原因はあるが一つは人為的なミスだ。メールやファックスの送信先を間違えたり添付ファイルを間違えたりするなど人為的な不注意から甚大な情報漏えいにつながるケースがある。
また機密情報のファイルを保存したモバイル・パソコンを外部に持ち出して移動中の電車内に置き忘れたり紛失したりするという事故も多い。パソコンであればパスワードで守られているかもしれない。しかし書類そのものを紛失したりUSBメモリを紛失したりすると情報漏えいを防ぐことが困難となる。治安の悪い海外であると盗難によって奪われるケースもあるだろう。
これを防ぐには、パソコンや書類を社外へ持ち出さないようにしなければいけない。自宅に仕事を持ち帰るような場合には、リモートで安全なネットワーク環境内で作業すべだ。やむを得ず持ち出すデータがあるときには、データを暗号化するなどのセキュリティ対策が必要である。もう一つ考えられるのは外部からの攻撃だ。
パソコンのセキュリティを乗り越えてコンピュータ・ウイルスが侵入し、そのウイルスの動作によって機密情報が流出するケースが考えられる。近年はセキュリティ技術が向上しウイルス感染の事故の数は減少傾向だ。しかしこの事故が発生した場合の情報の流出量は大きく、その被害が著しく大きなものとなる。
これを防ぐには、パソコンのセキュリティ体制を強化するしかない。ウイルス対策ソフトをインストールするだけでなく社員には出所のわからないメールの添付ファイルは開かせない教育は不可欠であろう。いずれにしても取引先に損害を与えれば賠償責任を追及されることもあるのだ。情報漏えいは重大な事業リスクなのである。
企業として情報管理に関する規則を設け、それを社員に遵守させるのは当然であるが、それでも事故が発生する場合には、情報管理規則の見直しが必要であろう。また社員の情報管理の意識を高めるため、定期的に研修やテストを実施することも必要だ。情報漏えいは甚大な事業リスクをもたらすものとの認識を持ち常に機密情報を守る意識を持つことが重要である。
事業リスクを管理する方法は?
経営リスクを管理する方法は主に3つある。順を追って内容を押さえていこう。
・リスク回避(リスク破棄)
・損害発生の防止と低減
・リスクの分離と分散
リスク回避(リスク破棄)
これは、事業リスクの原因を排除することであり「リスク破棄」と呼ばれることもある。新しく事業活動を行う場合、期待利益だけでなく事業リスクとそれが顕在化したときの損失額も予測しておくことが必要だ。しかし期待される利益と損失を比較衡量して利益よりも損失の期待値のほうが大きいのであれば事業そのものから撤退するという意思決定もあるはずだ。
事業活動を実施するから事業リスクに直面するのであれば逆に事業活動を行わなければ事業リスクを負う必要がないのである。つまり事業活動を止めておけば事業リスクは回避できるという考えだ。これは、事業リスクをゼロまで低減させる唯一の方法であろう。
損害発生の防止と低減
第二に、損失の発生を防止する手法がある。事業リスクの発生を防ぐことはできないが、発生したときに被る損害を最小化するものである。具体的な手法は、損害保険契約となる。損害保険に加入しておけば、事業リスクが顕在化して損失が発生したとしても、その損失を保険金がカバーしてくれる。つまり、損失額を小さくすることができるのだ。
リスクの分離と分散
リスクの分離や分散という手法だ。例えば得意先が1社しかない場合、その1社から取引を打ち切られてしまったら売上がゼロになってしまう。そこで1社当たりの売上を減らすことになっても得意先の数を増やしておけば得意先1社との取引がなくなってしまっても売上がゼロまで落ちることはない。これは営業の基本ともいえるだろう。事業リスクを認識し売上が減少するリスクを分散するのである。
文・岸田康雄(税理士)
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