(本記事は、木下勇人氏の著書『「知らなかった」では済まされない ホントは怖い 相続の話』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)
弁護士さんに頼まないほうがいいの?
Q 相続でモメても、安易に弁護士さんに頼るのは避けたほうがいいと聞きました。本当ですか?
A 弁護士さんを頼らずにおさまれば、そのほうがいいですよね。
●「出るところに出る」か否か
「弁護士さんって……?」と聞かれれば、「できれば頼まない方がいい」と答えます。法テラスや初回無料相談の弁護士さんに、個人的に相談に行くのはいいのですが、相手との交渉に「弁護士」という言葉を出した時点で、相手は「出るところに出る気なのか」と思います。相続を円満におさめたいときは、あまりおすすめしません。
弁護士さんの使命は、依頼者の立場に立った正当な利益を実現することです。だから、弁護士さんに相談すると、「絶対もらえますよ、主張すべきです」となります。もし頼むのであれば、関係の断絶が前提。「人間関係を壊しても、権利はしっかり主張したい」という時の最終的な手段と考えてください。
●「法定相続」の勘違い
よくある勘違いが、「法定相続分できっちり分けなきゃいけない」という思い込みです。法律で定めた相続分という字面から、つい強制力があるように感じてしまうのかも知れませんね。でも、そうではないんです。法定相続分は権利であって、それ以上もらえないこともあるし、それ以下になることもある。お互いが納得していたら法定相続分に従わなくてもまったく問題ありません。
家族での話し合い、うまく始めるコツは?
Q 相続をどうしたらいいのか、父が元気なうちに話し合っておきたい、と思うのですが、短気な父から「縁起でもない」と怒られそうです。どのように切り出したらいいのでしょうか?
A 「相続」の話ではなく、「相続税」の話をしてみてはいかがでしょう?
●デリケートな話題
「‘’相続‘’という言葉は縁起が悪い」と嫌われていた時代もありました。死ぬことが前提の話ですから、デリケートにもなるでしょう。
子供世代から「相続のこと、そろそろ話し合った方がいいと思うんだけど」などと言い出すのはダメ、完全にタブーです。「俺が死ぬのを待ってるのか!? 俺の財産が目当てなら、もう会いに来るな!」となってしまいます。
●相続ではなく、相続税を話題に
子供の側から親を傷つけずに相続の話をするコツは、相続とストレートに言うのではなく「相続税ってうちはかかるのかな?」と話題にしてみるといいでしょう。
相続税の話題なら、親も悪い気はしないでしょうし、自分は相続税がかかるのだろうかと興味を持っている親世代は多いので、きっかけにもなりやすいです。
実際、私のところに「自分は相続税がかかるのか」と相談に来る高齢の方が多くいらっしゃいます。相続税がかからないことも多いですが、「実は大切なのは相続税よりも財産の分け方ですよ」とお話しすると、「そうですね!」と気づく方が多いです。
遺産分割協議でモメないためにどうしたらいいの?
Q 父が遺言を書かずに亡くなりました。相続財産が多いわけではないのですが、遺産分割協議でゴタゴタしそうです。モメて親族が断絶するのを避けるには、どうしたらいいでしょう?
A モメたくないなら、まとめ役の人が私利私欲を捨てて平等に徹することが大切です。
●遺産分割協議は一度でキメたい
遺言がない場合、遺産分割協議をすることになります。
遺産分割協議でひとつのテーブルにつくことで、疎遠だった人同士が旧交を温めたり、もともと仲の悪い親戚が仲良くなったり……なんていうことは多くはありません。気持ちのこじれがなかったら、その先も関係は続くかもしれませんが、どこかで妥協してハンコを押す場合がほとんどです。“ある程度で妥協する”とドライに割り切って、臨むことをおすすめします。
遺産分割協議で一番モメないパターンは、遺産分割協議の席に、遺産分割協議書案を用意しておき、各自が実印と印鑑証明を持ち寄って、その場でハンコを押して済ませるというやりかたです。
みんなで決めて、その場では納得しても「一度持ち帰って考える」となると……、だいたい一回ですまなくなります。家に持ち帰ると、それぞれの嫁(旦那)の意向が出てくるからです。「もっともらえるんじゃないの? 次男の進学でお金がかかるんだから……」などと言われて、モメてしまいがちです。
●印鑑を押してくれない人がいる場合
全員が印鑑を押した遺産分割協議書ができれば、遺産分割協議は終了です。
しかし、一人でも遺産分割協議に納得できない人がいて、印鑑を押さなかったら……、遺産分割協議は終わりません。
そういった場合でも、相続税の納付期限が延長されることはありません。期限内(相続があったことを知った日の翌日から10ヵ月以内)に相続税の申告・納税をしなければなりません。
●後で財産や借金が出てきたら?
10ヵ月を過ぎてから遺言書が発見されたり、新たな相続財産が見つかったりした場合は、修正申告書(もともと申告書を出している場合)、または期限後申告書(もともと申告書を出していない場合)を提出します。
遺産分割協議が終了した後に新たに財産や借金が出てきたら、本来ならその分をどう分けるか話し合いをして、遺産分割協議書を書かなければいけません。そうなると大変手間がかかるので、実務では「後日発見された財産又は債務については、相続人●●が取得又は負担するものとする」という一文を入れておくことが多いです。
●大切なのは納得感
私は、今までいろいろな相続に関わってきましたが、モメずにうまくおさまった相続には共通することがあります。それは、相続の主導権を握っている人、窓口に行って手続きをする人が、私利私欲に走っていないということです。各相続人が自分だけの利益を考えず、お互いを思いやった発言や行動をしていれば、みんなが納得する相続ができるはずです。
もしも相続人の誰かが、相続税を支払わなかったら?
Q 実家を引き継いだ兄が、相続税を支払っていないことが発覚しました。弟である私が払わなければならないのでしょうか?
A 相続税は相続人全員で連帯納付の義務があります。
●相続税の連帯納付義務
もしも、相続人の誰かが相続税を払わなかったらどうなるでしょうか。
一人一人の相続額から相続税の負担額は決まってきます。しかし、同じ被相続人の財産を受け継いだ相続人の納付義務は、一人一人が負うわけではありません。相続した財産の範囲内で連帯納付義務が生じます。
例えば兄弟で遺産を分けて、長男と次男にそれぞれ100万円ずつの相続税が生じたケースで、長男は相続税を払ったのに、次男は相続税を支払えない……となった場合は、次男が支払う予定だった100万円の相続税は、長男が納付しなければならない、となってしまうのです。
ただし、連帯納付義務があるのは「相続した財産の範囲内」です。もしも、それぞれの相続額に差があって、長男の相続財産80万円(相続税10万円)、次男の相続財産8,000万円(相続税1,000万円)の場合であれば、長男は80万円以上は支払う義務はありません。
連帯納付義務を発生させないために、遺産分割協議をする際にその人に相続税が支払えるかどうかを確認する必要があります。多額の借金などで相続税の支払い能力のない人には、相続財産の中から納税資金を天引きして渡す、はじめから相続財産を渡さない、などといった自衛策をとるしかないでしょう。
●相続税の時効
相続税にも時効はあります。偽りや不正で納めていない場合は7年、相続税の納付義務を知らなかった場合は5年です。この場合の起算日(スタートする日)は「法定申告期限の翌日」となります。ただし、時効を狙って納めずにいると追徴課税や刑事罰の対象になります。
相続税を時効で逃げ切るということは、ほぼ不可能だと考えておいてください。不動産の名義換えや預金の動きは税務署が把握しているので、相続税を無申告のままにすることはできません。事前に相続税がいくらになるのか?払える金額なのか?を確認することはとても大切です。事前に分かれば、対策を立てることもできます。
なお、すでに相続税を申告済みで、納めた税額が多すぎた場合には、差額を返金してもらえます(この相続税の減額を求める手続きを「更正の請求」と言います)。更正の請求にも期限があり、法定申告期限の翌日から5年以内です。
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