経営者である中小企業の社長や個人事業主が住宅ローンを組む際の手続きは、会社員などの場合と違うのだろうか。また、審査で特別にチェックされる項目などはあるのだろうか。今回は、経営者が住宅ローンを組む際の手続きや審査方法、注意点などを解説する。
経営者が住宅ローンを組む際の必要書類は?
住宅は、個人にとって数千万円単位の支出を伴う大きな買い物だ。自己資金で購入できればいいのだが、多くの場合は金融機関から住宅ローンを借り入れて購入することになる。
返済は30年や35年など長期間に渡るケースも多く、借入額や金利によっては返済総額が住宅の価格を大きく上回ることもある。住宅ローンは家計に大きなインパクトを与える支出なので、事前に借入額・返済年数・金利・毎月の返済額・総返済額・完済年齢などを試算し、購入後の家計を確認した上で購入を進める必要がある。
融資を行う金融機関は、申込者に住宅ローンを返済できる「弁済能力」があるか、また購入する住宅に十分な担保価値があるかなど、申込者と物件の属性を見極めた上でローン契約を締結するかどうかを判断する。そのために審査があるわけだが、まずは経営者が住宅ローンの審査を受けるために必要な書類について説明しよう。
住宅ローンの審査には「事前審査」と「本審査」がある。審査方法は金融機関によって異なるが、事前審査では主に申込者個人の返済能力について審査が行われる。年収に対する住宅ローンの年間返済額の割合である「返済負担率」や、住宅ローン以外の借入の有無などがチェックされる。本審査では事前審査よりも詳細な審査が行われ、申込者の健康状態や年収、借入時・完済時の年齢、雇用形態・勤続年数・業種、物件の担保価値などがチェックされる。
ここでは民間金融機関の窓口で本審査をする際に必要な書類について説明するが、金融機関によって必要書類が異なる場合があるので注意していただきたい。
1. 住宅ローン借入申込書
申込書には、氏名・現住所・会社名などの個人情報や、物件情報、借入希望額などを記載する。団体信用生命保険に関する申込書も併せて提出する。
2. 所得証明関係書類(法人の経営者)
1.会社の決算書(付属明細を含めたすべてのページ)のコピー。直近3期分を求められることが多い。
2.直近の源泉徴収票の原本。直近3期分を求められることが多い。
3.住民税決定通知書または課税証明書などの原本(給与総額と課税額がわかる書類)。
確定申告を行っている場合は、以下の書類も必要になる。
4.確定申告書(付表を含めたすべての申告書類)のコピー。税務署の受付印のあるものが必要になる。直近3期分を求められることが多い。
5.納税証明書の原本。こちらも直近3期分を求められることが多い。
上記書類のほか、法人税・法人事業税の納税証明書の提出が必要になることもある。
3. 所得証明関係書類(個人事業主)
1.直近3年分の確定申告書(付表を含めたすべての申告書類)のコピー。税務署の受付印のあるものが必要になる。
2.直近3年分の納税証明書の原本
4. 本人確認書類など
1.印鑑証明書の原本。発行後3ヵ月以内のもので、申込時とローン契約時に1通ずつ、計2通必要になる。
2.金融機関届出印と実印
3.住民票の写しの原本。発行後3ヵ月以内のもので家族全員の記載があり、本籍と個人番号(マイナンバー)の記載のないものが必要になる。
4.有効期限内の運転免許証またはパスポート、または個人番号カードなど
- 有効期限内の健康保険証
5. 購入物件に関する書類
購入する住宅が一戸建て(土地+建物)か、一戸建て(建物のみ)か、マンションかで必要書類が変わってくる。
1.不動産登記簿謄本(発行後3ヵ月以内のもの)
2.案内図・住宅地図
3.売買契約書
4.重要事項説明書
5.間取図等が確認できるパンフレットなど
6.工事請負契約書・見積書
7.建築確認済証または建築確認通知書
8.固定資産税評価証明書
9.地積測量図・公図
10.価格表・建築概要
審査結果は1~2週間程度で出ることが多い。審査に通ればローン契約を締結し、融資が実行されると住宅ローンの返済が始まる。
経営者の住宅ローン審査の方法は会社員とは違う?
以上のような書類金融機関に提出し、審査が行われることになるが、会社員・公務員などの「給与所得者」との最大の違いは「所得証明関係書類」の内容である。給与所得者の場合、源泉徴収票と住民税決定通知書や課税証明書などを提出するが、原則直近のものを提出すれば良く、過去数年分を提出することはほとんどない。
これに対して経営者の場合は、過去3年分の源泉徴収票や確定申告書を提出することが多い。提出書類が多い分チェック項目も増えるため、審査は会社員・公務員などよりも厳しいと言えるだろう。
これは、経営者が一定期間安定した収入を得ていて、今後もその収入が継続的に得ることが見込めるかどうかを金融機関が判断するためだ。また給与所得者は雇用保険や労災保険に加入していて、万が一失業や業務上での事故などがあっても保険給付を受けられるが、経営者にはそのような補償がない。
金融機関から見ると経営者は給与所得者よりも不安定であり、これが審査が厳しくなる理由と考えられる。
給与所得者の場合は、源泉徴収票に記載されている「支払金額」すなわち「額面年収」をもとに審査が行わるが、経営者の場合は確定申告書に記載された「収入金額」ではなく、そこから様々な経費を差し引いた「所得金額」をもとに審査が行われる。経費が多いほど所得金額が少なくなるため、節税のために経費を増やしている場合でも、それが審査に影響する。
所得金額が3年間黒字であることが融資条件の一つと言われているが、黒字でも所得金額にばらつきがある場合は審査に通らないことがある。3年間の平均所得額をもとに審査が行われることが多いため、直近1年だけ業績が良く所得金額が高くても、審査で有利になるとは言えない。繰り返しになるが、経営者の場合は安定的な収入が審査基準の一つになっている。
住宅ローンを申し込むすべての人に言えることだが、住宅ローン以外に自動車ローンやクレジットカードのリボ払い、携帯電話などの割賦払いなど、毎月返済を行っているものがある場合も審査に影響する。前述の「年間負担率」は、所得金額に対する住宅ローンとこれらの年間返済額の合計をもとに計算され、それをもとに融資額が決定されるため、融資額が少なくなってしまう可能性がある。できるだけこれらを完済しておくことで、審査に影響するものをなくしておきたい。
公共料金や税金・社会保険料の滞納、クレジットカードや各種ローンの延滞履歴なども審査に影響する。このような様々な支払いに関する情報は「信用情報」と呼ばれているが、金融機関は審査において信用情報を活用していると言われている。自身の信用情報は「信用情報機関」に問い合わせをすれば確認できるため、思い当たることがある場合は事前に確認をしておいたほうがいいだろう。
このように経営者は審査で収入をシビアにチェックされ、安定的・継続的な収入を得ているかどうかが問われる。よって住宅購入は短期間で行うのではなく、複数年かけて行うことも視野に入れたほうがいいだろう。その間に所得を安定させ、他の返済がある場合はできるだけ完済し、収支を改善することで審査に通りやすくするのだ。その結果融資枠が広がる可能性もあり、自己資金(頭金)も準備できれば借入額も抑えられるので、審査でも有利になる。
会社の業績がローン審査に影響する?
法人の経営者の場合は、個人の所得や支払い履歴がチェックされるだけでなく、直近3年分の決算書の提出を求められ、会社の財務内容なども審査される。経営者個人の給与が高くても、会社の業績が不安定であったり赤字が続いていたりする場合は、経営者個人の今後の所得にも影響してくるため審査では不利になる。
法人が融資を受けていて社長個人が保証人となっているケースでは、審査ではマイナスとなることがある。生命保険・セーフティー共済・オペレーションリースなどで法人税の繰り延べや相続税対策を行っている場合も注意が必要だ。法人がどれくらいの利益を上げているかも審査でチェックされるため、住宅ローンを申し込む前は過度な対策はしないほうがいいだろう。
業績の良い時期と住宅購入の時期を合わせることは難しいが、住宅ローンはできるだけ決算書の内容が良い時期に申し込むほうが、審査に通りやすいだろう。また住宅購入の計画を立てる際は自己資金の準備についても計画を立て、できるだけ借入額を少なくするようにしたほうが審査でも有利になる。また返済期間を短くすると、金融機関にとっては資金回収期間が短くなるメリットがあるため、審査で有利に働くことがある。
経営者が通りやすい住宅ローンはあるのか
経営者でも審査が通りやすい住宅ローンはあるのだろうか。民間の金融機関の審査方法は前述のとおりだが、最後に住宅金融支援機構の「フラット35」について説明しよう。
フラット35とは?
フラット35は、住宅金融支援機構と民間金融機関が提携して提供している住宅ローンである。フラット35を取り扱う全国の民間金融機関が窓口となっており、返済期間は最長35年で返済期間中は金利が変わらない全期間固定金利の住宅ローンだ。融資にあたって、個人だけでなく購入する住宅についても審査が行われるのが特徴である。住宅金融支援機構が定めた技術基準に適合する住宅で、一戸建ては70平方メートル以上、マンションは30平方メートル以上の要件を満たす必要がある。
また民間金融機関の住宅ローンは「団体信用生命保険」への加入が原則必須だが、フラット35では加入するかどうかを選択できる。このため、健康に問題がある場合はフラット35でローンを組むケースもある。
返済期間中は金利が変わらないので、返済計画や住宅購入後のライフプランが立てやすい。また購入する住宅が、「省エネルギー性」「バリアフリー性」「耐震性」「耐久性・可変性」といった基準を満たす場合に10年間または5年間金利が下がる「フラット35S」という制度もある。
フラット35の審査に必要な書類は?
審査には、民間金融機関と同じく各種書類の提出が必要になる。窓口となる金融機関によって異なる場合があるが、正式審査で必要になる書類は以下のとおりだ。
1.金融機関で用意されている書類
・借入申込書
・今回の住宅取得以外の借入内容に関する申出書(兼 既融資完済に関する念書)
・フラット35同意書(正式申込)兼確認書
・機構団体信用生命保険書類(加入する場合のみ提出)
2.申込者本人が用意する書類
【給与所得のみの場合(借入申込年度の前年および前々年分が必要)】
・特別徴収税額の通知書
・住民税納税通知書
・住民税課税証明書等の公的収入証明書
【給与所得以外に収入がある場合(借入申込年度の前年および前々年分が必要)】
・納税証明書(所得金額用)
・確定申告書
・運転免許証
・健康保険証
・住民票(原本/発行後3ヵ月以内のもの)
・売買契約書
・重要事項説明書
・住宅地図
・住宅の登記事項証明書
・土地の登記事項証明書
民間金融機関の住宅ローンとの違いは、法人の経営者でも決算書の提出を求められないケースが多いことだ。会社の財務内容や業績などが審査の対象にならず、個人の収入を証明する公的書類のみで審査が行われるため、借り入れがしやすいと言える。
経営者個人の年収については、原則として民間の金融機関と同様に、給与所得のみの場合には「額面年収」、確定申告をしている場合には「所得金額」をもとに審査が行われる。ただし年収に対する「年間負担率」は所得金額によって変わり、400万円未満は30%以下、400万円以上は35%以下の条件を満たせば申し込みができるため、所得金額が少なくても審査に通る可能性がある。
住宅ローン以外のローン返済がある場合は、その金額を考慮して年間負担率が決まるのは民間金融機関の住宅ローンと同じだ。できるだけ申込前に完済し、借入額の枠を増やしておきたい。
金利は前述のとおり全期間固定で、購入住宅が技術基準を満たせば一定期間金利の引き下げがあるが、民間金融機関の変動金利と比較すると金利は高めだ。決算内容を鑑みて審査に通りそうな場合は民間金融機関とフラット35のどちらかを選ぶことになるが、業績があまり良くない場合はフラット35を検討するといいだろう。
様々な手続きや審査を経て住宅を購入した後は、長期間住宅ローンを返済していくことになる。返済開始後は一定期間「住宅ローン控除」が受けられ、年末の借入残高に応じて計算された金額が所得税から控除されるため、個人の税負担が軽くなる。最後に、住宅ローン控除額をまとめておこう。
住宅借入金等特別控除(住宅ローン控除)
居住の用に供した年 | 控除期間 | 各年の控除額の計算(控除限度額) |
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2019年10月1日から2020年12月31日まで | 13年 | 【消費税率10%で住宅取得】 ・1~10年目:年末残高等×1%(40万円) ・11~13年目:以下のいずれか少ない額 1.年末残高等〔上限4,000万円〕×1% 2.(住宅取得等対価の額-消費税額〔上限4,000万円〕)×2%÷3 ※住宅取得等対価の額:補助金および住宅取得等資金の贈与の額を控除しないこととした金額 |
10年 | 【消費税率8%で住宅取得】 ・1~10年目:年末残高等×1%(40万円) 住宅を消費税率8%・10%以外で取得した場合は20万円 |
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2021年1月1日から2021年12月31日まで | 10年 | ・1~10年目:年末残高等×1%(40万円) 住宅を消費税率8%・10%以外で取得した場合は20万円 |
基本的には年末のローン残高の1%が控除される(限度額40万円)。現状では2021年までの制度となっているが、延長される可能性があるので、実際に住宅購入を検討する場合はその年の制度について確認していただきたい。
経営者が住宅ローンを組む際は、給与所得者とは違う方法で審査が行われる。個人の収入のほか、事業の業績も安定させた上で住宅購入を検討していただきたい。
文・澤田朗(ファイナンシャル・プランナー)