今後の注目点
●インターネット+先進製造業の行方
中国のITサイクルは18年にピークアウトした(図表-9)。データセンター建設ラッシュの沈静化に加えて、仮想通貨バブル崩壊によるマイニング需要の落ち込みや次世代通信規格(5G)への移行期に差し掛かったスマホの買い控えも重なったためだ。しかし、そのITサイクルは持ち直してきており、産業のコメと言われる集積回路(IC)生産の推移を見ると、18年6月にピークを付けた後、約1年に渡ってそれを超えられずにいたが、19年下半期には再び勢いを取り戻し、12月には前年比30.0%増とV字回復してきた。米中対立の長期化を覚悟した中国政府が、国民に「自力更生」の必要性を訴えかけたことや、5Gへの移行とそれに関連して「インターネット+先進製造業(≒IoT)」を促したことが背景にある。今後はITサイクルに現れた回復の兆しが先進製造業に波及して、製造業全体の本格回復に結び付くか注目される。
●中国による輸入拡大の影響
米中両政府は20年1月15日、18年7月に始まった関税引き上げ合戦に区切りを付け、第一段階の合意文書に署名した。その内容は、貿易の拡大(中国による輸入拡大)、知財保護、技術移転、農産品、金融サービス、マクロ経済政策と為替レート、相互評価と紛争解決の7分野に分かれている。既に実施あるいは計画実行段階にあるものを文書にしたという印象だか、中国による輸入拡大計画が明らかになった。17年の輸入額を基準に、2年間で2000億ドル増やす計画で、具体的には図表-10に示したような内訳となっている。
中国が19年に世界から輸入した農産品は約1500億ドル、原油は約2400億ドル、天然ガスは約420億ドルであることを勘案すると、農産品では3割前後、エネルギーでは1割前後を米国へシフトする必要がでてくる。中国ではアフリカ豚コレラの蔓延で豚肉が高騰し消費者物価が前年比4.5%上昇しており、米国から安価な豚肉やその代替品、エネルギーを入手することができれば、その物価押し下げ効果で、実質でみた成長率へプラス寄与することが期待できる(図表-11)。また、中国のサービス輸入額は約5300億ドルで、そのうち約2800億ドルを旅行が占めている。旅行先の1割弱を米国へシフトすれば達成できる。但し、世界全体を見渡すと、米中関税引き下げ合戦で「漁夫の利」を得てきた国では、その反動減が起きる恐れも完全には排除できない(中国政府は否定している)。
一方、完成品の目標達成は不透明だ。航空機と自動車を合わせた輸入額は約1000億ドルに過ぎないため、約6400億ドルのハイテク製品がカギを握っている。中国側から見れば、米国で生産された最先端の工業製品は手が出るほど欲しいところで輸入需要は十分にある。しかし、米国側は安全保障上の問題で最先端の工業製品に輸出制限をかけているため、障害が多い。もし輸入拡大計画が未達となれば、関税引き上げ合戦が再発する恐れもあるだけに、今後の展開が注目される。
●第14次5ヵ年計画の具体的な内容(成長率目標の水準、財政・金融政策の方向性など)
17年10月に開催された共産党大会(19大)では、中国経済は「高速成長段階から、質の高い発展段階に転じている」との現状認識の下、「量から質へ」の方針転換が行われた。そして、中国共産党は今秋、第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)を開催し、21年~25年の第14次5ヵ年計画を事実上決定すると見られる。
第13次5ヵ年計画では、「6.5%以上」というやや高い成長率目標を掲げたため、19年の財政赤字計画はGDP比2.8%まで拡大、債務圧縮(デレバレッジ)も捗らなかった(図表-12)。しかし、「安定」を極めて重視する習近平政権は、19大で「量から質へ」方針転換したため、第14次5ヵ年計画では、成長率目標を「5%以上」へ引き下げるのではないかと筆者は見ている。財政金融政策に関しては、財政はこれまでのインフラ投資や減税など景気対策の色彩が強いものから、高齢化進展を前提に年金や社会福祉の支出増に備えた「緊縮財政」に舵を切り、金融に関しては将来に禍根を残しかねない過剰債務の解消に向けて「債務圧縮」を推進するとの見方である。 これから秋にかけては、中国の政官学で議論が盛んになるだけに、その成り行きに注目したい。
但し、20年の経済運営に関しては、むしろ「緊縮財政・債務圧縮」に逆行するような動きになる可能性が高い。20年は第13次5ヵ年計画(2016-20年)の最終年であることから、「6.5%以上」とした成長率目標を達成するためにも、財政金融を使った景気対策が必要と見られるからだ。
●新型ウイルス肺炎の影響
また、現在中国では新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大が懸念されている。中国政府は、予防・抑制に全力で取り組み、早期発見、早期隔離、早期治療と集中治療の措置を実行する方針だが、ウイルス源、感染、伝播などのメカニズムは依然として十分に解明できていないだけに予断を許さない。SARS(重症急性呼吸器症候群)に見舞われた2003年と比べると、中国経済は名目GDPでは世界第2位と、その影響力は格段に大きくなっているだけに目が離せない(図表-13)。
新型ウイルス肺炎の影響が最も大きいのは個人消費だろう。中国のGDPに占める個人消費の比率は約4割で、そのうち悪影響が大きくなりそうなのは教育文化娯楽、交通、外食など約3割である(図表-14)。これらが1割減少し1年続いたとするとGDPを1.2ポイント押し下げる計算になる。なお、全体の6割を占める衣食住に関する消費への影響は限定的で、医療保健は増加する可能性もある。
また、海外旅行の減少を通じて世界経済にも影響が及びそうだ。中国の国際収支統計を見ると、海外旅行などによる旅行支出は3000億ドル弱(約2兆元、日本円換算で約30兆円)の規模となっており、SARS発生時のように4割近い減少になると日本円換算で約12兆円減少する計算となる(図表-15)。なお、蛇足ながら、旅行支出の減少はGDPを押し上げる項目である点を申し添えておきたい。
今後は新型ウイルス肺炎が早期に収束に向かうか否かが注目される。SARSの場合、経済に大きな影響がでたのはほぼ1四半期だけだった。封じ込めに成功することを願うばかりである。
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三尾幸吉郎(みお こうきちろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員
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