●受発注管理

外食チェーンやそこに食品等を納入する業者にとって、日々の受発注は重要な業務の1つである。従来、電話やFAXで行っていた受発注の業務を、システム化して効率化を実現するSaaSがある。株式会社インフォマート(東証一部上場)が提供する「BtoBプラットフォーム 受発注」は、こうした受発注や伝票処理の業務をインターネット上で行える企業間取引のプラットフォームである。システム化による業務効率化や事務ミス・トラブルの抑制だけでなく、日々の受発注がシステム上でデータとして管理・蓄積されるため、売上・仕入状況のリアルタイムでの把握、店舗管理、買掛・売掛の早期確定等を可能にするという。同社によれば、2019年9月末における外食チェーン等買い手の利用企業数は2,991社、食品卸等売り手の利用企業数は35,784社に上る(9)。取引先からの紹介で導入するケースもあるようだ。いわゆるネットワーク効果(利用者が増えるほど、利用者の便益が増す)が働き、導入企業が増えていく可能性もある。

「受発注」以外にも、外食や食品業界でやり取りされる商品規格書の作成や受渡をインターネット上で行う「BtoBプラットフォーム 規格書」、あらゆる業種における請求書の発行・受取をインターネット上で行い、管理できる「BtoBプラットフォーム 請求書」等、提供するサービスの幅が広がりつつある。また、「BtoB プラットフォーム」のAPIを公開し、API連携によって他社の販売管理システム、会計ソフト等とのデータ連携ができるようにした。連携先を増やして、利用者の利便性を高めようとしている。

同社の開示資料には、「商流データ/受発注データや利用者へのアクセス、業界・事業知見を活用し、成果の収穫を開始」(10)、「企業のインフラシステムになるべく、既存システムの継続的なバージョンアップ、BIG DATA・AIの活用、さらに金融業界との連携を加速させ、Fintech関連における情報提供基盤の構築や新サービスの開発に努めてまいります。」(11)との記載が見られる。2019年4月には、GMOペイメントゲートウェイ株式会社と組んで、「BtoBプラットフォーム 請求書」を利用する企業の請求書をワンクリックで資金化できるサービスを2020年提供予定である旨を発表した。今後の動向が注目される。

------------------------
(9)株式会社インフォマート 四半期報告書(2019年12月期第3四半期)より
(10)株式会社インフォマート 2019年12月期第3四半期決算説明資料https://www.infomart.co.jp/ir/library/pdf/iro20191031.pdf
(11)株式会社インフォマート 2019年11月13日付ニュースリリースhttps://www.infomart.co.jp/news/2019/20191113.asp

●POSレジ

飲食店や小売店等で使うPOSレジにおいてもSaaSが登場している。POSレジとは、「何がどれだけ売れたか」といった販売情報を会計のタイミングで取得し、売上データとして集計・分析できるPOS(Point Of Sale)システムを搭載したレジスターのことである。リクルートグループ(以下、リクルートと称する)が提供する「Airレジ」は、iPadまたはiPhoneで使えるPOSレジアプリだ。会計や売上分析など、基本的なレジ機能が無料で使える。有料のレシートプリンターやキャッシュドロア(紙幣や硬貨を分別して入れる収納機器)等を購入して組み合わせれば、より便利に使うことが可能だ。また、有料のオーダーエントリーシステム「Airレジ ハンディ」を導入すれば、配席、注文、配膳、会計といった飲食店の一連のオペレーションをカバーできる。そして、「Airペイ」を導入すれば、専用のカードリーダー1台で主要クレジットカード、交通系電子マネー等によるキャッシュレス決済にも対応できる。同グループが提供する飲食店向け予約台帳・顧客管理アプリ「レストランボード」と連携させれば、顧客台帳に会計データを紐づけて蓄積できる。これまでアナログで管理していたものをデジタル化することで、面倒なレジ締め作業等の負荷が軽減し、売上データ等に基づいた経営判断が可能になる。

同グループでは、従業員のシフト管理を行う「Airシフト」、店舗の受付・順番待ちの管理システム「Airウェイト」等、事業者のバックオフィス機能をサポートするサービスの展開を進めている。株式会社リクルートホールディングスの開示資料(12)には、「今後は、当社グループが日本で全国的に展開する営業部門を通じて築いてきた企業クライアントとの強固な関係性を基盤に、中小企業のバックオフィス機能をサポートするSaaSソリューションの提供において、さらなる事業機会があると考えています。クラウドを活用したPOSレジ、予約管理、決済、人材マネジメントなど、小売店などの中小企業に提供しているさまざまな業務・経営支援サービスを、Air Business Toolsとしてより一体化し、既存広告事業とのシナジー効果を高めることで、メディア&ソリューションSBU(13)のさらなる成長に寄与します。」との記載が見られる。今後、成長戦略の一環として、SaaSビジネスの拡大を一層進めていくものと考えられる。

------------------------
(12)株式会社リクルートホールディングス 「統合報告書2019」
https://recruit-holdings.co.jp/who/reports/2019/pdf/ar19_annualreport_jp.pdf
(13)戦略ビジネスユニット(Strategic Business Unit)の略

デジタル時代の新しいビジネスへの示唆

本稿では、数ある日本のSaaSの一例を紹介してきたが、それぞれのサービスの特徴や各社の取り組みは、デジタル時代の新しいビジネスを考える上での示唆に富んでいる。改めて、ポイントを整理したい。

●データの活用

1つ目のポイントは、「データの活用」である。フリーが自社の強みの1つを「スモールビジネスの情報が蓄積されたビジネスプラットフォーム」であると表現しているように、利用者のデータが取得、蓄積されていく点にビジネスの可能性がある。データ活用は、利用者自身が自社の会計や売上等のデータを簡単に把握、分析できるようになるだけにとどまらない。利用者が、SaaSを提供する企業やその提携企業等に対して自社データの連携・活用を承諾すれば、データを活用した新しいビジネスが生まれる可能性がある。例えば、クラウド会計ソフトでは、会計データを活用した融資等の金融サービスに可能性が広がる。2019年9月に日本銀行が発行したレポート(14)においても、クラウド会計ソフト等の事例に触れ、「フィンテック企業による商流・決済情報へのアクセスが容易になっていくと、銀行の与信機能を代替・補完していく機会が増えていく」と、その可能性に言及している。クラウド会計ソフトと同様、受発注管理やPOSレジ等のSaaSでも、商流や決済のデータが取得され、蓄積される。実際、受発注管理のSaaSを提供するインフォマートも、商流データや受発注データを活用したビジネスを視野に入れていることがうかがえた。データの活用は、金融サービスや経営支援、マーケティングといった新たな事業を展開するチャンスとなる。

------------------------
(14)「フィンテックで加速する企業の商流・決済情報の利活用―与信機能のアンバンドリング―」、日本銀行 決済機構局 菅山靖史・田村裕子 著、2019年9月
https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2019/data/rev19j08.pdf

●サービス連携

2つ目のポイントは、「他社の様々なサービスとの連携(データ連携)」が行える点である。例えば、クラウド会計ソフト「freee」とPOSレジアプリの「Airレジ」を連携させると、POSレジアプリで管理されている売上データがクラウド会計ソフトに連携されて自動で記帳される。請求書の発行・受け取りを管理する「BtoBプラットフォーム 請求書」の利用者は、受け取った電子請求データをクラウド会計ソフトに取り込んで仕訳することができる。クラウド人事労務ソフトの「SmartHR」と他社のクラウド給与計算ソフトを連携させれば、クラウド人事労務ソフトで登録した従業員情報をクラウド給与計算ソフトに反映できる。会計や受発注等、業務ごとに複数のサービスを使う場合、いちいちデータをダウンロードして他に移し替える作業をせずとも、シームレスにデータが共有化されれば、利便性は高くなる。中小企業等にとって、会計、経理、給与計算、人事労務、勤怠管理、受発注、POSレジ等、複数のサービスを上手に組み合わせ、連携させて使うことで、大幅に業務の効率化を図ることができる。

通常、こうしたサービス連携にはAPI(Application Programming Interface)が利用されている。APIとは、「プログラムの機能をその他のプログラムでも利用できるようにするための規約」(15)のことである。A社が開発したサービス(プログラム)のAPIを外部に公開し、B社がそのAPIを活用すれば、B社が開発するサービスの中で、A社のサービスの機能やデータを呼び出して利用することができる。例えば、「食べログ」や「ぐるなび」等のグルメサイト・アプリでは、飲食店の所在地を示す地図の表示に「Google map」のAPIが活用されている。API公開、活用によって、他のサービスと連携させて利用者の利便性を高める、一部の機能は他社のリソースを活用することで自社の得意な領域に集中する、自社のリソースと組み合わせて新しいサービスを生み出す、といったことが可能になる。APIを外部に公開する動きが進む中、自社のビジネスと他社のビジネスが繋がっていき、新たな経済圏(APIエコノミーとも称される)が形成されるとも言われている。

フリーは、中期的な経営戦略の1つとして「オープンプラットフォームの充実」を挙げており、クラウドとAPIを活用した「オープン・エコシステム」の構築を進めようとしている。2019年1月には、「freee」とAPI連携するサービス(アプリケーション)を検索、利用できるプラットフォーム「freeeアプリストア」の運用を開始した。今後、公開するAPIを拡張し、アプリストアに掲載されるサービスのラインナップ充実を図るとのことだ。

同様に、インフォマートやSmartHR等も他のサービスとのAPI連携を進めている。今後、様々なサービス間での連携が一層進展していくものと見られる。

------------------------
(15)出所:総務省「平成30年度 情報通信白書」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd133110.html

●囲い込み

中小企業等にとって、業務を行う上で無くてはならない存在になるSaaSも出てくるだろう。幅広い業務をカバーする「ビジネスプラットフォーム」と化し、利用者の中小企業等を囲い込むケースも出てくるのではないだろうか。

例えば、リクルートの場合、集客・販促に使うグルメサイトの「ホットペッパーグルメ」、予約台帳の「レストランボード」、POSレジの「Airレジ」、キャッシュレス決済の「Airペイ」等、飲食店のバックオフィス業務を自社サービスで幅広くカバーすることができる。グルメサイトの「ホットペッパーグルメ」で受け付けたインターネット予約の情報が予約台帳の「レストランボード」に反映される、「Airレジ」で会計されたデータが「レストランボード」の顧客台帳に注文履歴として蓄積される、といった具合に各サービスが連携する。グルメサイトを使う既存顧客(飲食店)に対して業務支援ソリューションを提案する、業務支援ソリューションで新規顧客を開拓した上でグルメサイトの利用を促し掲載料を得る、といったことも考えられる。場合によっては、バックオフィス業務が丸ごと同社のサービスに囲い込まれ、競合のグルメサイト等にとって脅威になることもあり得る。便利になればなるほど、利用者にとって他のサービスに乗り換えるコスト(スイッチングコスト)は高くなる。多くの利用者を囲い込んだ上で、来店状況、売上、決済等のデータをうまく活用すれば、新たなサービスの開発・提供に繋げられる可能性もある。

フリーも、サービスの範囲拡大を通じて、中小企業等の情報が蓄積された「ビジネスプラットフォーム」を目指していることがうかがえる。将来的に、多くの利用者とそのデータを囲い込むSaaSが出てくるかもしれない。

●新しい顧客接点

SaaSが新しい顧客接点を生む可能性もある。経理や人事労務の担当者が利用するものだけでなく、経費精算や年末調整、勤務管理等それぞれの従業員が利用するものもある。そうしたオンラインでの接点が、新たなビジネスチャンスを生むことも考えられる。中小企業等にとって欠かせない「ビジネスプラットフォーム」となり、業務で頻繁に利用され、データが蓄積されてそれが活用できるのであれば、よりその可能性は高まるだろう。

上述のように、金融機関がクラウド会計ソフトの利用者に対して融資やファクタリング等の金融サービスを提供しようとする動きが見られる。また、フリーの開示資料(16)によれば、同社は保険会社に顧客を紹介することも検討しているようだ。「新規保険契約のニーズがある当社ユーザー及び非ユーザーを、当社が提携する保険会社に紹介した場合、保険加入見込み者の取次手数料として収益計上する計画」との記載が見られる。金融機関や保険会社にとって、新たな顧客接点となり得る。

ECサイトの中には、クラウド会計ソフトと連携して、購入履歴のデータを取り込めるサイトがある。定期的に消耗品等を購入しているのであれば、購入先をクラウド会計ソフトにデータが連携出来るECサイトに変更するかもしれない。このように、中小企業等が利用しているSaaSと連携できることが、顧客に選ばれる理由となることもあるだろう。

将来的に、蓄積されるデータやサービス連携をうまく活用して、SaaSを利用する中小企業等やその従業員に対して、最適な商品やサービスを提案、提供するような新しいビジネスが登場するかもしれない。また、中小企業等を1社ずつ営業訪問するのでは採算が合わない、営業人員が少なくて全国の中小企業等を開拓できないといった場合でも、新しい顧客接点が生まれることで、ビジネスとして成立する可能性もあり得る。中小企業等へ商品・サービスを提供する企業にとっては、SaaSを提供する企業との提携は一考の価値があるだろう。

------------------------
(16)同社「東京証券取引所マザーズへの上場に伴う当社決算情報等のおしらせ」 2019年12月17日付
https://www.jpx.co.jp/listing/stocks/new/nlsgeu000004dc94-att/12freee.pdf

おわりに

現状、積極的にSaaSを導入して活用していこうという動きは、新興企業やITリテラシーの高い企業が先行していると見られる。ITに明るい経営者や従業員がいない中小企業等も多い中ではあるが、人手不足や働き方改革等を背景とした業務効率化、デジタル化を通じた生産性向上といったニーズは、SaaS型の業務ソリューションの普及にとって追い風となる。中小企業等にとって、より良いSaaSが増えていくことに期待したい。そして、SaaSが普及していく中でどのようなデジタル時代の新しいビジネスが生まれるのか、今後の動向に注目していきたい。

注:本稿で取り上げたサービスの内容等については、いずれも本稿執筆時点のものである。

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

中村洋介(なかむら ようすけ)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員・経済研究部兼任

【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
「情報銀行」は日本の挽回策となるのか
教育×テクノロジー、EdTechを巡る議論
「インクルーシブ」なデジタル社会へ 
増えるベンチャーとの連携、大企業によるアクセラレータプログラム
アイデアとテクノロジーで既存市場を塗り替えるベンチャー