第5回 「好き」を仕事にしなくちゃダメですか?

働き方,楠木建,伊藤羊一
(画像=THE21オンライン)

「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にする働き方が注目されている。でも、夢がない、明確なキャリア目標もない。そんな自分はダメ人間なのか――? 天才でもナンバーワンでもオンリーワンでもない、フツーの人が直面する仕事の迷いについて、「好き嫌いの仕事論」を重視している一橋ビジネススクール教授の楠木建氏と、Yahoo!アカデミア学長として次世代リーダーの育成を行ない、新刊『やりたいことなんて、なくていい。』を上梓した伊藤羊一氏にお話しいただいた。

取材構成 野牧 峻

バンド「AC/DC」に学ぶオルタナティブ仕事論

伊藤 前回までのお話をうかがっていると、楠木さんは全力で脱力系ですね。失礼ながら、お会いする前はもっとゴリゴリ系だと思ってました。

楠木 はい。ゴリゴリ系だったら、今頃ソフトバンクで仕事していたかも。

伊藤 ソフトバンク……。

楠木 ま、僕がソフトバンクに行ったら即死でしょうね。

伊藤 脱力系っていうのは、好きなところ、嫌なところ、両方の道を辿りながら、好きなものが見える道を自然体で探しているイメージですね。

楠木 もちろんいいことばかりではないですけどね。結局、トレードオフなんで、いいところ取りはやっぱりできないと思います。何かを得るっていうことは、必ず何かを失っているわけで。

だから、もう修羅場も挑戦もない、自分の考えを人様にご提供して何とか社会と折り合いをつけるという静かでなだらかな生活を55歳までしてきましたが、その過程でそれなりに多くのものを失っているということですね。

伊藤 なるほど。ところで、楠木先生はAC/DCの『Rock 'N' Roll Damnation』、これがロック史上最高好きだというふうにおっしゃってましたね。これは、なんでなんですか? その曲を聞いて、気合いを入れてるのかなと、僕は思ったんですけど。

楠木 もうやっぱり曲のメッセージですよね。「もう、しょうがねぇじゃねぇか、好きなんだから」という、そういうことですよね。

伊藤 僕がロック史上最高に好きなのは、ヴァン・ヘイレンの『Panama』なんですよね。もう30年以上『Panama』を聞き続けてる。なんでかっていうと、メッセージ性なんてないから。今日も聞いて来たんですけど。

楠木 デイヴィッド・リー・ロスですよね。

伊藤 そうそうそう。そんで最後の。

楠木 とくにメッセージ性のない。

伊藤 僕はこれ、いまだに気合いを入れる対談とか講演のときに、聞いているんです。「今日は、憧れの楠木建先生かい。ヨッシャ、気合いだ!」と思って。

楠木 それは光栄です。僕の場合は、『Rock 'N' Roll Damnation』も好きですけど、やっぱりAC/DCっていうバンドの在り方みたいなのに、ものすごい惹かれますね。というのは、基本的にずっと同じことをやってるんですよね、あのバンド。持ち味が変わらない。

僕、大好きな話があって、AC/DCのギタリスト、アンガス・ヤングが、あるとき「AC/DCは、もうずっと同じ音楽でマンネリで、今までに12枚も同じアルバムを出してる」と批判されたんです。それに対してね、「それはおまえ、間違ってるぞ。13枚だ」って返すんです。こういうのがもう大好きで。その後もずっと同じようなアルバムを出し続けている。

それから、もう1つは、彼らは自分たちを「永遠のオルタナティブ」って言ってるんです。いつの世も、そのときのメインストリームの音楽があって、1980年代だとニューウェーブだったり、90年代に入るとすごい重たいロックになったりとかするわけです。ポピュラーミュージックなんで、ポピュラリティは勝手に移っていくと。ところが自分たちはずっと同じことをやっている。だから、自然とポピュラリティの反対側にいることになる。だから、AC/DCこそが常に永遠のオルタナティブだっていうね。

僕の仕事に無理やりつなげると、今の世の中、みんなはどんな興味を持って、何が当たるのかなって考える人が多いんですね。「やっぱり、メガプラットフォーマーだ」とか「これからはサブスクリプションだ」みたいなね。それはもちろん需要があるので、悪いことじゃないんですけど。そのときどきの潮流があるわけです。ただ、それに乗ることを、AC/DCは一切しない。僕もそうありたいなと。もっと内発的に自分が面白いとか、大事だと思うことを大切にしていきたい。

でももちろん、そこに需要がなければ仕事になりません。気に入ってもらえたらすごくありがたいですが、仮にそんなに気に入られなくても、自分からサーブしたいなっていうのはAC/DCから影響じゃないですけどね、ああいうのはいいなと思いますよね。