小説家とIT企業、どちらも「主業」だからこそ成果が出る

パラレルキャリア,上田岳弘
(画像=THE21オンライン)

芥川賞作家・上田岳弘氏には、IT企業役員というもう一つの顔がある。別領域の仕事を兼務し、双方で高いパフォーマンスを出し続ける上田氏は、限られた時間をどう活用しているのか。そこには、単なる効率化を超える知恵があった。多忙さにストレスを覚えるのではなく、むしろダイナミックに生かし、新たなものを創出する極意とは――。

取材構成:林 加愛

異質な領域を並行させる面白さ

2019年、『ニムロッド』で芥川賞を受賞した小説家の上田岳弘氏。13年のデビュー以来コンスタントに作品を発表し続け、同時にIT企業の役員も務めている。創作活動に専念せず、あえて兼業を選択しているのはなぜだろうか。

「もともと、異質な分野や領域を成り立たせるのが好きです。子供の頃から作家志望でしたが、あえて高校では理系、大学では法学部を選択しました。

卒業後は投稿生活をしていた矢先に友人から誘いを受け、会社の立ち上げに参加して現在に至ります。ですから『結果として』の兼業ではありますが、どちらもメイン。それが、本来の私の志向でもあるのです」

デビュー以降、作品が軒並み高評価と反響を呼ぶ快進撃。小説に専念しようという思いは起こらなかったのだろうか。

「異質なことを並列させる環境では多くを学べます。互いが刺激になり、気づきにつながるのです。それを今は意識的に生かしています。実は、芥川賞受賞以降に仕事の種類を増やしました。そのぶん、生み出せるものも増えているように思います」

それでは休む時間を取れないのでは――と思いきや、上田氏は意外な視点を呈示する。

「別領域に移るたび、気持ちが一新されるメリットも常々感じます。『ずっと働いている』ようにも見えるかもしれませんが、視点を変えれば一つに絞らないことで、それぞれが息抜きになる――『ずっと息抜きをしている』ともとれるわけです。

高速で回る車輪や、扇風機の羽根を見ていると、ふと逆回りに見えることがありませんか?あの感覚に近いですね」

仕事の判断と執筆に共通するステップ

兼業を維持できるのは、職場環境の恩恵もあると語る。

「得意なことに集中した時間を割けるのは非常に恵まれたことです。僕しかできない業務に絞り込み、それ以外は別の人間が対応、という体制を会社が整えてくれています。立ち上げ以来の仲間だからこそ、成り立つことかもしれませんね」

ここで言う「得意なこと」とは何か。

「ひと言でいうと『判断系』の仕事です。方針決定、お客様への対応などシチュエーションはさまざまですが、何であれ『この場合はこう』という判断のパターンを探りだすのが仕事です。

状況や背景、発言者の言葉の奥にある意図など、もろもろ考えたうえで『この対応がベスト』と決定します。百発百中ではありませんが、間違えば差分もわかるもの。修正すれば判断の精度が上がり、次回は答えにたどりつくスピードも上がります」

そのときの思考や発想のあり方は、小説を書くときにも共通するという。

「執筆には三つのステップがあります。ほぼ何も考えずに文章を書き出す第一段階、読み返して練り直す第二段階、最後に文章を整える第三段階。このうち、第一段階から第二段階に移るときの思考は、仕事時の思考と非常に似通っています」

第一段階では、頭の中のものを、ストーリーも構成も考えずにただ書き出すのみだという。

「その文章は自分が書いたものとはいえ、無意識的・自然現象的なもの。ビジネスで言えば最初の状況や環境であり、その中に課題が含まれている。

その文章も、無作為でノイズに満ちていますが、作品に必要なものが埋まっている。それを掘り起こす作業は、判断パターンの探査と同じなのです」

インプットの時間をあえて設けない理由とは?

現在、新作の「第二段階」に入っていると語る上田氏。第一段階の執筆中は、1日2000字を毎日コンスタントに書き続けたという。尽きずに発想が出てくるのは、やはり創作家ならではの特別な才能なのだろうか。

「発想や着想と言えば大仰になりますが、誰しも『書け』と強制されれば、『何か』は書けます(笑)。その方式で、自分にノルマを課して追い込んでいます。

『とにかく手を動かしながら考える作戦』とも言えます。わからないときはまず身体を動かしたほうが、じっと考えるよりも効率的かもしれませんね」

時間制限も、アウトプットの追い風となる。

「出勤前の朝に書いているので、2時間半で時間切れです。タイムリミットを設けるのは、アイデア出しに悩む方々には有効だと思います。毎朝、仕事へのエンジンがかかりにくい方もそうですね。エンドが近ければ、取り掛からざるを得ませんから」

スムーズなアウトプットを行なうには、豊富なインプットも不可欠だ。だが、インプットの時間はあえて設けないという。

「同僚やお客様との会話はとても有意義。お客様が、ユニークな経験を話してくださったり、面白い作品を紹介してくださることもあります。

また、編集者が僕に書評を依頼する際は、『この作品を読ませたい』という意図があるに違いないので、そのエッセンスを存分に吸い取るようにします。自らインプットの時間を設ける余裕はなくとも、行く先々で刺激や予期せぬ発見がふんだんにあります。その時間を大切にしているのです」

無駄を省いて瞬発力を高める引き算という戦略

上田氏の1日は、大まかに三つのパートに分かれている。

「朝5時に起きて、7時半まで執筆。その後出社して18時まで働き、夜は取材を受けたり会食をしたりして、帰りは23時ごろ。夜の用事がなければ、家でゆっくり過ごしたり、休息を取ったりします」

これが基本パターンだが、ときにはスケジューリングに苦慮することもあるという。

「できるだけバッティングしないよう組んではいますが、やりたいことが多いぶん、用事が重なることも増えてきます。最終的には先に約束したほうを優先しますが、毎回悩みますね」

そうした中、各業務時間の短縮化は欠かせない工夫だ。

「よくやるのが『メールの引き算』です。例えば『ありがとうございました』『拝受しました』の類。近しい距離の相手なら、わざわざ出さなくてもよいのでは、と思うのです。

効率と失礼の狭間で考えてギリギリを攻めます。日ごろから引き算で考える習慣があれば、時間がないときの瞬時の判断力も育つのです」

毎日2時間の散歩が思考の充実につながる

仕事から仕事へ移る際の「頭の切り替え」にもコツがある。

「切り替えに大事なのは『場所』です。出社するとか、デスクにつくとか。取材ならこの店で、とか。物理的に動けば、頭を切り替えざるを得なくなります。その意味では、拠点を複数構えることも大切ですね」

空間の移動は、上田氏にとって大きな意味を持つ。もっとも生産性が高まるのは、「散歩」のときだそうだ。

「毎日、トータルで2~3時間は歩いています。この時間に一番頭が働きます。考えを存分に広げたり、逆にまとめたり。ただし、『そのために』散歩をするわけではありません。まず『散歩したい』という欲求があり、それを楽しみ、リラックスすることで思考が働くのです」

リラックスする時間が、仕事と直結するのはオフも同様だ。

「旅行は、たいてい仕事や取材を兼ねたものになります。先日は『私の恋人』が舞台化し、その主演女優が、のんさんだったので、『あまちゃん』の舞台となった岩手県久慈市へ行きました。仕事をしながらオフを楽しんでいます」

お金を稼ぐ時間より、満足感のある時間を

上田氏は、企業で働く人々も、パラレルキャリアを実践する時間を作るべきだ、と語る。

「ITの発展により業務効率が上がり、終業時間も短縮し、できた時間を別のことに生かす環境が整ってきています。ビジネスパーソンがもう一つのキャリアを考える好機と言えます」

それにはまず、副業の考え方を見直そう、と勧める。

「というのも現在、副業が単なる『自衛策』になっていると感じるからです。時間を犠牲にして、もしものときの収入を確保する消極的な動機ですね。

キャリアを複線化するなら、収入より満足感にフォーカスするほうがポジティブです。自分の能力や個性をどう伸ばすのか、自分はどう生きたいのか。そこを第一に仕事を選ぶ、もしくは作る。

すると、どの仕事も『主業』になりますね。それぞれに喜びを覚えれば、複数の所属先で高い貢献ができます。そんな個人が増えれば、社会にも活気が出るのではないでしょうか」

これは、仕事だけにとどまらない。

「趣味でも同じです。仕事を充実させる従属的な時間と捉えるのではなく、楽しいからやる、やりたいからやる。

長らく日本の社会構造は『すべてを仕事にささげる』ことを人に強いてきましたが、それも今後変わっていく……変わって欲しい、と願ってやみません」

上田岳弘(うえだ・たかひろ)
小説家/IT企業役員
1979年、兵庫県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、法人向けソリューションメーカーの立ち上げに参画。仕事と並行して小説執筆を行ない、2013年に『太陽』で小説家デビュー。15年、『私の恋人』で三島由紀夫賞を受賞。以降もIT企業役員兼小説家として活躍、19年には『ニムロッド』で芥川龍之介賞を受賞した。(『THE21オンライン』2019年12月31日 公開)

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