リスクヘッジの各種手法
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて主要国の株式市場は年初来、軒並み下落している。現在の金融市場では、国・地域間の連動性が強まっている。これにより、国内株式と外国株式のリターンの相関は強まり、内外株式・債券といった伝統的資産のみによって分散投資効果を得るのは難しくなっている。
このような中で、筆者は『金融・経済危機に強い資産運用を考える-連動性の強まる金融市場でのオルタナティブ資産の活用』ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート、2020年3月24日にて、金やREITといった、伝統的資産とリターンの相関が弱いオルタナティブ資産を活用による分散投資とリスクの抑制について述べた。
しかし、市況によっては資産間のリターンの相関が強まる場合もあり、分散投資効果を得るのが難しい場面もある。そのような局面では、(1)現金の保有や(2)先物の活用(3)オプションの活用など、他の方法によるリスクヘッジが必要となる。本稿では、これらのリスクヘッジの手法の特徴と活用について説明する。
現金の保有
リスクを抑制する比較的簡単な方法としては現金の保有が挙げられる。資産を現金で保有することで、ポートフォリオのリスクを比較的簡単に調整できるメリットがある。
しかし、当然のことながら、収益の獲得機会はキャッシュを組み入れた分だけ、減少することとなる。株式市場の過去のリターンは、経済の成長によって、長期的に見ればプラスとなっている。このため、資産を現金で長期間保有することは、「下落リスク(ダウンサイドリスク)の抑制」のメリットよりも、「上昇余地(アップサイドポテンシャル)の放棄」のデメリットの方が大きいこととなる。
市況に応じて、現金の組入比率を調節する運用も考えられるが、将来の市場急落を予測することは難しい。図表1は、日経平均株価と日経平均ボラティリティー・インデックスの推移を示している。日経平均ボラティリティー・インデックスは、投資家が日経平均株価の将来の変動(ボラティリティ)をどのように想定しているかを表した指数である。数値が高いほど、投資家は今後、相場が大きく変動すると予測していることを示している。リーマンショックや、足元の新型コロナウイルス流行の際を見ると、ボラティリティは、株価の下落とほぼ同時に上昇している。したがって事前に、株価の急落をボラティリティなどから予測するのは難しいだろう。
ただし、株価などの経済時系列において、一旦、ボラティリティが高まった場合、その後もボラティリティは高い状況が続く傾向があることが過去の研究で指摘されている(ENGLE R. F. (1982)他)。このため、ボラティリティが高まった際に現金の比率を高めることで、リスクの抑制及び、それによるシャープレシオの向上を計れる可能性はある。
しかし、株式などの市場は売り手と買い手の取引によって成り立っており、対象資産が急落する中で、売却しようとしても買い手がつかない場合もある。このような中で、無理に売却をしようとすれば著しく不利な価格での売却を強いられる可能性もある。つまり、株価急落時の現金化によるリスクヘッジは、言うほど簡単ではないということだ。
一部の投資信託は、ポートフォリオの現金比率の調整によるリスクヘッジ機能をうたうものもあるが、組入資産が急落した場合、このような仕組みが有効に機能しない場合もあることに注意する必要があるだろう。
先物の活用
次に、先物を活用したリスクヘッジについて説明する。例えば、株式の個別銘柄の買いに、日経平均先物などの株式指数先物の売りを組み合わせることで、市場全体の変動の影響を抑制できる。
図表2は、個別銘柄の値動きを日経平均先物でヘッジする例である。個別銘柄のリターンは市場全体の変動の影響を大きく受けている。これに対し、個別銘柄の買いと日経平均先物の売りを組み合わせは、この銘柄では、市場全体の変動を相殺し少しずつ収益を獲得していることが分かる。
次に、下記のような取引を例に、具体的に先物を活用したリスクヘッジの損益をみてみたい。
例:ある投資家が、日本株の個別銘柄Aを株価1,000円で21,000株(合計金額2,100万円)保有しているとする。この時、株式市場全体の影響を相殺するために、日経平均先物を、21,000円で1枚(1)売り建てた(2)。
その後、株式市場が下落し、日経平均先物が19,000円に約▲約9.5%下落、個別銘柄Aは950円に▲5%下落したとすると、投資家の損益は下記のようになる。
このように、個別銘柄の買いと先物を売りを組み合わせることで、株式市場全体の下落による損失を相殺することができる。個別銘柄の下落率が、日経平均先物の下落率を下回れば、収益を獲得できる。逆に、個別銘柄の下落率が、日経平均先物の下落率を上回れば、損失がでることとなる。
先物を活用したリスクヘッジは、市場全体の変動による影響を抑制しつつ、銘柄選択による収益機会を得ることは可能である。しかしながら、業種、企業規模など保有銘柄の特徴による変動によるリスクは残る。
また、株式市場全体の影響を相殺するため、株式市場の上昇局面では買いのみの戦略に比べると運用成績が悪くなる傾向がある。したがって、株式市場の長期的な成長による恩恵は受けられない。このため、収益の獲得機会は個別銘柄選択に限られることとなる。
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(1)日経平均先物・オプションの取引単位は、日経平均株価を1,000倍した金額が最低取引単位(1枚)となる。 例えば、日経平均株価が21,000円の場合、2,100万円ということになる。
(2)先物取引は将来の取引の約束であり、買い(売り)建てを行った時点では、代金の受け渡しは発生しない。ただし、取引の履行を確実にするための「証拠金」を取引業者に差し入れる必要がある。
オプションの活用
次に、オプションを用いたリスクヘッジについて説明する。オプションとは、特定の商品(原資産)を将来の決められた日にち(満期日)にあらかじめ決められた価格(権利行使価格)で買うまたは売る「権利」を売買する取引である。買う権利のことを「コールオプション」、売る権利のことを「プットオプション」という。例えば、下記のような取引を例にオプションを活用したリスクヘッジの損益をみてみたい。
例:ある投資家が、日経平均に価格が連動するETF(日経平均ETF)を21,000円で1,000口(合計金額2,100万円)保有している。この投資家は、日経平均が下落した場合に備えて、日経平均を原資産とする権利行使価格が21,000円、満期日が2020年6月(3)のプットオプションを、1枚あたり200円で1枚購入(合計代金 200円×1,000倍=20万円)した。
その後、オプションの権利行使日(2020年6月)に、日経平均株価及び日経平均ETFが19,000円に下落したとする。この場合、投資家の損益は下記のようになる。
このように、オプションを購入した場合、満期日には、オプションの自動決済により権利行使価格と原資産の価格の差に従った利益が得られる。これはオプションの本質的価値と呼ばれる。
しかし、満期日以前でのオプション価値は、本質的価値よりも高くなる。満期までの間に、原資産が値上がり(値下がり)し、より高い利益が得られる可能性があるためだ。これはオプションの時間的価値と呼ばれる。
時間的価値およびオプション価値の変動には、原資産の価格に加えて、原資産のボラティリティや満期日までの期間の長さなどが影響する。このため、オプション取引には、これらの影響を分析する知識が必要となる。
また、オプションの購入には、オプション価値と手数料を支払う必要がある。このため、常時リスクヘッジを行うのはコストがかかり、パフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があることに注意が必要である。
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(3)先物・オプション取引の最終売買日は、その限月の第2金曜日(SQ日)の前営業日が最終売買日となる。それまでに決済しなかった場合は、SQ値(特別清算指数 指数構成銘柄のSQ日の始値で計算された値)で自動的に決済される。
まとめ
以上で、資産運用におけるリスクヘッジの方法について説明した。リスクヘッジの方法としては、現金の保有や、先物やオプションの活用といった手法がある。
いずれの方法を用いても、ダウンサイドリスクを抑制できるものの、アップサイドポテンシャルの放棄や、ヘッジコストなどのデメリットを伴うこととなる。このため、リスクヘッジによるリターンの向上は難しく、リスクの抑制や、これによるシャープレシオの向上が主な効果となる。
個別銘柄選択を主な収益源とする運用スタイルでは、先物により、市場変動のリスク(ベータ)を抑制するのは効果的である。一方で、市場変動による収益の獲得を目指す場合には、オプションを活用し、アップサイドポテンシャルを残す必要がある。
どのリスクヘッジ手法も万能ではないため、各手法の特徴を理解し、運用スタイルや金融市場の状況に応じて効果的に活用する必要があるだろう。
【参考文献】
ENGLE R. F. Autoregressive Conditional Heteroskedasticity with Estimates of the Variance of United Kingdom Inflation. Econometrica. (1982) vol.50, no.4, p.987-1007.
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原田哲志(はらだ さとし)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員
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