中村 太郎
中村 太郎(なかむら・たろう)
税理士・税理士事務所所長。中村太郎税理士事務所所長・税理士。1974年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。税理士、行政書士、経営支援アドバイザー、経営革新等支援機関。税理士として300社を超える企業の経営支援に携わった経験を持つ。税務のみならず、節税コンサルティングや融資・補助金などの資金調達も得意としている。中小企業の独立・起業相談や、税務・財務・経理・融資・補助金等についての堅実・迅速なサポートに定評がある。

中小企業の経営者や個人事業主であれば、最低限知っておきたい知識の1つに複式簿記がある。もちろん記帳代行サービスを活用してもいいが、中小企業や小規模事業の経営者にとって、簿記・会計の知識は会社経営の土台と言っても過言ではない。複式簿記の基本的な仕組みや最低限の書き方のルールは、しっかりと身に着けておきたい。

複式簿記とは?

複式簿記
(画像=create jobs 51/Shutterstock.com)

複式簿記(ふくしきぼき)とは、1つの取引に2つ以上の勘定科目(かんじょうかもく)を使用して、その原因と結果がわかるように工夫された帳簿の書き方のことだ。

勘定科目には、「売上」「広告宣伝費」といった会社の営業活動による損益を表すものや、「普通預金」「借入金」といった会社が保有する財産や会社の債務を表すものがある。

複式簿記には、異なる2つ以上の勘定科目によって、企業の損益と資産の増減を同時に記録できるという利点がある。

複式簿記と単式簿記の違い

複式簿記の利点は、単式簿記との違いを知るとわかりやすい。単式簿記は、イメージとしては家計簿に近い。たとえば、以下のような取引があったとする。

【例】
・商品を100万円で仕入れた
・商品を300万円で販売した
・従業員に給与50万円を支払った

単式簿記の場合、すべて現金取引であれば、現金出納帳に、

・支出100万円
・収入300万円
・支出50万円

と書くことで記帳は完了する。非常にシンプルでわかりやすいが、実際の企業活動はもっと複雑だ。

企業は継続することを前提に、利益を出しながら借入れや設備投資を行い、資金繰りを調整しつつ事業の拡大を目指している。よって、会社を成長させるためには、損益と資産の両面から会社の状況を把握するのが望ましい。

資産の収支がプラスであっても、増えた理由がわからなければ事業の成長に生かせないし、損益が黒字であっても、資産と負債のバランスが悪ければ倒産することもある。そこで役に立つのが、複式簿記だ。

複式簿記であれば、会社の損益と資産の増減を同時に記録することができる。複式簿記であれば、先ほどの取引は、帳簿に以下のように記入する。

・仕入 100万円 / 現金 100万円
・現金 300万円 / 売上 300万円
・給与  50万円 / 現金  50万円

借方と貸方とは?

複式簿記には、上記のように勘定科目を左右にそれぞれ書くという特徴がある。左側を「借方(かりかた)」、右側を「貸方(かしかた)」と呼ぶ。

(借方)◯◯ / (貸方)××

勘定科目を借方と貸方に分けることによって、会社の利益や資産の増減を、原因と結果で表すことができる。たとえば、「商品を販売して現金を受け取った」のであれば、

(借方)現金 / (貸方)売上

となり、「給与を支払ったので、会社の現金が減った」のであれば

(借方)給与  / (貸方)現金

となる。

1つ1つの取引を複式簿記によって記帳していくことにより、最終的には、会社の損益と財政の両方を表した決算書が完成する。

上記の「現金」の勘定科目を見ていただくとわかるように、複式簿記の勘定科目は、借方と貸方のどちらにも登場する。勘定科目を借方と貸方のどちらに書くかは、

・勘定科目の性質
・取引の内容

で決まる。詳しくは、次項で解説する。

仕訳とは?

仕訳とは、複式簿記において、その取引にかかる日付や勘定科目、金額などを、借方と貸方に分けて書くことだ。たとえば「3月10日に株式会社Aから売上10万円を現金で受け取った」場合、仕訳は以下のようになる。

【仕訳】

日付借方金額貸方金額摘要
3月10日現金10万円売上10万円株式会社A

帳簿の書き方について

複式簿記で仕訳を行う際は、まず「仕訳帳」に仕訳を書き込み、さらに「総勘定元帳」という勘定科目ごとの帳簿に転記する必要がある。

上記の場合、まず仕訳帳に「(借方)現金10万円(貸方)売上10万円」の仕訳を書き込み、総勘定元帳の「現金」のページと「売上」のページに10万円の変動を転記するということだ。これによって、勘定科目ごとの金額も常に把握できる。なお、その他の補助簿があれば、関係する取引を転記することになる。

会計ソフトを使えば、仕訳を入力するだけで帳簿の作成は自動で行われるため、普段の業務で帳簿の書き方や相関関係を意識する機会は少ないかも知れない。

しかし、税法上青色申告者には、一定事項を帳簿に記載し、それを保存することが義務付けられているため、帳簿の種類やそれらを作成・保存する義務があることは、経営者として知っておかなければならない。

仕訳のルール

仕訳は、借方の合計額と貸方の合計額が同額になるよう記載する。勘定科目の数は違っても、このルールは絶対だ。

【例】
・3月10日、株式会社Aに対する売上10万円の代金うち、1万円は現金で受け取り、残りは掛けとした。

【仕訳】

日付借方金額貸方金額摘要
3月10日現金1万円売上10万円株式会社A
売掛金9万円

このように、勘定科目の数は借方と貸方で合わないもあるが、それぞれの合計額は必ず一致する。

資産、負債、純資産、収益、費用

仕訳で迷いやすいのが、勘定科目を借方と貸方のどちらに書くかということであるが、もちろんルールがある。勘定科目は、資産、負債、純資産、収益、費用に分けることができる。収益と費用は、会社の損益の状況を表すもので、資産、負債、純資産は、会社の資産の状況を表す。

・収益と費用の関係
収益とは文字通り会社の収入のことで、費用とは収入を得るための支出のことだ。収益を計上する際は「貸方」に、費用を計上するときは「借方」に計上するのがルールだ。収益と費用の差額が、当期の利益になる。

THE OWNER編集部
(画像=THE OWNER編集部)

収益と費用の数字をもとに、「損益計算書」が作成される。

・資産、負債、純資産の関係
資産とは会社の財産、負債とは会社の債務、純資産とは返済不要な会社の財産のことだ。資産の勘定科目が増えたときは「借方」に、負債や純資産の勘定科目が増えたときは「貸方」に計上する。減ったときは、反対側に計上する。

たとえば普通預金が増えた場合、普通預金は「借方」に計上し、逆に普通預金が減った場合は「貸方」に計上する。負債である借入れが発生したときは、借入金の勘定科目を「貸方」に計上する。それを返済したときは、返済した金額を「借方」に計上する。

【例1】4月10日に、B銀行から100万円を借り入れた。

日付借方金額貸方金額摘要
4月10日普通預金100万円借入金100万円B銀行

【例2】5月10日に、B銀行に借入金5万円を返済した。(支払利息は省略)

日付借方金額貸方金額摘要
5月10日借入金5万円普通預金5万円B銀行

資産、負債、純資産は、決算後に必ず以下のような形で借方と貸方の金額が一致する。

借方貸方
資産
(例:普通預金、売掛金、前払金、有価証券、建物、器具備品、車両など)
負債
(例:買掛金、借入金、未払金、預り金、社債、引当金など)
純資産
(例:資本金、繰越利益剰余金、元入金など)

計算式で表すと「資産=負債+純資産」となる。これが、「貸借対照表」の全貌だ。

・貸借対照表の借方と貸方が一致する理由
貸借対照表(資産、負債、純資産)の借方の合計額と貸方の合計額は、決算では必ず一致するが、会計期間中は一致しない。なぜなら、仕訳のほとんどが以下のようになるからだ。

【例1】
・今月の給与20万円が確定した(支払いは翌月)

借方金額貸方金額
給与
(費用)
20万円未払金
(負債)
20万円

【例】
・Cさんへの貸付金の利息として、現金1万円を受け取った

借方金額貸方金額
現金
(資産)
1万円受取利息
(収益)
1万円

もし仕訳がすべて資産と負債、純資産の組み合わせであれば、理論上は期中であっても「資産=負債+純資産」のバランスは保たれる。しかし実際の仕訳は、上記のように資産・負債・純資産と収益・費用がさまざまな組み合わせで登場する。

したがって、会計期間中は「資産=負債+純資産」にはならない。会計期間中の資産・負債、純資産と、収益・費用を図にすると以下のようになる。

THE OWNER編集部
(画像=THE OWNER編集部)

では、なぜ決算後は貸借対照表の借方の合計額と貸方の合計額が一致するのだろうか。それは、決算時に収益と費用の差(=当期の利益)を、純資産に振り替えているからだ。正式な手順は、収益と費用を「損益」という決算用の勘定科目に一時的に振り替え、「損益」の差を純資産の勘定科目(「繰越利益剰余金」など)に振り替える。

会計ソフトでは、この手順は自動化されているので自身で行う必要はない。しかし、このような仕組みによって、決算後の貸借対照表において借方の合計額と貸方の合計額が一致することは、経営者であれば知っておいて損はないはずだ。

期中の会社の業績を把握する際によく使われるのは、「試算表」だ。試算表とは、決算書類には分類されない資料で、貸借対照表(資産、負債、純資産)と損益計算書(収益、費用)を合わせたものだ。

試算表は、資産、負債、純資産、収益、費用のすべてをまとめたものであり、どの時点でも借方と貸方は一致している。

単式簿記よりも複式簿記で正確に収支を把握しよう!

複式簿記は、企業の損益と資産の増減を同時に把握できる帳簿の書き方だ。多くの企業にとって、自社の状況を損益と資産の両面から把握することは、会社を健全に継続させる上で重要だ。

なお、本稿はあくまで複式簿記の基本的な事項を説明しているに過ぎない。期間損益を計算するためには、収益や費用を認識する基準など、会計上重要なルールが他にもあるため注意してほしい。(提供:THE OWNER

文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)