半月ほど前、新型コロナウイルス感染症対応について書いた研究員の眼「新型コロナ緊急事態宣言の前に」には、想定外に多くの反応をいただいた。事態は当時より切迫してきており、緊急事態宣言を発出するかどうかよりも、発出することを前提として、いつ発出するのか、を中心に議論がなされているように思える。
また、「ロックダウン」「都市封鎖」といった用語が使われるとともに、海外における道路封鎖や、外を出歩く人を取り締まる警官の姿の報道等があいまって強い統制を加えるような印象を与えている。本稿では、緊急事態宣言が発出されたら何が変わるのか、また緊急事態宣言を出すために考えなければならないことを法令にのっとって考えてみたい。
緊急事態宣言は、「新型コロナウイルス感染症が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼしているとき、または、そのおそれがあるものとして感染経路が特定できない、あるいは感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由があるとき」(新型インフルエンザ特別措置法(以下、単に法という)第32条、施行令第6条)に、期間、区域、概要を定めて発出される。非常事態宣言が出されたときに、各種の要請・指示を行うのは、当該地域が属する都道府県の知事である。
さて、まず「ロックダウン」であるが、このことに関連して法が定めているのは、以下の二つである。一つは、「生活の維持に必要な場合を除きみだりに居宅等から外出しないこと」の要請である(第45条第1項)。もう一つは、「学校、福祉施設(通所または短期間の入所により利用されるものに限る)、興行場、政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者、または当該施設を使用して催し物を開催する者(施設管理者等)」に対して、利用停止要請を行うこと、および要請に従わない場合の停止指示である(法第45条第2項、3項)。
つまり可能になるのは、外出自粛要請と、施設・催し物の閉鎖要請・指示だけであり、海外でみられるような、道路の封鎖や鉄道・バスの運行中止、強制的な自宅待機命令などを出すことはできない。電車の運行中止などを要請ベースで行うことも考えられるが、後述するように生活物資や、社会的に必要な機能維持のため出勤する人の輸送のためにも、電車等を止めるということは考えにくい。
施設の閉鎖要請・指示が可能な範囲について、具体的には、上記で出てきた施設に加え、「劇場・映画館、百貨店等の物販店舗、ホテル・旅館(集会の用に供される部分に限る)、キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホール」等(施行令第11条)を対象としている。ただし、これら劇場や百貨店などは床面積1000m2を超えるものに対象が限定されている(1)。
他方、「食品、医薬品、医療機器その他の衛生用品、再生医療等製品又は燃料その他生活に欠くことができない物品として厚生労働大臣が定めるものの売り場」は明文で閉鎖要請・指示の対象から外れている(施行令第11条第7号かっこ書き)ので、食料品店や薬局などが行政の要請・指示によって閉まるということはない。また、飲食店や床面積1000m2以下の物販店も閉鎖要請・指示対象とはなっていない。この観点からは、日常生活に大きく支障をきたすということはないだろう。
むしろ、電気・ガス・水道等のインフラの維持(法52条)、医療提供体制の維持(法47条)、運送・通信等の維持(法第53条)に加え、食品や生活必需品の供給、あるいは金融機能といったような生活維持に必要な業務が途絶えることのないような対応が求められる。したがって、業種ごとに異なるとは考えられるが、今後、仮に、緊急事態宣言に基づく外出自粛要請が出されたとしても、一律に会社への出勤停止ということにはならない。それぞれの会社において、出勤が必須となる業務とそうでない業務に分け、出勤する人は感染しないよう特段の注意を払いながら出勤・業務運営を続けるということになると思われる。また、学校や保育所、ショートステイの高齢者施設等が閉鎖されることがありうるため、家族の世話の必要から、出勤に支障が生ずる社員への配慮も求められよう。
ところで、先の研究員の眼でもふれたように、非常事態宣言の眼目は医療提供体制の維持である。この観点から、非常事態宣言下で特に重要と考えられるのが、臨時の医療施設開設のための土地・家屋等の使用である(法第49条)。まずは所有者等の同意を得る必要がある(第1項)が、所有者等が正当な理由がないのに同意をしないときは、同意がなくとも土地・家屋等を使用することができる(第2項)。
報道では、地域によっては病院のベッドのキャパシティの上限が近づいているとのことである。病院への入院は重症者に限定し、比較的軽症の患者は臨時の医療施設に収容するなど、リソースの配分を考えていく必要がある(2)。行政には、営業を休止したホテルや最近廃校となった学校などを病院に転用できないか、早すぎると思われる段階から調整を行っておく必要があろう。
なお、営業自粛や催し物の中止による損失補償については、法は何も定めていない。補償されるのは、検疫法による停留を受け入れた病院、医療施設のために使用する土地・家屋の所有者、医療品・食品等を売り渡すように要請を受けた所有者等、あるいは治療にあたっている間に感染してしまった医師等に限定されている(法第62条、第63条)。失業した人や収入が激減した中小事業者などへの財政措置は非常事態宣言とかかわりなく、早急に実施されるべきものであろう。
非常事態制限は感染症の全国的なまん延を前提としながら、宣言の発出される地域を限定するという構造となっている(3)。どの地域を指定するかの判断は難しい。地域は都道府県によって面積や人口、病院・医師の配置状況、感染源がどこまで追えているのか、など個別の事情を勘案することが必要となる。東京都のように周辺自治体からの通勤・通学者が多いところでは、周辺と協調しての対応が必要となる(4)。
地域の設定には政府と都道府県の緊密な連携が求められる。政府にとっても法に基づく初めての非常事態宣言となるものであり、医療従事者や感染症にかかる専門的知見を持つスタッフの少ない地方の自治体には負荷が重い。政府あるいは医療研究機関の集中する自治体、特に東京都からの支援も必要となるのではないかと思われる。
さらに難しいのが、非常事態宣言を実施する期間である。言い換えると、出口をどう想定しておくかという問題である。この点、世界の現状をみると拡散はすれども収束の兆しは見えていない。日本国内だけ収束しても、海外でまん延していれば、第2波、第3波が来ないとも限らない。そして、たとえば、宣言の実施期間を短期間とすれば、経済や国民心理に与える影響は当面抑制できるものの、仮に延長するとなると、失望感からかえって大きな影響を及ぼしかねない。他方、長期に定めれば経済活動の長期停滞を前提に物事が動き、早々に事業をたたむ事業者も出てくるであろう。そのため、いざ経済活動を再開しようとする場合に、大きな支障をきたしかねない。
以上みてきたように、そもそも非常事態宣言を発出するかどうか、発出するにあたってはどのようなものにするかは、高度に専門的かつ政治的な判断が求められる。法による権利制限は限定的だが、経済への影響は想像もつかない。より多くの方が非常事態宣言について理解し、感染拡大を抑制しつつ、一日も早い経済回復を目指すことができるような状態に戻していくことができればと思う。
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(1)厚生労働大臣が特に必要として、専門家の意見を聞いたうえで公示をした場合は1000m2以下のものも適用対象となりうる。小規模なスナックやカラオケの閉鎖要請には厚生労働大臣の公示が必要となる。
(2)医療従事者もすでにキャパシティ・オーバーになっているのではないかと推測する。その意味では、感染をこれ以上まん延させないことが最大課題である。
(3)都道府県単位で出すことと決まっているわけではないが、対応の中心が都道府県知事となるので、都道府県単位で出すことが自然であろう。
(4)ロックダウン・都市封鎖という言葉が意味するところは、この文脈の中で理解しやすい。
松澤登 (まつざわ のぼる)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任
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